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料理の「コツ」ってなんだろう?――料理に心が動いたあの瞬間の記録「自炊の風景」山口祐加

#1 料理の「コツ」ってなんだろう?

 初めまして、自炊料理家の山口祐加やまぐちゆかです。「自炊する人を増やす」をモットーに、初心者向けの料理教室「自炊レッスン」やレシピの制作、書籍の執筆、音声配信などの活動をしています。この連載では、「料理に心が動いた時」というテーマを通じて、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴っていきます。
 いつもと同じキッチンで料理し、同じ食卓で食べていても、季節や天候、その日の気持ちによって自炊の景色は少しずつ異なり、その時にしか感じられないことがあるはずです。まだまだ知らないことだらけの自炊の鱗片に触れた記録に、どうぞお付き合いください。

*  *  *

 料理初心者に向けて教えることが多い仕事柄、「料理のコツ」について、料理教室や料理記事の取材で頻繁に聞かれます。炒め物が水っぽくならないコツ、野菜を切る時のコツ、お肉を柔らかくするためのコツ。挙げ始めたらキリがないほどメディアを通じて入ってくる料理の情報には「コツ」が盛り沢山で、読者はコツ迷子になっているんじゃないかと思うほど。

 先日、この「コツ」について、一歩踏み込んで考えるきっかけがありました。今住んでいる大好きな家をあと3ヶ月で手放すことになり、夫と二人で暮らした記録を友人のカメラマンである土田凌つちだりょうくんに撮ってもらうことにしました。最近私はいいカメラを買い、練習していることもあり、どうやったらおいしそうな料理写真が撮れるかを撮影してもらいながら教えてもらっていたのです。

 撮影も終わり、後片付けをしてお皿をふいている時、土田くんがふと思い出したように言いました。
「被写体に寄ったほうがいいかなと思った時は、自分が思っているよりもう一歩寄ったほうが良くて、引いたほうがいいかなと思う時はもう一歩引いたほうがいいと思う」

 私はなんとなく言っていることはわかるけれど、もう少し詳しく知りたいなと思い、「それって具体的には被写体に対して5cm前後の距離感の話?」と聞いたら、「いや、感覚」との返答。

 感覚かぁ。それがわからないんだよなぁ、むずかしいな……。でも続けるうちにわかっていくのかなと自分に言い聞かせるように感じていたところに、私も料理のコツを探り当てるような感覚になることがあるなと思い返しました。
 土田くんが話してくれた写真のコツは、彼が何千枚も写真を撮ってきた身体的経験から導き出されたものであり、実感を伴っているコツではあるけれど、なぜそうなのかはまだ言語化できない「生まれたてのコツ」のような感じ。それに触れた時、なんだかとても嬉しかったのです。
 私が料理家になりたての頃、人に教えられるようになるために自分が無意識でやっている料理中の行為を「今なぜ私は塩を入れたのか?」「なぜこのタイミングで火を弱めたのか?」とセルフインタビューして、自分なりの料理のコツを作り上げていく時期がありました。

 料理や写真に限らず、何かのコツは、きっと最初からコツとして存在していたわけではなく、実践する人の身体的な経験と思考を通じてしか生まれないものなのではないでしょうか。繰り返し実践する中で、こうしたほうが上手くできそうだなと無意識のうちに考えていて、その指令を手が実行する。これを繰り返していくことで生まれるコツが本当に使えるコツだと思うのです。

 つまり、料理のコツは知っただけではあまり意味がなく、コツを頭に入れて何度も実践し、身体にコツを馴染ませていくことでしかできるようにならない。それが身体にピタッと馴染んだ時を「コツをつかんだ」と言うのだと思います。
 コツを知ったところから、つかむまでには時間がかかります。でもそれができた時の、「今コツをつかんだ。わかった!」という時の喜びは、誰のものでもなく、私しか感じられない身体の喜びです。

 コツの洪水に吞み込まれる前に、まずは自分の身体を使って実践し、繰り返していくほうが意外と上達の近道なのかもしれません。

アジフライ 、ほうれん草とおかかのポン酢和え、ハーブのポテサラ、豆ごはん、白菜と油揚げのみそ汁

 アジは夫が友人たちと釣ってきたもの。揚げ物はめんどくさがられるけれど、料理の楽しさがとても味わえる料理だと思う。そろそろいいかな? と思って油から引き上げた時の、衣の表面に油がじゅわじゅわしている様子は自分の野性が喜んでいる感じがする。

第2回を読む
※本連載は毎月1日・15日に更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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