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ミステリーハンターが究極の調味料を発表! 「世界ふしぎ思い出グルメ」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの「卒業式、走って帰った」

動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。第6回は篠原さんがミステリーハンターとして各国で食した思い出グルメのお話です。
第1回から読む方はこちらです。


#6 世界ふしぎ思い出グルメ

 今年の3月で「日立 世界ふしぎ発見!」のレギュラー放送が終了する。私は、2019年からこの番組のリポーター「ミステリーハンター」を務めた。最初に出演したのは、平成最後の放送回だったので、「平成から令和にかけて活躍した」と修飾すると、かなり強そうに見える。
 世界のいろんなところを旅して、何より頼りになったのは決して壊れることのない強靭な消化器である。初めて会った人と仲良くなれるコミュニケーション能力や堪能な語学力もあったら、きっともっと素晴らしいのだろうと思うけれど、それらがどんなに素晴らしいものでも強靭な消化器ほど安心感を与えてくれるものはないと思う。
 私は、非常にお腹が強い。生まれてこの方、お腹を壊した経験がほとんどない。考えてすぐに思いつくお腹を壊した経験は、まだ好奇心が爆発していて、その分、常識や判断能力がなかった、一人暮らし始めたてのころ、飼育しているクワガタの菌糸瓶から生えてきたキノコを食べたときくらいである。絶対に真似しないでください。
 苦手な食べ物も少ない。「これで、カロリーを摂取するのか」と思い、気の進まない食べ物はあるが、食べられないものというのはない。かつてはパクチーが食べられなかった。昔、「苦手なものないです!」と宣言して選んでもらったお店がよりによってパクチー専門店だったことがあって、パクチーの葉が青々と眩しく輝く看板の前で「そういえば、パクチー大丈夫だった?」と聞かれ、苦手なものはないと言って予約を任せた手前、どうにも引けず、根性でパクチー料理を食べ切った経験がある。その成功体験から、自分にはパクチーを食べ切る力が眠っていたことに気付き、好きな食べ物とは言えないまでも、徐々に食べられるようになってきた。
 人によって食べ物とするか否かは意見が分かれるが、タガメの味だけは何度チャレンジしても受け付け難い。あと、生卵のカラザは必ず取る。これで全ての苦手を書き切れただろうと思うくらいには苦手な食べ物がない。

 何でもよく食べ、お腹を壊さないという才能を活かして、世界中でいろんなものを食べてきた。
 心に残った食べ物はと考えてみると、おいしかったものよりも衝撃的だったものばかりが思い出される。私の舌にとって日本の食べ物ほどおいしく感じるものはないのだ。ロケの間は、何でもおいしいと思って食べているのだが、空港に帰りつき、チェーンの牛丼をかき込むと、旨味の洪水に舌が翻弄され、こんなにおいしいものがこの値段で食べられる訳がないと毎回目をむく。なので、覚えていたいものは思い出にならず、忘れられないものが思い出として残る。

 私の思い出グルメエントリーNo.1は「生姜みたいな草」である。
 食べたのは、スリナムという南米の小さな国で、私が「日立 世界ふしぎ発見!」で初めて取材に訪れた国である。分け入っても分け入っても果てしなく緑が続く熱帯雨林で、見知らぬ植物ばかりに囲まれる中、幼いころ、母から教わった可憐な花を咲かせる低木「ランタナ」を見つけた際は、知り合いの顔を見たようでほっと安心した。原産地で見るランタナは、肩身が狭そうに道の端に咲いている日本のそれより遥かに大きく力強く咲き誇っていて、知り合いがボディビルダーになっていたような気持ちになった。
 この地で食べた思い出グルメが、「生姜みたいな草」である。名前も種類も分からないが、現地ガイドの方が英語でしてくれた説明を語学力のない私なりに解釈した結果、「生姜に近縁、消化に良い、酸っぱい」という情報だけが得られた。草と言っても、木ではないという程度の意味しか持たず、巨大な植物だった。アルトリコーダーくらいの長さにちぎったものを手渡され、食べるよう促された。アロエのように肉厚なその葉にかぶりつくと、確かに消化に良さそうな、レモンのような酸味にハーブのような爽やかさが香る、なかなかおいしい草であった。現地の方のご厚意を無駄にしたくないという気持ちが強い私は、なんとかアルトリコーダー1本分の草を食べ切った。パクチー専門店に比べれば、楽なものであった。
 この時点では。
 現地ガイドさんは、完食した私を見て、うれしそうに、もう1本アルトリコーダー大の草を手渡してくれた。私は、心の中で頭を抱えた。私は、己と並ぶものをほとんど見たことがないほどの早食いなのだが、決して大食いというわけではなく、なんなら、中の下か下の上程度の小食なのだ。国内のロケでもしばしばやらかすのだが、多くの場合、人々のイメージの中で早食いと大食いは結び付いており、早く食べ終わると、まだまだお腹が空いていると思われ、良かれと思った人によってお代わりが供されるのだ。
 いくらこの草がそれなりにおいしく、さらに消化に良いと言っても、アルトリコーダー2本分も食べるというのは、正露丸を一瓶飲み干すような行為なのではないだろうか。なんとか半分ほど食べ終えて、これを食べ切ってしまったら、3本目がくるのではないかとふと不安になり、寝泊まりしていた山小屋まで持ち帰ってそっと土に返した。

