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食にまつわる難問。「『今日のごはん、何がいい?』って聞かれたら、何と答えるのが正解なのか」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。みなさんは「今晩何食べたい?」と訊ねられたら、なんと答えますか? つい考え込んでしまうこの質問に、山口さんが導き出した答えは……
※第1回から読む方はこちらです。


#10 「今日のごはん、何がいい?」って聞かれたら、何と答えるのが正解なのか

 タクシーに乗ったある日、私は自分の仕事を聞かれたうえで、こんな会話がありました。

運転手「私の奥さんがね、今晩何食べたい? ってよく聞いてくるんですよ」
私「ほうほう」
運転手「その時に、なんでもいいって言うと、『それじゃ決まらないじゃない』って言われるし、これが食べたいって言うと『その材料はない』ってちょっと怒ったような口調で返されるんです」
私「あぁー」
運転手「『今晩何食べたい?』って聞かれたとき、なんて答えるのが正解なんですか……?」

 私はすごくむずかしい質問だなぁと答えに困り、その場では「うーん、むずかしいですね……」と口ごもるしかありませんでした。

 献立を決めるには、冷蔵庫にある食材、今日食べたいもの、帰る時間がどうか、体力はあるか、経済的か、栄養はあるか、など様々な条件を半分無意識に考えて導き出していますよね。
 昼間、仕事をしつつ夜ごはんのことが常に頭の片隅にあるという話は料理レッスンの参加者からよく聞きます。夕方、仕事で疲れてきた頭を使って、夜ごはんを毎日考え続けるのは、時にゴールのないマラソンを走っているような気持ちに私もなります。

 こんな時に、一緒に食べてくれる人に「何がいい?」と聞きたくなるのもとてもよくわかります。かといって、前述のような様々な条件を相手が察して細い針に糸を通すような答えを差し出してくれることは、ほぼ皆無でしょう。この質問は、答える側にとっても、早く返事しないといけない、相手を怒らせちゃいけないと気を遣わせる質問だなぁとも思うのです。

 数日間、この質問の気持ちいい答えを考え続けました。たどり着いたのは、一緒に食べる相手に食べたいものを聞く人は、ズバッと答えを言ってほしいよりも、何にしようか、と寄り添ってほしいのでは? という仮説です。

 こんな時、もしも「冷蔵庫に何がある? 一緒に考えるよ」と言ってくれたなら。もしも「それじゃ外食しちゃう?」と言ってくれたなら。私はきっと「あ〜助かった」と感じるはずです。その日の夕飯がどうなるかは別にして、終わりのないマラソンを一緒に走ってくれる人がいるだけで心が救われます。

 毎日食べるものを決めるという家事を任されている責任感は、自分で認識している以上に大きいものかもしれません。
 毎日違うものを食べなくていい。もっと簡単な調理にしていい。品数が一品少なくても困らない。責任を大きく感じなくていいように、一緒に食べる人を巻き込んで話し合うことが必要です。家にいる時くらい、おおらかでいられるような食卓が作れたら、きっと相手との関係性も深まり、笑顔の数が増える気がします。

 今、もう一度あのタクシーに乗って、運転手さんにこの話をしにいきたいなぁ。

 本当に疲れた日は、納豆ご飯とかちゅー湯(具なし即席みそ汁)だけで十分。かちゅー湯はお椀に鰹節をひとつまみと味噌をティースプーンひとさじ入れて、お湯を注ぎ、味噌を溶かしたら完成。目覚めの一杯にもおすすめです。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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