「いつかきっと」と思いつつ、妄想の船旅へ――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」
タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
*第1回からお読みになる方はこちらです。
#17
なんとなく気になっているけれど、いまだできないこと
タクシーが苦手だ。電車、バス、飛行機など、数ある移動手段のなかでも圧倒的にタクシーとの相性が悪い。10分ほど乗っていると、だんだん車酔いがやってくる。最近はタクシーの後部座席にテレビ的なモノがセットされており、流れている映像に注視すると、ますます「あ、気持ち悪くなってきた」と青ざめてしまうのだった。タクシーに乗ったら基本は画面をオフモードにさせていただき、携帯電話を凝視せず、ただ車窓からの景色を眺めるか進行方向をまっすぐ見つめる、と心に決めている。
どんなに体調が良くても(悪いならなおさらだが)、この決めごとを守らないで乗車するとろくなことにならないのは、これまでの人生で実証済みだ。なぜ、こんなにもタクシー酔いがひどいのか。タクシー独特の匂いがする、というのが今のところ考えられる最大の要因。タクシーの匂いってなに? と聞かれたらうまく説明できないのだが、タクシーの匂いとしか言いようがない。
あと考えられるのは、ドライバー殿との相性だろうか。まれに「20分乗っていたが酔わなかった」「今回は大丈夫だった。運転が丁寧だと感じた」という場合もある。そういうときも変わらず、テレビ的なモノはオフにさせてもらっていたが。
そして、タクシーの次に気持ち悪くなる乗り物は飛行機。気圧やら機内の温度やら音にグッタリしがちだ。三半規管がバランスをとるのを放棄していると自分でも感じる。視力、三半規管、運動神経……どれも優れない。飛行機に乗って優雅に一息入れたり食事をしたりする余裕とバランスが欲しいものだ。
こんな調子なのでバスも電車も油断はできない。いわゆる「ロケバス」移動で真っ青になって、到着したロケ地で撮影を待ってもらったこともある。止まったバスの中でひたすら休むしか立て直す手段がないのももどかしく申し訳なかった。「壇の復活待ち」、なんて冴えない待ち時間。酔い止めの薬を飲んでいてもなりやすいのはどうしたものか。酔い止めを服用して睡魔に襲われて仕事中にフラフラになった経験もある。あちらを立てればこちらが立たず、を痛感した。
そんな私だが、船旅には非常に憧れがある。いつかは客船に乗り、宿泊しながら観光してみたいと思っている。せっかくだからとちょっと贅沢して、いい客室を予約したりして……プールやレストランなど船内の施設をエンジョイする妄想を膨らませ、インターネットで専門サイトをチェックしたりもした。新聞で「豪華クルーズ船に乗ってステキな旅を!」的な広告を発見しようものなら、その広告を保管したりする執着ぶり。数年前に発生した「クルーズ船内で新型コロナウイルス感染症集団感染」のニュースを目にしても、「いつかは豪華クルーズ旅行」の夢はほぼ覚めなかったから不思議なものだ。
新型感染症によりクルーズ船旅行市場は自粛やら風評被害やらで落ち込んでいたようだが、最近ではようやく盛り返してきているとのこと。まだまだ油断はできない様子だが、私の船旅に対する憧れはいまだ消えない。むしろ強まっているような気がしてならない。いつかは豪華な船旅を、と実現せぬまま生きている。
船旅をするなら誰と行くかも重要なのだろうが、私がいつも妄想する船旅模様には私しか出てこないのも追加しておこう。パートナーや家族、友人などと共にする妄想は浮かんでこない。船旅するならどうしても一人旅、と決めているのが自分でも不可解だ。気づけば一人分の料金表を眺めている。「大切な誰かと一緒に豪華な」ではなく、「お一人様の豪華な」の妄想がとまらない。大切な誰かは存在するが、船旅妄想には登場しない。
思えば、亡き我が祖母も40代後半あたりから一人旅を始めたと母から聞いたことがある。旅行が趣味のひとつだった祖母はツアー旅行であちこち行っていたらしいが、だんだん「一人のほうが気楽」と一人旅にシフトしていったようだ。妙な部分が隔世遺伝したのだろうか。いつかは、行きたい。そして「いつかは……と言って実現できていなかったけど、ついに実現しちゃいました」と、ここに書きたい。
プロフィール
壇蜜(だん・みつ)
1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。