戦争体験の「継承」――マイナーノートで ♯06 〔被傷体験〕上野千鶴子
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戦争体験の「継承」――マイナーノートで ♯06 〔被傷体験〕上野千鶴子

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。
※#01から読む方はこちらです。

被傷体験

 今も胸を刺す記憶がある。
「おひとりさま」シリーズの取材のために、高齢おひとりさまをお訪ねしてインタビューをしていた時のことだ。わたしはおひとりさまになってからの暮らしのあれこれについて聞きたかったのだけれど、話は先立たれた夫の看病と介護、そこに至るまでの夫婦の愛情生活に及んだ。そうだった、ひとは最初からひとりなのではない、ひとり去り、ふたり去り、喪失の経験を経てひとりになるのだった、と思い返して、じっと耳を傾けた。

 友人の建築家で、高齢者住宅設計の専門家は、自分が建てた家の住み心地を高齢者から聞き出すために、5時間も話につきあうことがある、と言っていた。自分が知りたいことは、今のお住まいになにか不具合がありますか、ということだけなのだけれど、そこに至るまでにそれまで送ってきた人生の経歴、家族関係のもろもろ、暮らしの不如意やぐち……年寄りには聞いてもらいたいことが、やまのようにあるのだ。そこに「お話をお聞きしたいのですが……」とやってきた若いもんは、かっこうのターゲットになる。とはいえ、そうやって何十時間も年寄りの話を聞いてきた経験は、その後の設計に生かされていると聞いた。

 その女性は夫婦で移住した山荘で、夫を看取った。夫は末期のがんだった。都会の病院の近くに住むことも選択肢のひとつだったが、愛してやまない自然に囲まれた山荘で、妻とふたりで過ごすことを、夫は選んだ。それでも数週間にいちどは都会の病院に通わなければならず、からだの弱った夫を小柄な自分が支えて長距離を移動するのがどんなにたいへんだったかを、彼女はるる語った。子どもたちはいたが、彼らの手は借りなかった。窓から緑が見える定位置に夫の病床を設置し、昼となく夜となく、看病に明け暮れた。夫は大好きなものたちに囲まれて、あの世へ旅立った。やるだけのことはやった、思い残すことはない、と彼女は語った。
「夫の好きだったものは、そのままにしてありますのよ」

 その思い出の家で、夫の死後も自分は過ごすのだ、とひとり暮らしを選んだ女性である。
 冬場は人気(ひとけ)がすっかりなくなる別荘地。定住者は数えるほどしかいない。街灯のない戸外は、夜は漆黒の闇になる。
「おひとりで怖くないですか?」
「怖いのは人間ね。灯りがともっていると人が来るでしょ。前に山で迷った人が灯りを頼りに夜中にやってきたことがあって。それ以来、灯りが外に漏れないように、灯火管制をしいてる。ほら、戦中派だから、そういうのは得意なのよ」
 とそのひとは笑った。

 戦争の話から引き出されたのだったか、彼女は自分の戦争体験を話し始めた。少女のころ、住んでいたのは広島市の郊外。8月6日のその日、広島市方面に大きなキノコ雲が上がるのを目撃した。それからほどなくして、たくさんの被災者たちが、ぞろぞろ列をなして、家の前を通るようになった。衣服が焼けただれて半裸になったひと、やけどで見分けがつかなくなったひと、どのひとも両手を前に垂れさげた幽霊のようなかっこうをしていた。
「幽霊って、ほんとうにあんなかっこうをするのねえ」と彼女は感に堪えない言い方をした。その生きながら幽霊のようになったひとびとは、彼女の家の前で、彼女と母親に向かって、「水、水」と求めた。

「そのときの地獄のような光景を、忘れられません」と語る彼女の表現は、微に入り細にわたっていて、その光景がそのひとの記憶にどれほどくっきりと刻印されているかがわかるようなリアリティがあった。わたしは情景が映像として浮かびやすい人間なので、その光景を目の当たりにしているようで気分が悪くなった。そして思わず、強い口調で言ってしまった。
「おねがいですから、その話、やめてください」
 それを聞いた相手ははっとして、わたしの顔をじっと見た。
「あなたもこの話を拒否するのね」ということばを、それから彼女が発したかどうか。それさえ記憶にないが、わたしは確実に聞いた気がした。おそらくこれまでも何度も話そうとしては、拒絶に遭ってきたのだろう。それまで自分の来し方行く末について話をしてきたのだから、この相手には話してもよいだろう、という安心感がそのひとにはあったのだろうに、それをわたしは遮り、拒否したのだ。

 広島には高校の修学旅行で行った。原爆資料館(広島平和記念資料館)を見たあと、食べ物がのどを通らなくなった。
 前衛俳人として知られる西東三鬼(さいとう・さんき)にこんな作品がある。

 広島や卵食ふ時口ひらく

 よくわかる。その時まで口が開かなかったのだ。開かなかった口を、生きるために開く。そこに卵を押し込む。あの惨事のあとも、なおも意地汚く生きていかなければならない己の生の無惨さまでも伝えて、短詩型のすごみを感じる。

