えげつなき顔で食べたい! 運命のウマイモノ――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」
タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
*第1回からお読みになる方はこちらです。
#15
運命のウマイモノ
成人して仕事をするとなれば、対象物にお世辞を加えたり、あえてオーバーにリアクションを取ったり表現したりして、視聴者や作り手を喜ばせることは「大人としての作法と生活のため」に必要なことだと思う。
「絶景と聞かされていたがそうでもない」ならば、「ど~ん!って景色が広がるより、私はこちらの控えめな音や空気感が好きですね。〝なーんにもしない〞をしにきたみたいで」と言うだろう。「歓迎セレモニーの意図がつかめないほどシュールな歌と踊りが延々と続いている」ならば、「不思議です。歴史を深く知らなくても振り付けや歌のムードでお客様に最高の舞踊を、というひたむきな気持ちが伝わりますね」とやや恥ずかしそうに伝えるだろう。「上下すらもわからないような絵画や彫刻」は難敵だ。「喜びや苦悩、生きるうえでの感情が形になっていて、たとえ私にはつかみきれなかったとしても、見つめているだけで強いエナジーを感じて吸い込まれそうになります」と目線を作品から離さず語る。
メディアに出ることで「言わなきゃいかん。ギャラをもらえん」と、ない知恵を絞って絞ってひねり出した表現の一例を披露してみた。誰かの真似をしているわけでもなく、感じたことを語るから嘘もついていない。
脚色のない世界などあってたまるか。誰もがビッタンビッタン動く活魚をそのまま食べられるわけではないのだ。しめて、さばいて、調理したものを、口に入れ喜びを伝える。それだって脚色だ。まれに嘘ばっかりつくなと脚色か捏造かの微妙なセンをチクチクヤイヤイ言われるが、私は壇蜜としての仕事を責任をもって行い、家賃を支払い生活をしているのだから、恥ずかしくもない。
このように、さまざまな対象物にたいしてコメントを求められたときに細心の注意を払わなくてはいけないのは、やはり「土地や地域、国が誇るような食品及び料理」だろう。名物にうまいもの……ゲフンゲフン、まあ、それは置いておいて。
世界一辛いとか甘いとか、よっぽどの珍味やビジュアルからしてエキセントリックな食べ物で「リポーターとしてのリアクションを期待してまっせ」というムードの場合以外はとにかく周囲の空気を読み、短時間で台本を練り上げる。なんなら出されるまえに味まで想像しているときもある。
歓迎の宴で出された「何の肉なのかわからぬ」焼き物や「いっこうに底が見えず何が入っているのかわからないスープ」などには、まずは経緯をうかがう。歓迎と仲間の印だと通訳殿に言われ、めったに取れない何かだと付け加えられたら覚悟を決める。「恐れ多いです」と言いながらかじりついたりすすったり……。まあ当然、「これまで経験したことのない味」なのだが、「うまい」とは言わない。
「やだ、香りも味もすごくスパイシーで汗がどんどん出ます。ほら、一瞬でおでこに!」とか「スープを飲んでも連想できない……硬いお肉か何かは感じました。ヒントをください!」と、体に起きた変化や料理に興味があるように振る舞う。通訳殿もネイティブの方々もとりあえずは笑ってくれる。
だんだん食べ進め、舌をならしていき正解を聞いて「えー! それってめったにいただけないものですね! ありがたーい!!」と感動する私的なレポスタイルを生み出した。19や20の生娘じゃあるまいし、私のキャラクターで最初からワーキャー騒いで変な雰囲気になるよりいいかな、と。ニコニコしてかわいく座っているだけでは仕事はできぬ日も来る。これも嘘ではない。
そんな私が「値段や人の目を気にせず腹一杯食べられたらどんなに幸せか」と考えさせられるような逸品に遭遇した話をしておく。5年以上前のことだった。仕事で芸人殿が司会を務める東北のローカル番組にゲスト参加した。ここでもエセ秋田人(生まれてすぐ上京したので)の恩恵を受け東北にゆかりある者として、山海のあちこちをめぐっていた。震災から約5年とはいえなお、漁業をはじめ、あらゆる産業がダメージを受けていた。賢明に立て直す様子も見学した。
そんななか海沿いの作業場で、街コンイベントで知り合ったというホタテ業者の彼(以下〝ホタテのキミ〞)を紹介してくれた愛らしきレディと出会う。彼女は漁業系の仕事につき、その土地で嫁いでもいいと街コンに参加して〝ホタテのキミ〞と知り合い、ラブラブになったという。若人の力で漁業も活性化しはじめ、彼らの「これからもがんばるぞ」との意気込みを聞いていた。
すると、〝ホタテのキミ〞とレディが私に採れたてのホタテをくれた。試食してほしいという。一口食べた。大ぶり、肉厚、きらめきすら感じるホタテをかじった瞬間、私は何を思ったかカメラがあった場所からはずれ、堤防に走っていった。あまりにもホタテがおいしすぎて、カメラにおさまらぬ角度でえげつなき顔でむしゃむしゃ食べたい! という意地汚い本能が生まれた瞬間だった。
皆がポカンとするなか、ハッと我に返りホタテのカラを持ち事情を説明して謝罪し、その後カップルの粋なはからいでロケ終わりの堤防に腰掛け、いくつかホタテをいただいて食べ……いや、「食べる」ではない。貪っていた。あのホタテにまた出合うにはどうしたらいいものか。
よく殿方は自分に刺さったエッチな映像を見ると、「わー」「スゲー」「エロ―い」なんて言わず作品に集中するため静かになると聞いたことがある。私はその仮説を全力で肯定した。「これ!って思ったら、言葉は出ないね」と。そのときばかりは、ギャラ泥棒と揶揄されてもしかたない。
プロフィール
壇蜜(だん・みつ)
1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。