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人生の楔のような料理のある幸せ。「おばあちゃんの質素なお雑煮」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、山口さんにとっておばあさんとの思い出深い一品にまつわるお話。


#2 おばあちゃんの質素なお雑煮 

 私のおばあちゃんが作るお雑煮は、これ以上ないくらい質素です。好きな個数を伝えて入れてもらう餅にきれいなおだしがそそがれ、菊菜(春菊の仲間)が一枚分ぺらっと載っているだけ。餅を口に入れ、おつゆをすすり、菊菜を嚙む。お正月なのに「ケの日」のような慎ましく素朴なおいしさがあり、とても気に入っています。

お雑煮は質素だけれど、箸はお正月用を用意するあたりがおばあちゃんらしい

 おばあちゃんは鹿児島県出身で、同郷のおじいちゃんとお見合い結婚をし、兵庫県で二人の暮らしをはじめました。おじいちゃんはタイヤのゴム工場で働き、おばあちゃんはパートタイムで働きながら家計を支え、裕福とは言えないけれど、平凡でほどほどの暮らしを続けてきた家族。芋焼酎のお湯割りで晩酌するおじいちゃんと、めんどくさがりながらもおつまみを作ってあげるおばあちゃんの姿をおぼろげに覚えています。

 私が大学生の頃、おばあちゃんのところへ遊びに行き、駅まで迎えに来たおばあちゃんと二人で家に向かうバスに乗っている時のことです。おばあちゃんは、なんの前触れもなしに「ゆかちゃん、将来一緒になる人は『今日、焼きそばでもええか?』って聞いたら『ええよ』って言ってくれる人と一緒になりや。『そんなんしかないんかい』って言う人はあかんで」と、ぼそっと言いました。とてもおばあちゃんらしい暮らしの哲学に触れた気がして、こういう人が作るお雑煮だから、質素だけど魅力があるんだなと感じました。

 おばあちゃん流のお雑煮の味を引き継ぎたいと思い、かれこれ5年ほど作り方を教えてとお願いしているのですが「味はいい加減やから聞かんとって」と一向に教えてくれません。恥ずかしがり屋な上に、きちんとしている料理番組や料理本に触れてきたからなのか、適当に作っている自分を許せないようなのです。鰹節と昆布の味をベースに、薄口醤油をちょっと入れているというところまでしか聞き出せていません。

 でもよく考えてみると、おばあちゃんのお雑煮は「いい加減」だからおおらかな魅力があり、家庭料理らしくていいのだと思います。たとえおばあちゃんからレシピを聞き出せて、私が同じように作っても、きっと同じ味にはなりません。足るを知るおばあちゃんが、隙間風が吹く昭和の台所で作ってくれた「あの味」として私の記憶に刻まれていれば、それでいいのかもしれません。誰かに自慢できるような料理ではないけれど、こういう人生のくさびのような料理がいくつかあることは、幸せなことだと思います。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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