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〝必要無駄〞のおかげで今の自分があるのだ。無駄とわかっていてもすること――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#14
無駄とわかっていてもすること

 「これまであなたに使った時間を返してよ! 無駄にさせないでよ!」と怒鳴られてとても怖かった。これは、学生時代親しかった1学年先輩の女性に会った知人が言われた言葉だ。彼女と先輩は大学時代のとある球技サークルで知り合い、合宿やら練習やらで活動を共にしていた。先輩は顔立ちも整っており、モテモテ。しかしそれを鼻にかけない謙虚さがあり、優しい人だったそうだ。知人は彼女に憧れ、あっちこっちついて回るようになり仲を深めていった。お互い社会人になり5年ほど疎遠になったが、ある日先輩から連絡が来て、久しぶりにお茶でもという流れになったという。
 かつての思い出話が盛り上がり、なごやかに雑談していたのだが、だんだんと怪しげな「儲かるトーク」が始まり、止まらなくなった。先輩の「仲間がたくさんできて心が豊かになり、そのうえお金まで儲かるとても良い話」をしばらく聞くこと約30分。知人の「これはまずいぞ」センサーは脳内で警報をガンガン鳴らしている。セミナーや勉強会があるから一緒に行こう。あいている日を教えて、となったタイミングで知人は勇気を振り絞り(できる限りの穏便な表現を駆使して)「ノー」を伝えた。しかし遠慮と取られてしまい、先輩からさらに説得されること約15分。今度はもう少しハッキリ「ノー」と断った。すると、うつむく先輩から数秒間の沈黙のあとで言われたのが、冒頭の「これまであなたに~」だった。
 目の前にいるのは本当に優しかった憧れの先輩? 私の知っている先輩? とショックと恐怖でグチャグチャになった精神をなんとか立て直し、話が再度始まり止まらなくなる前に震える手で財布をつかむと、千円札をテーブルに置いて「ごめんなさい!」と頭を下げ足早に店を出たという。頼んだドリンクは500円もしないものだったらしいが、硬貨を端数まで出すような余裕はなく、「無駄」「儲け話」「時間を返せ」などのフレーズから「千円札を出す」ことが正解だと導き出したらしい。とっさの判断が功を奏したかは不明だが、逃げ切れた。その後先輩から連絡は来なくなった。
 社会に出て、何がきっかけで先輩が儲け話を延々と話し、断られれば声を荒らげるような女性になってしまったかはわからないが、知人は急ぎ足で駅に向かいながら涙がこみ上げてきたと、寂しそうに語ってくれた。「先輩は仲間のために時間もお金も使うタイプの人で。無理しすぎても、もうダメって助けを求めるのが苦手な人だったから」と締めくくられ、このエピソードは終わった。先輩は親しかった後輩に「無駄にした時間を返せ」「話を受け入れないあなたに使った時間は無駄」と騒いだら、「イエス」と言われると思ったのだろうか。「無駄!」と言われた知人のショックは計り知れない。
 自分といること、自分に使われた時間やお金が無駄! と言われたら誰でもショックを受けるだろう。私だって言われたらつらい。しかし、35歳くらいになってから、もう若くないなと悟り、これまでの図々しさに磨きがかかったせいか「無駄」と言われたり「無駄でしょ、それ」と指摘されたりしてもあまり傷つかなくなったような気がする。亭主と知り合う前、とある男と食事に行ったときのことだ。レストランを出てラブホテル……いや、交際の流れになりそうだったので「帰ります」とかわしたら「無駄にしていい時間はないんじゃない?」と嫌みを言われたが、すくむことなく「(きっと性器もカッコ悪いんだろうな、こういうことを言う人は)帰ります」ともう一度言えたし。性器がカッコ悪い……別に大小を揶揄しているわけではないので悪しからず。
 最近は無駄と自覚していても、「正気を保つための無駄もある。そう、それが〝必要無駄〞」と思い、無駄と言われるような時間に意味を持たせて生きている。必要無駄の矛盾ぶりは自分でも解説できない域にあるが、必要無駄があるから今があるくらいには大切にしている思考だ。その後の用事もなく、誰にも待たれていないときならばコンビニやスーパー、ドラッグストアで買うものは決まっていても、一応店内を1周半から2周はしがちだし、自転車置き場がすいているときでもちょっとウロウロしてベスポジを探す。そのあいだは何も考えていない。無駄に過ごしてるな、とも思わない。とにかく買い物カゴや自転車と共に「何も考えない」ことに集中。集中できたら必要無駄を提供してくれた場所に敬意を払う。こればかりはしばらくやめられそうもない。ある程度図太くならないとできない大人のプレイとして一応ご紹介させていただく。
 ちなみに、何も考えないでいられる時間として、スイミング時の脳内も浮かんできたが、スイミングは必要無駄ではなく健康のために必要であるし、時間を決めて泳いでいるため、無駄な時間に入れていない。ほかの利用者もいるため避けたり譲ったりするシーンもありボケッとしていられない場合もある。何度か泳がずにただ黙ってプールサイドのベンチに座り、水面を眺めてしばらく過ごしたことはあるが、水面を見ているとやはりトプンと沈みたくなる欲求が芽生える。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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