ジワジワと今後の自分に影響するように感じること、それは……。「今思えば」影響を受けた出来事――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」
タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
*第1回からお読みになる方はこちらです。
# 012
「今思えば」影響を受けた出来事
以前、とある番組の依頼を受け、アジアのある場所に行ってきた。番組は第二の故郷のような、心身ともに影響を受けた場所をあげて実際にそこへ行き、それまでの人生の軌跡と向き合うような企画をメインとするものだった。私が選んだ場所は親日の方々もいらっしゃり、地域によっては温泉に入る文化があって昼夜問わず屋台で賑わう、ノスタルジックムードただよう「あの場所」。新人時代、イメージDVDの撮影にと何度か訪れたところであり、昔から「もしも日本ではないところに住むならどこがいい?」と聞かれたら「ここ」と答えるほど興味があった。きっと、海外は苦手(英米文学科を卒業しているが、成績は悪く向学心も育まれず〝海外に向いていない〞と気づいた4年間だった)な私でも、どこか日本との親和性を感じていたようだ。この国に生まれて日本大好き!という感じでもないが、日本に生まれて良かったなと思うことのほうがまだ少し多いので、移住は考えていない。しかし、件の場所にはまた行きたいなとは考える。新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大し、この原稿を書いている2023年2月の時点ではようやく海外旅行が解禁ムードとなってはいるが、この先どうなることか。東欧では戦争も続き、北の彼の国からはひっきりなしに物騒な飛行物体が放たれている。本当に、この先どうなることか……と感じる時間が日々色濃く長くなってきた。思い立ったら、〝またいつか〞なんてやめて行ったり買ったりしたほうがいいよ」と我がマネージャー(50代男性)から言われて、ニュースや新聞を眺めつつ「たしかになぁ」としみじみ感じてしまう。それに、いつまでも健やかに平和に生きられる保障もないのだ。私の人生の残り時間は私にもわからない。ただ、明日はやってきて、生きていれば私は私としてまた生きるのだろう。
そんな私の人生、それまでの私を変えた○○、もしくはターニングポイントになった○○や今までの価値観がひっくり返った○○的な質問はこれまでにも何度か受けてきた。質問を受けるたびに、「そんなにないなぁ」と思っていたのが正直なところだった。急に衝撃を受けるような出来事や人、作品などに出会って心に「こうしたい! こうなりたい!」と情熱の炎が灯り、行動に移していわゆる「サクセス」を得たことがある人はそんなに多くないと思うぞ、と言いたかったが、仕事なのでそれなりの回答はしてきた。私の考えだが、上記のような質問はある程度生きてから振り返らないと気づけない場合があるので、「今思えば」を付け加えて「ジワジワと己の今後に影響していくような気がする」で締めくくらないと、答えとして誠実ではないんじゃないかと。それに私の性分からして、情熱の炎を心に灯されずっと燃やしつづけるガッツがあるとは思えない。だから、ジワジワという言葉を使いたいのかもしれない。
しかし、この連載にあたってお題をいただいたことだし、せっかくなので「今思えば」を使った「今後の私を作る〝何か〞として影響していくであろう過去の出来事」のひとつをご紹介しておきたい。
8年ほど前、ある番組(こちらも番組で被ってしまい申し訳ないのだが)のドキュメンタリーコーナーの撮影をした。内容は「遺品の回収と空き家の清掃のお手伝い」。独居の高齢者が突然亡くなり、空き家となった場所でご遺族に依頼された遺品の回収や廃棄、清掃を行うという使命を受けた。遺品整理と清掃の専門業者を訪ね、実際に自分も作業を一日体験した。空き家はいわゆる「ものあふれ家屋」(故人様の家だったこともあり、ゴミ屋敷とはあまり言いたくないので)。たまりにたまったもので家中が埋めつくされていた。玄関を開けても入れないほどで、「私の知っている玄関じゃないなぁ」と玄関に対する概念を破壊されたまま、ものと天井のあいだの隙間をよじ登り入室。家具や衣類、廃棄する予定があったと考えられるようなもの、腐敗した食品もあった。ネズミや虫が足もとをウロチョロする。専門業者の方々も苦戦しているが、さすがはプロフェッショナル、確実に部屋は片付いていく。私も負けじと食らいつくように清掃に集中した。ご遺族に依頼された衣類や趣味の品々を回収し、一日体験が終わる。廃棄する依頼を受けた遺品は業者専属の導師さまが経文を唱えて供養してから廃棄となる。導師さまのうしろで手を合わせて撮影は終わったが、「仕事終わった」感をあまり得られない、複雑な気持ちになった。あのあふれたものたちは故人様の「生きる」をどこかでつないでいたのかもと意識すると、汚いとかヒドいとか思う気持ちになれなかったのだ。どうか廃棄されたものも成仏?してほしいな、と帰り道ずっと考えていた。ものあふれ家屋には、ものあふれ家屋になった事情がある。故人様にもものあふれ家屋をそのままにしていた事情がある。人やものには必ずと言っていいほど事情がある。だから、驚いたり恐れたりはしても決めつけてしまうのはいけない、自分の可能性のためにも良くない。一日体験にて得たこの気持ちは、きっとジワジワと今後の私を形成するだろう。
プロフィール
壇蜜(だん・みつ)
1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。