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「あ、死ぬかも」と思った話――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす 新連載「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った新連載です。第1回は、どんなお題が飛びだすでしょうか。


#01
「あ、死ぬかも」と思った話

 ラジオのパーソナリティとして、今までラジオのお便りテーマは出してきましたが、出されたテーマについて答える機会はなかなかなかったような……。お便りが採用されないという切実な状況もありまして。
 そんなわけで、ラジオ番組風に毎回お題を出していただき、それに沿った文章を書くという嬉し恥ずかし責任重しなお役目を頂戴した次第です。
ありがたき幸せ。読んでいただけたら、さらに幸せでございます。
 
 生まれたときから健康優良児……というわけではないが、それほど大きな病気やケガに悩まされることなく育ててもらった。習い事や学費で家計を圧迫したり、就職難にあえぎながら職を転々としたり、恋愛がらみのトラブルに巻き込まれたりと、両親には「何故こんなことに」と心配させた場面もあったものの、何とかこれまで生きてこられた。現在は祖母の死、ペットロス等でちょっと心身の疲弊が見られるが、亭主や両親、事務所の方々の支えもあって大事に至る前に然るべき診察を受け、ちょいちょい休みながら生活と仕事をしている。人生にこういった波はつきものだし、別に暴れたり逃避したりもせず大人しくしている。まあ、正直なところ、今は色々しんどい。だがしんどい、と言えて「そうか」と周囲に理解してもらえたのはありがたかった。
 こんな感じで生きており、芸能界に入っても数年間は法医学教室でご遺体と向き合う仕事(解剖補助)をかけもちしていたため、「死ぬこと」に関してドライに受け止めているんじゃないか? と言われるときもある。そんなことはない。死ぬことの怖さは職やこれまでの暮らしぶりに影響されることなく、誰でも怖いもんは怖いと思っている。ご遺体を目の前に解剖や処置をすることはあくまで仕事であり、自分とご遺体とには線引きしている意識がある。だから、自分の死や大切な人の死は考えるだけで怖い。いつまでたっても怖い。いつか今のようには怖くなくなるときが来るのだろうか。そのときは「死ぬ間際」なのかもしれない。とりあえず目下の目標は、子供もおらず末代になる可能性が高いので、年齢が上の家族や亭主、飼っているペットたちを見送ってからあの世に行くことだ。私の見送りは一応、作家の羽田圭介氏に頼んであるが、口約束なのでちょっと心配。考えがちゃんと固まったら契約書的なものを携え、本格的にお願いしに行くべきだろうか。謝礼の相場やシステム等調べなくては……。
 この原稿を書いている現在、2つの国が対立し、武力によるぶつかり合いが続いている。核の脅威がちらつく場面もあり、日々多くの犠牲者が出ている中で私が「死を意識したこと」を記すのはなかなか説得力に欠けるというか現実味がないなと思う。しかも世界は感染症が蔓延中で、ここ2年ほどの間にすっかり生活スタイルも他者との交流方法も変わってしまった。軽症だと思っていた患者が急変して……という話も少なくない。命の危機を感じるムードはぐぐっと高まった。しかし、他の人々の環境と自分の今とは比べてどうこう……というものでもないだろうから、「私なりの死ぬかも体験(がかつてありまして)」としてお話しする。不謹慎に軽い気持ちで綴るわけではないのでご理解いただきたい。
 2018年の年末、朝からどうにも体がだるいときがあった。インフルエンザの予防接種を受けていたってインフルエンザにかかることもあると経験から悟っていたので、「こりゃインフルエンザだな。予防接種しているから責められはしないでしょ」と病院に行った。しかし2つの病院で鼻に長い綿棒を突っ込むプレイみたいな検査を受けてもともに陰性反応。インフルエンザではないという。薬だけは処方してもらったが、どんどん熱は上がり、だるさは最高潮、解熱剤は飲んでも効かず、寝ているしか手段がなかった。2日間そんなこんなで過ごし、母が来てくれたが意識はもうろう。汗をかいたので着替えを……と洋服ダンスに向かって歩こうとしたら足がもつれて倒れ込んだ。いつかの大晦日の試合中に倒れた格闘家のように汗だくでへたった私を見て、さすがにおかしいと感じた母は(我が家には車がない。年末でタクシーもつかまらず)マネージャーに頼んで、車で大きめの病院に私を運んでくれた。インフルエンザ検査はやはり陰性。点滴で何とか体の水分を保ちながら解熱の薬も投与したが、それでも熱は38~39度を行ったり来たり。4時間ほど病院のベッドで横になり、血液検査の結果を待った。「何らかによる感染症」としか言われず、医療スタッフの方々が「感染症の数値しか異常がない」と首をひねっていたのを涙目で見ていた。そのとき、「あー、ダメなヤツだったらどうしよう」と漠然とした「死」を意識した。結局その日の夜に帰宅して座薬を入れ、明け方ほんの少し落ち着いたのを境に丸3日の苦しみから徐々に解放されたのだった。ちなみに5日目夕方にキューッと38度まで再度熱が上がった時間があり、とりあえず居間にある簡易的な神棚にフラフラと馳せ参じ、「ぶり返すのちょっと待ってください。中1日だとまだ心の準備が……」と訳のわからないことを言いながら手を合わせたのは内緒。中1日って、投手じゃあるまいし。
 きっと今の感染症の症状に鑑みたら、私の経験した症状はごく軽症だと判断されるだろう。しかし、軽症だと言われてもこれだけは言いたい。キツいもんはキツいし、一瞬死ぬことがよぎる。軟弱だとか平和ぼけと言われても仕方ないが……私はそのとき、しっかりバッチリ、キツかった。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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