 思い出グルメエントリーNo.2は、カメムシである。タイの山岳部の昆虫食の村を取材したときのことである。調理過程から取材させていただいたのだが、カメムシをすり潰すためだけの専用の木鉢があって驚いた。じっと見ていると作っている途中の唐辛子とカメムシをすり潰して混ぜただけのペーストを「試食してみなさい」と差し出された。昆虫を食べるのは全く嫌ではないが、私は、カメムシ系の味が数少ない苦手なのだ。パクチーは、カメムシソウと呼ばれるくらいにカメムシによく似た風味をしているし、私が食べられない数少ない食材であるタガメはカメムシ目の昆虫である。しかし、現地の方のご厚意には代え難いと「南無三」と心の中で唱えながら、頬張ると、不思議だった。舌の上にのせた時点では、唐辛子の辛さでよく分からなかったのだが、飲み込んだ後に、腹からミンティアやブレスケアを5倍10倍にしたような強烈な清涼感が込み上げてくるではないか。デート前に1匹と推奨されてもおかしくないほどの清涼感である。カメムシの匂いにはさまざまなものがあるとは聞いていたが、それが生きた知識となったのがこの時であった。

 思い出グルメエントリーNo.3は、キャッサバのポテトチップスである。これを食べたのがスリナムだったか、ガイアナだったか失念してしまったが、植生を考えるにどちらでも食べられていると思う。ジャングルで食べるご飯は決しておいしくないわけではない。しかし、山小屋の限られた食材ではどうにも娯楽性に欠ける。喜びも悲しみもなく、ただひたすらに栄養摂取を続ける日々の中でオアシスのような存在だったのが、キャッサバという芋を揚げて作られたポテトチップスである。正確にはポテト(じゃがいも)ではないのだが、分かりやすいようにポテトチップスと呼んだ。キャッサバは、タピオカの原料となる芋だが、実は生で食べると牛でも死ぬくらいの毒があるらしい。毒抜きされたキャッサバを薄くスライスして油で揚げると、軽やかで小気味い歯応えがあって最高においしいおやつとなる。
 あまりにおいしいので、スーツケースいっぱいに買って、大学のサークルのイベントにお土産として持って行き、したり顔で後輩たちに振る舞ったのだが、「先輩! このポテチ味ないですね!」と言われた。食べてみると確かに味がなかった。最高のキャッサバチップスを味わうためには、ジャングルで頑張る必要があるらしい。
 ちなみに、スリナムでもガイアナでも食べた「ケソ」と呼ばれるチーズもかなりおいしかった。帰国後も探し求めているのだが、「ケソ」とは、スペイン語で「チーズ」を意味するらしく、いろんなケソが存在して、私の求めるケソにはいまだたどりつけていない。味に癖がなく、白くて四角くて焼いてあるが、溶けてはおらず、ポキポキというかモキュモキュというか、不思議な歯応えのあるチーズであった。今のところ、ハルーミチーズというキプロスのチーズが一番近いと感じている。情報を持っている人がいたら、ご一報ください。

 思い出グルメエントリーNo.4は、ヤシの実である。ただのヤシの実ではない。モルディブの青い海でマンタを待ち続け、帰ろうとしたら船が故障して、自分達の泊まっている島に帰れなくなり、別の島の港で助けを待っていたときに、地元の人が海に投げてくれたナイフを差し込んだヤシの実が最高においしい。
 元々、私はヤシの実に過剰な期待を抱いていた。映画やアニメでヤシの実の描写に触れていると、さぞかしおいしいものなのだろうと思っていた。ところが、子どものころ、インドネシアのバリ島に行ったときに初めて、ヤシの実のジュースを飲んでひどくガッカリした。ぬるくて、薄めたスポーツ飲料のような冴えない甘さの液体としか思えなかったのである。それ以来、積極的にヤシの実のジュースを飲むことはなかったのだが、このときもらって船で飲んだヤシの実のジュースのおいしかったこと。海の上でカラカラに乾いた細胞の一つ一つが潤い、歓声を上げるような甘さとほのかな酸味、鼻を抜けるココナッツの香り。最後の晩さんを自分で選べるとしたら、飲み物はこのときのヤシの実のジュースにするだろう。
 空腹は最高の調味料というが、さらに究極の調味料を足すならば、「過酷な環境」と「人の優しさ」だと私は思う。

ガイアナで食べたナマズのカレー(美味しかった):篠原さん提供

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プロフィール
篠原かをり(しのはら・かをり)

1995年2月生まれ。動物作家・昆虫研究家/慶應 義塾大学 SFC 研究所上席所員。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)などを出版。

バナーイラスト 平泉春奈

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