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あの感動の儀式がじつは……。「多くが経験していると思ったのに、一部しかしていなかったこと」――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

本がひらく

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#08
多くが経験していると思ったのに、一部しかしていなかったこと

 ストレスやつらさを感じたとき、それらとどう折り合いをつけて明日に備えるか。人によって対処の仕方は違うし、誰かの真似をしても良かった場合と余計にしんどくなる場合がある。参考までに解消法や昇華させる方法を見せてもらったり、うかがったりすることもあるが、「そういう方法もあるんだな」程度にとらえるようにしている。
 かつて、アクティブに生きる知人から「キャンプに行って、大自然の中にテントをはり、焚き火を見つめていたらさぁ、だいたいのストレスはちらばっていくよ」とか、「海を見たりサーフィンをしたりすれば、悩みがちっぽけに思えてくる」とかアドバイスをいただいたが、40年以上生きてきて、「それは私には向いてないだろうな」と直感で察した。大自然に向かって心身を解き放つ考えがあるあたり、もとからストレス耐性が高いんじゃないかなと言いそうになったが、せっかく教えてくれた独自の世界観を壊してはいかんと言葉を吞み込んだ。私の場合、件のように森林、火、水に心の安定を求めるとしたら……買い物ついでに近所の遊歩道を通り、家で亡き祖母やペットたちの写真の前に花を供えて線香を上げ、区民プールで泳ぐくらいの規模で精一杯かもしれぬ。自家用車もないし、計画を立てるのも苦手なので、電動アシスト自転車にまたがり、手近な場所をうろちょろして正気を保つことが「無理ない心の立て直し法」なのかもしれない。しかし、「自然が仲間さ!」的なテンションの方々が言う「炎の浄化作用」には共感できる。学生時代に体験した「灯火の集い」が、今でも私を作る素材のひとつとして大きく影響しているからだ。
 「灯火の集い」は、林間学校や臨海学校と言われる「家も学校も離れて、学校指定の合宿所でしばらく生徒たちが共同生活をする」イベントだった。山間部や海沿いの施設でゴミ拾い、お茶摘み、地引き網漁、ミカン狩りや栗の皮むきなどの軽作業を通じ、勉強以外の体験をして己と向き合いながら友人たちと絆を深める、1週間弱の合宿だ。行くときはあんなに面倒だの携帯電話が圏外なんじゃないかだのとふてくされていたのに、帰る頃には「また皆バラバラかぁ」としんみりして、名残惜しくなっていた。親からはワガママでマイペースと言われつづけていたため、寮暮らしや集団生活には向いていないと勝手に自負していたが、掃除も食事当番も寝具たたみも苦ではなかった。旅館の仲居さんとか向いてるんじゃない? と周囲から言われたほどだ。仲居さんはさらに大変な仕事をいくつもこなしているので、比べてはいけないが。
 合宿の最終日の夜に行うのが、「灯火の集い」だった。クラスごとに集まり、それぞれ燭台にロウソクを立て、椅子を車座に並べて座り、隣の人から順番に炎を分けてもらう。全員のロウソクに火が灯ったら、司会の指示に従い、挙手制で「今の思い」を伝える。テーマも、進学したらとか、今の自分からどうすればもっと世の中を照らせる人になれるか的な、校風に沿いまくりのざっくりしたもので、ゆらぐ炎を見つめて「もっと自我を抑えたい」「大切な人を守るためにどんな勉強をしたらいいか」といったことを、答えはなくとも言葉にして聞いてもらうことで楽になれた。真っ暗な部屋に40人くらいがロウソクを片手に車座で座っているというムードも、正直な言葉を後押ししていたような気がする。意見はクラスメート全員が言う。答えなどなくていい、この瞬間に意見を言えたことが大切な記憶になるんだと、終わる頃には素直に「不安定な未成年の自分と向き合おう」と思えた。およそ1、2時間の集いは、ロウソクを全員で吹き消して終わる。後片付けをして、合宿所の玄関先まで皆でわらわら出て、外のヒンヤリとした空気を吸い込むまでが「灯火の集い」の一連の流れであった。不思議とテンションが上がって、山のほうに駆け出す生徒たちもいた。先生はあわてて止めに行くが、走り出したい気持ちもわからなくはない。炎の前で正直になり、解放された気持ちが芽生えたのだろう。
 さて、この「灯火の集い」だが、他校にも無論あると信じていた。「え!? なかったの? 灯火の集いだよ?」と動揺するのは大学を卒業し社会人になってからの話。「ロウソクの明かりだけで話し合うの? キャンプファイヤーとかじゃなくて?」「生け贄でも捧げてそう」と揶揄までされた。無理もないか……異様な光景ではあったから。しかし個人的には、あって良かったと、ありがたみを今でも感じている。どうしようもなくしんどいときは、アロマキャンドルの炎や線香の煙を見ることで、「炎や煙のゆらぎ」と対話する方法を実践できるのだから。黙って対象物を見つめて、熱さとともに醸し出される香りを感じ、ゆらぎを目で追う。不安になるからずっと先のこと、未来の姿などは考えず、今日をくじけず凌げたこと、明日の仕事の準備や予定を考えることができている自分を少し褒める。ちょっと儀式めいた「灯火の集いスピンオフ(四十路バージョン)」みたいな行為だが、自分だけの時間として作り上げている者を自分の周囲では見ない。母校の卒業生なら、似たようなことをしているのかもしれないが。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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