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反復と工夫の積み重ねでしか達することができない領域。「手の動きが美しい国、台湾」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。先日、台湾に行ってきた山口さんが、現地の料理だけでなく人々に見惚れたその所作とは。
※第1回から読む方はこちらです。


#9 手の動きが美しい国、台湾

 先日、1週間ほど台湾に行ってきました。8年ぶり2度目の訪問です。前回は料理家ではない頃に訪れていたのと、2泊3日の短い滞在だったので、今回は「自分の仕事のためにも思う存分食べて勉強するぞ!」とやる気満々です。

 台湾は夜市の文化が息づいていて、どの夜市も観光客と地元の人で大賑わい。着いた日の夜、宿の近くにある地元の人が多いこぢんまりとした遼寧街夜市に出かけました。水餃子のお店、おかゆのお店、海鮮をその場で調理してくれるお店など専門店がずらりと並び、漂ってくる豊かな香りに鼻息が荒くなる一方。中でも地元の人が吸い込まれるように入っていく水餃子のお店「又一村水餃‧面食」に惹かれ、入ってみることに。入り口に面した簡易厨房からは次々と茹で続けられる水餃子の湯気がもうもうと立ち上り、期待が膨らみます。

 台湾の飲食店は一般的に鍋や水餃子のタレをお店の一角にある「タレコーナー」に行って自分で用意することが多く、醤油や酢、唐辛子のペースト、生にんにくなどがずらりと並んでいます。あるおじさんは生にんにくを手で剝いて、手のひらで潰して醤油のタレに入れていました。各々に「マイタレ」があるって、ちょっとしたこだわりを感じられてなんかいい。私も現地の人になりきって、マイタレを用意し、今か、今かと水餃子を心待ちに。

 数分経った頃、運ばれてきたのは茹でたてほやほやのニラ餃子とキャベツ餃子。ぷりっぷりの水餃子を火傷しそうになりながら頰張ります。野菜や肉のうまみがしっかり感じられるけれど、全然しつこくない。「人生で食べた水餃子の中で一番おいしいかもしれない」と考える間もなく、気づいたら二個、三個と箸が進んでいて、あっという間に胃の中にすべて収まりました。

 水餃子を食べ終わって一息つくと、お店の隅っこでひたすら水餃子を包むおばちゃんが目に入りました。近くに行って「写真を撮ってもいい?」と聞き、その手元を撮影させてもらうことに。厚めの皮を手に取り、餡を乗せて両手で皮を少し伸ばして包んだら、形を整える。餡の量と包むスピード、手の位置などがほとんど変わらず、リズムを刻むように一つずつ包んでいく様子は圧巻。一体何個包んだら、こんなにテンポよく包めるようになるんだろうか……。

ずっとこのお店で働いてきたというオーラを感じる。

 頭で動かしているのではなく、身体が勝手に動いている域に達した、きびきびとした手の動きは、この後の台湾の滞在で何度も目にすることになりました。

 潤餅ルンビンという台湾風のクレープの生地を鉄板で焼いていくおばちゃん、大量のほうれん草を左手でガシッと摑みザクザクと包丁で刻むお兄ちゃん、葱油餅ツォンヨゥピンという大きな小麦粉の生地を鉄板で何度もひっくり返して焼くお姉さん、路地の隅で包丁を研ぐおじいちゃん。熟練した動きには、リズムの良い音がある。台湾の街を歩いていると、それが重なって音楽が奏でられているような感じがします。

 これらの熟練した動きに、なぜこんなにも私は惹かれるのでしょうか。それはきっと、自分に任された仕事を、「どうやったら美しくできるか」と「効率よくできるか」の両方を考えて、繰り返しやってきた痕跡が、身体の動きに表現されているからのように思います。そして、その手の動きには、こちらを不思議と安心させる力があります。

 よく見て、触って、どうしたら上手になるかを考えて、やってみる。反復と工夫の積み重ねでしか達することができない領域にいる人たちは、とてもかっこいい。私がキッチンに立ち、野菜を切り、炒め、盛り付けていることも、もしかしたらあと数年、数十年積み重ねたらその領域に達することができるのかもしれません。
 目指すは、手の動きが美しい台湾の人たち、とこの旅で決まりました。

 水餃子と同じくらい記憶に残っているのは「茹でワンタン」。ワンタンラーメンやスープは思いつきますが、台湾で食べたのは茹でてそのままごま油と醤油をかけて食べるスタイル。帰国してすぐに作りました。いろんな作り方があるけれど、肉と調味料を混ぜ合わせる程度にしておくと、肉っぽい食感が残っておいしいです。ワンタンの包み方はたくさんあるので、あれこれ試してみるのも楽しいですよ。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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