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ドアを開けると、そこには……? 「ちょっとだけ不思議体験……理屈では説明できないある出来事」――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#04
ちょっとだけ不思議体験……理屈では説明できない「ある出来事」

 ご遺体と向き合うために数年勉強し、修復の実習もする研修、そしてまた研修の日々を経て、就職はできなかったものの、運よく法医学の教授に拾われて解剖助手としてまた数年ご遺体の近くに寄り添ってきた。ご遺体の内側も外側も、短い期間ではあったが、見て触れてお送りしたと話せば、「不思議な体験をしなかったわけがないだろう」と言われる。たしかにそう思われてもおかしくはない。しかし、正直に話せば、「まったくと言っていいほど体験しなかった」と自慢できる。むしろ体験しなかったことが不思議な体験と言える。どれだけ鈍感に生きてきたんだと自分でもあきれてしまうが、なかったものはそう言うしかない。こんなところで嘘をついても……という感じだ。
 私が思うに、そもそも霊感的なものがあったり、見えちゃうんです系の人がご遺体のそばで仕事をしていたら、感知しすぎて仕事にならないのではないか。だから私みたいな鈍感者が黙々と務めたほうがいいんじゃないか、と。おそらく不思議なことは己の周りで起きていたのだろう。実際に同僚や上司、先輩方との作業中に「今なんか~じゃなかった?」とか「~って音が聞こえない?」と訊かれたこともある。しかし、私には何も知覚できなかった。「どんな風にでした?」と訊き返して詳細を把握しようとするのが精一杯。「きっとそういう類のものから嫌われているか敬遠されているんだな私は」と開き直るようになった。見えなくていいと天が示すなら、見ないに越したことはない。
 そんななか、御自らコンタクトをはかろうとするケースもある。お化けや霊とお近づきになりたくて葬儀業界に入った……という者がいたのだ。今まで勤めていた会社を辞めて勉強しに来ていた。一見大人しそうな淑女で、OLや受付をしています、と言われたほうがピンとくるような楚々とした可愛らしい女性だった。詳しく話を聞いてみると、やはり霊感的なものはないらしいが、あの世とこの世をつなぐ場所で働きたいという想いが強かったから葬儀社で働きたいと昔から考えていた、と希望に満ちた目で話す。「できれば『出る』って言われているような葬儀社に行きたいんですよね」と言っていたのだが、どうやってピンポイントで探し出すのだろうか。まあ、あれだけの情熱があれば、今でもきっと儀式の進行役としてアナウンスをしたり、優しい雰囲気でご遺族に寄り添ったりしているはずだ。
 不思議体験をしたくて前のめりに乗り込んでいく者、不思議体験をしすぎて「見えない、何もしてあげられない」と目を覆う者、もう見えることを割り切って商売やネタにしているが明らかに命がけな者……ちょうどよく不思議体験をしている者はきっと少ない。体験しすぎて自分も向こう側の世界に連れて行かれることもあると聞くので私はやはりお近づきになるのは遠慮しておく。
 こんな私でも、小さい頃(たしか小学校1年生だった)にちょっとだけ不思議体験をしていたのをふと思い出した。秋田にある祖母の家で一人宿題を終えて「テレビでも観ようかな」と気が抜けた状態で留守番をしていた昼下がりのこと。祖母は近くにある本家に行っていた。留守番といっても遊びに行きたくなれば本家に向かって「〇〇に行くね~」と言えば、「はいはい」と返事がくる。ぼんやりしていたら玄関先に近くに住む10歳くらいのお姉ちゃん的な女の子(仮にケイちゃんとしておく)が「支靜加しずかちゃん、遊ぼ」と立っていた。ケイちゃんは夏休み中だけだが近所の遊び仲間として、私をよく誘ってくれた。ケイちゃんにはきょうだいもおり、一番年上のケイちゃんは遊びのリーダーだった。本家に向かって「ケイちゃんのところに行ってくる」と伝え、家に向かうと「今日学校の友達も呼ぶから、支靜加ちゃん、私の部屋で待っててー」と言われ、了解した。ケイちゃんの家も誰もいないようだった。「お邪魔します」と一応言って、2階にあるケイちゃんの部屋のドアをいつものようにがちゃりと開けると、そこには……裸の女の子が座っていた。
 固まった。数秒間固まった。しかし我に返った私は「すみません」と言ったか言わないかぐらいの小さな声で、ゆっくりドアを閉めようとした。閉めかけて、一応もう一度だけ裸の女の子を確認したくなり、そっと見た。ほんの数秒間だったが、ケイちゃんではないし、胸のふくらみや体の大きさからケイちゃんより大人に見えた。女の子は私のほうを向いてニコリとする。いや、したように見えたから、もう一度「すみません」と言って、ドアをちゃんと閉めた。漫画みたいに、ドアを開けてみて異常を察知し、すぐ閉めるなんてことはできなかった。裸の年上の女の子を生で見ることなんてたぶん初めてだったし、なにより裸の女の子に恐怖より興味が勝ってしまったからだった。スケベみたいな言いわけになってしまうが、「もうちょっと見たい」という欲望が先行した。再度ドアを開けようとしたら、ケイちゃんに1階から「支靜加ちゃーん」と名前を呼ばれてハッとした。しどろもどろでケイちゃんに「部屋に誰かいるよ?」と伝えたが、ケイちゃんが「うそー? いないでしょ」とドアを開けた。やはり誰もいない。裸の女の子はいなかった。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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