 あまりにトラウマ的な経験は、たとえそれが他者の経験でも、見聞きした者に二次的な被傷体験をもたらす。だから子どもを広島やアウシュヴィッツに連れて行ってはいけない、と言いたいのではない。たとえそれが二次的な被傷をもたらすものであれ、知らなければならないことがある。そればかりか、そのような被傷をともなう感情記憶こそが、くっきり刻印されることになる。
 わたしに広島の話をしかけた「おひとりさま」の女性は、被爆当事者ではなかったが、その姿を自分の目で見た一次的な体験者である。彼女はそれを、体験したことのない世代であるわたしに伝えようとした。その彼女の試みは、わたしの拒絶によって挫折したのだ。その時の彼女のがっかりしたような表情を思い出すと、いつも胸を嚙む思いがする。

 戦争も原爆も、直接体験した世代のひとびとが死に絶えようとしている。わたしたちはその世代の証言を直接聞くことのできる最後の世代だろう。それからあとは、聞いたことをさらに体験のない次の世代に口伝えに受け継いでいく「ポスト体験の時代」になる。

 ずばり、このテーマを中心にした書物が出た。蘭信三・小倉康嗣・今野日出晴編『なぜ戦争体験を継承するのか ポスト体験時代の歴史実践』(みずき書林、2021年)である。ひめゆり部隊の最後の語り部は引退した。広島や長崎の語り部たちもどんどんこの世から退場している。遺品や写真やレプリカはあっても、すべてメディアである。生の肉声さえ、何度もくりかえされる語りによって風化し、陳腐化する。その危険性は以前から指摘されていた。

 本書に広島被爆者の体験継承プロジェクトが出てくる。残り少なくなった被爆の生存者が美術部に属する高校生に体験を語り、それを聞いた高校生が絵に描く……2007年から広島市立基町高等学校創造表現コースで始まった「『次世代と描く原爆の絵』プロジェクト」に関わった10年以上の記録を、社会学者の小倉康嗣さんが書いている。
「絵を描く高校生にとって、この作業は精神的にそうとうしんどいことである。体験したことも見たこともないことを想像し、被爆者の気持ちになって考え(中略)描いていかなければならない。しかもそこで描くのは、想像を絶する悲惨な体験である。何度も筆が止まり、描きなおし、夜うなされながら、泣きながら描いたという高校生もいる」という。
 指導する橋本一貫先生は「やり始めた以上は、ここでやめるとあなただけの問題ではなくて、証言者の方がショックを受けられるよ。途中でやめるのは絶対許さないよ」と念を押す。それでも志願した高校生たちのなかに「途中で脱落する生徒はいない」。

 生徒たちは二次被傷を受ける。だが当初「怖い」「グロテスク」だった感情は、その過程で「苦しい」「つらい」「悲しみ」「憤り」へと変わっていく。ある生徒は黒焦げになった被爆者を描くのに、まずそのカラダを肌色に塗った。そうしてから黒く塗りこめていった。そのひとがそれまで生きていた、という事実を踏まえてから、被爆という体験をそこに上書きしていったのだ。そこに描かれたのは、モノではなく、直前まで生きていた人間だった。

 このプロジェクトを経験した生徒たちは、こんな感想を述べる。
「事実とかより感覚を大切にしたらおのずと事実にも近づいていくと思う」「(証言者の)手となって伝えたい」「自分が主じゃなくなった」「(伝えるために)絵がうまくなりたい」……他人の経験を深くふかく取り込むことで、彼らの自我は「深い主体性」を獲得した、と小倉さんはいう。

 描かれた側はどうか? 「もしこの場面を正確に写した写真があったとしたら、絵とどちらがいいですか」という小倉さんの問いに、全員がためらいなく「絵がいい」と答えた。事実以上に感情記憶を再現したものが、これらの作品だと証言者たちが認めているのだ。

 小倉さん自身が、5歳の時に原爆資料館に連れられていった時に味わったトラウマから、この研究を通して解放された。「(5歳の)私はその夜から灯りを消して眠れなくなった」。40年後、この研究を経て再び資料館を訪れた小倉さんは、「その夜、おそるおそる灯りを消して寝床に就いた。気がつくと、うなされることもなく朝まで眠っていた」。

 体験の継承は、他者との関わりのなかで生成する。被傷性とは「共感」の別名である。だが人間的な関わりは被傷性そのものをも癒すのだ。わたしがそのひとに拒んだのは、そういう共感だった。

(タイトルビジュアル撮影・筆者)

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プロフィール
上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年、富山県生まれ。社会学者。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長、東京大学名誉教授。女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、現在は高齢者の介護とケアの問題についても研究している。主な著書に『家父長制と資本制』(岩波現代文庫)、『スカートの下の劇場』(河出文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『ひとりの午後に』(NHK出版/文春文庫)、『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)などがある。

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