「もしかしたら、つらいのかもしれない」という想像力。「もっとやさしくていい」――《こどく、と、生きる》統合失調症VTuber もりのこどく
「同じ病で苦しむ仲間とつながりたい、救いたい、当事者以外の人たちにも病気のことを知ってほしい」という思いでVTuberになり、配信を通してメッセージを伝え続けるもりのこどくさん。高校生で統合失調症になった彼女がいかにしてVTuberになったのか、その足跡を綴ったエッセイ連載です。
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#4 もっとやさしくていい
妄想、しているだろうか。
ここで言う妄想とは、なにかについて思いを巡らせることではない。こどくにとって、妄想は、おそろしく、いまだにこどくを悩ませるものだ。
統合失調症の症状のなかの、陽性症状に妄想は含まれる。わかりやすいものだと、被害妄想、だろうか。被害妄想は、その名の通り、他人が自分に害を与えようとしているのではないか、と思いこんでしまうことである。
こどくは統合失調症になって6年になるが、いまだに被害妄想に苦しめられている。たとえば、外を歩いているとき。道ですれ違うひとが、ナイフを持っていて、自分を刺してくるんじゃないか、という妄想。そういう妄想があるときは、こわくて家を出ることすらできない。
そして、ここでもっとも重要なのは、統合失調症の症状で妄想が出ているとき、それは実際に起きている出来事だと確信していることだ。こどくは、本当にころされそうになっていると実感しているし、それは逃れようがない事実なのだと、思いこんでいる。
妄想は、思わぬ方向へ飛躍していくこともある。つねに盗聴されていると思ったり、駅のホームでうしろからつきおとされると思ったり、まったくの他人のわらい声が、自分を嘲笑しているものだと思いこんだり。
こどくはそんな妄想のせいで、しゃべることができなくなったり、ホームでじっと電車をまつことができなかったり、まわりのひとをにらみつけたりしていたことがある。
そんな日常を生きているから、統合失調症当事者は、白い目で見られることも多い。でも考えてみてほしい。そんな日常が、突然、訪れたとしたら。大半のひとは、おそろしくておそろしくて、逃げたくなるだろう。逃げるために、特異な行動をとってしまうかもしれない。
そんなおそろしい世界を生きるこどくたち統合失調症当事者に、もっと社会はやさしくあってほしい、とこどくは思う。こどくは、妄想の症状が出ていたあるとき、まわりをおそれるあまり疲れはてて、なんとか乗った電車で空いていた優先席に座ったことがあった。すると、居合わせたひとに、「ここは若いもんが座るところじゃないよ!」と吐き捨てられた。
生きていることすらやっとで、つねに妄想におびえる日々。それだけでもおそろしい世界を生きている統合失調症当事者。そうでなくとも、見えないだけで、つらさをかかえたひとはこの社会にごまんといる。「もしかしたら、つらいのかもしれない」。そういう想像力が、社会には必要ではないだろうか。もっと、やさしくていいじゃないか。
プロフィール
もりのこどく
VTuber。「同じ病で苦しむ仲間とつながりたい、救いたい、当事者以外の人たちにも病気のことを知ってほしい」。そんな思いで19歳で配信を始めた。バーチャルの強みを生かして、当事者たちの居場所をクラウドファンディングでメタバース上に創るなど幅広く活動。2023年、SDGsスカラシップ岩佐賞を受賞。