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ついに「ずるくなるチャンス」が訪れたときにとった行動とは? 「ずるいなぁ、自分」と思ったこと――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#11
「ずるいなぁ、自分」と思ったこと

 まわりは大人だらけのなかで一人っ子として生まれ、共働きの両親に甘やかされがちでお祖母ちゃん子……とくれば、「ずるく生きる」術を学ばなくとも生きられる可能性が高い。私はまさにそのタイプだったんだなぁと今更ながら思う。小さい頃から、ずる賢くなくても世話をしてもらえる、過保護と言われるほど大事に育ててもらえることを無意識にわかっていたようだ。むしろ要求を遠回しに伝えたり、からめ手的な表現を使った言い方をしたりしたほうが「素直じゃない」と叱られたような気がする。たとえば「靴が痛い」としゃがみこむより、「お父さん、おんぶして」と言ったほうが「しょうがないなぁ」とコトがうまく運んだ。人によるだろうが、正直に甘えることが一人っ子の私には求められていたのもなんとなく悟っていた。これはずるい考えというより、大人たちの反応に合わせたというほうがしっくりくるだろう。
 「ずるい」とは、すべきことを巧みに怠るさま、要領よく立ち回る様子を言う。古くは「ふしだら」「身持ちの悪いさま」の意味でも使われた。締まりなくだらしない姿は古来「ずるずるとしている」と言われていたらしく、そこから「ずるい」が生まれたという。今も昔もずるい人はいる。マイナスな印象を抱く反面、頭が良くないとずるいことはできないとも思うため、賢いんだなあと感心してしまうときもある。あるコラムニストが、これまで出会ってきたずるいなぁと感じた人たち(男女問わず)についてまとめたコラムを読んだことがあるのだが、ずるさが爆発しており、一周回って尊敬したこともあったっけ。好きではない相手に「連絡先を教えて」と言われたら、「1回会っただけで教えたら、その人とは疎遠になるっていうジンクスを信じてるの。疎遠になるのは寂しいから、次会ったら教えるね」とウィンクでかわし、好みの相手から「恋人いる?」と聞かれたら、「いたらもうお話ししてくれない?」とシュンとしながら返す。恋人から「仕事と私のどっちを取るの!?」と詰め寄られたら、「そんなこと言わせたくなかった。ごめんな。おまえのことを思いながら仕事に励む俺を許してほしい(と抱きしめてキス)」とアクションつきで黙らせ、「料理がおいしい」と褒められたら、混ぜるだけの調味料を使っているとハッキリ言わずに「ソースは市販品に頼っちゃった。でもおいしくなぁれ、おいしくなぁれって仕上げをしたの」と照れながら伝える……。どれも嘘はギリギリついていないが、心をまどわせるテクニックがずるい。ずるいの権化たちを垣間見て震えた。こんなことをサラリと言う猛者たちは敵に回したくない。
 ただ、私のような要領の悪い者にも「ずるくなるチャンス」が訪れるときがある。相手が私のとった言動に偶然にも「私に都合が良いような」解釈をしてくれた場合だ。接客サービスのアルバイトをしていた20代初めの頃、顔の日焼けや乾燥が特に気になる時期があり、化粧下地兼保湿剤のような白いクリームを塗って働いていた。飲食物を扱う手前、派手な化粧は禁止だったが、薄化粧なら身だしなみの範囲内で許されていた。くだんのクリームに色つきリップ、ちょっとだけまつげを上げてマスカラを塗る程度の化粧で接客や店内清掃など忙しく動いていたものだ。あるとき男性マネージャーに仕事中さりげなく「齋藤、具合悪いのか?」と聞かれた。彼は異動してきたばかりのアラサーマネージャーで、普段は寡黙だが接客はちゃんとする真面目そうなタイプだった。噂によると結婚間近の可愛い恋人がおり、大切に愛を育んでいるという。実際に恋人の話は私も本人から聞いたことがあった。女子アルバイトたちにベタベタするわけではないが、「生理なら無理するなよ」とか「トイレはガマンせずちゃんと行けよ」など、今なら言った者しだいではセクハラじゃないかと訴えられるようなこともマネージャーはサラリと言っていた。誰もセクハラに感じていないのは彼の人徳だったのだろう。
 「齋藤、具合悪いのか?」に対して、私は「え?」と答えをためらった。すると彼は「顔色がちょっと良くないから。おまえ、ときどきそういうことあるよな。つらかったら座ったりしろよ。5分くらいなら俺、店に出てるから」と続けた。私はハッとした。具合悪く見えるのは下地クリームを塗りすぎて顔が白くなったからだ、と。しかしそれを言わずに、「ありがとうございます。今はなんとか大丈夫です」と心配をペンディングさせたまま仕事を続けた。本当に調子が悪いときに、この「ときどき顔色が悪くなる女子アルバイト」としてのカードを使おうという考えが浮かんだからだ。これはずるい発想だと自分でも思ったが、生理が重く貧血持ちだったので嘘はついてないと無理やり正当化した。結局そのマネージャーが数年後に異動するまでは、生理やめまいを理由に何度かずる発想を発動させ、「体調不良による小休止」をいただき、公認の怠けタイムを過ごしてしまった。今なら大問題だろうが当時は、オンナという生き物はいろいろ面倒な体をしているが、使い方しだいではちょいちょい得することもあるな、と感じていた。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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