現実世界に無理がある……。「昔も今も納得いかないこと」――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」
タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
*第1回からお読みになる方はこちらです。
#07
昔も今も納得いかないこと
「まぁてぇ~、ルパーン!」「いっけねぇ、とっつぁんだ~」という二人のやりとりは、大泥棒一味の華麗なる強奪ぶりが世界的に有名なアニメのワンシーン。この件は、セリフは違えどよくある展開として知られている。逃げるルパンたち、追いかけるインターポールの銭形幸一警部。もはや「この展開がないと観た気がしない、って感じるようになりました」とファンが語っていたのをどこかで聞いたことがある。大泥棒と警部という宿敵関係は作品が終わらないかぎり(終わっても?)ずっと続くのだろう。逮捕スレスレのところで逃亡に成功したり、逮捕されても脱獄したり、ときには二人とも逮捕されてしまい共闘しなくてはいけなくなったり……捕まりそうで捕まらない。これが視聴者や読者をハラハラさせ、惹きつける魅力のひとつなのだろう。タバコ好きでクールなガンマンや硬派な侍風剣士、セクシーダイナマイトな気まぐれ美女など仲間たちの活躍もあるだろうが。
しかし、このアニメを幼少期に観ていた私には、「まぁてぇ~、ルパーン!」の件には納得がいかなかった。大人になった今でもときどき、「納得いかないなぁ」とあの頃感じていた理不尽さが蘇る瞬間もある。さまざまなアニメやマンガで使われている表現だから現実とはちょっと違うんだ、だから楽しく観られるんだと幾度となく己に言い聞かせてきた。ムクムクわきあがる「納得いかないなぁ」の感情には、その世界の表現だから、となだめるように自分で自分の感情にフタをして冷静にさせていた。しかし今このお題をいただいたからにはあえて言いたい。「人生がかかっている逃亡中、待てと言われて待つわけがない」と。昔のドラマで見られるような、「ちょっと待ちなさいよ! 授業サボってどこに行くつもり!?」と呼びとめるクラス委員女子(三つ編みメガネ)と、「うるせぇんだよ、委員長には関係ねーだろ」と振り返りざまに答える不良少年(金髪くわえタバコ)のようなシーンとは違う。あの「まぁてぇ~」は言っても意味がないのでは? と子供心に感じていた。ストーリーをわかりやすくするためのセリフであり、観る側に対する気配りなんだと悟るには子供すぎた。
未成年のときはマンガ、アニメ、映画やドラマなどで擬似的社会や異世界、予測的未来、創作された過去などを観ることが多い。私はとくにマンガとアニメに熱中していた時期が長かったため(今もどちらも好き)、現実世界を舞台にした作品なのに現実と比べてセリフや展開に無理があるぞ、と感じることがしばしばあった。そんなに若くから高級マンションで独り暮らし? イケメンお兄さんたち、じつの妹を溺愛しすぎでは? 「くすぐったいよぅ」って犬になめられたらそれしか感想言わないマンガ多すぎない? と一人でツッコミを入れては「わかりやすくする配慮、わかりやすくする配慮」と呪文のように気持ちを鎮めての繰り返し。いつかこのパターンを繰り返しすぎて脳がサーバーダウンし、倒れてしまうんじゃないかと我ながら不安になった。マンガやアニメに費やす時間とエネルギーと同じぐらい勉学に励んでいたら、もう少し成績は良かっただろうに。同じ情熱をそそげなかった若き日……まあ仕方ない。
配慮をありがたく受け入れつつ、今でも納得していないセリフと描写をひとつずつでいいのでここに記させていただきたい。まずはセリフ。相手にじーんとすることや優しい言葉を言われたり、愛の告白などをされた際、相手の名前や関係性を言うのは現実にはかなり起きにくいため納得できない。上京してしまったはずの先輩、思いを伝えていない後輩、いろいろあって「おまえとずっと一緒にいたいから、東京から戻ってきた」「先輩……」的な掛け合いがあったとしても、現実には「先輩……」と言わないだろう。戻ってきて告られたら、まず黙るか泣くか抱きつくかのような気がする。ドラマや映画でも感動させたい! となれば作り手が「お母さん……」「斎藤コーチ……」「ジョンソン……」とつぶやかせることで観る側はより感極まるムードに引き込まれる。謎のテクニックだが、少なくとも私自身は記憶にあるかぎり、そう言ったことはない。グラビア誌に写真を掲載していた時代に父から「薄着でも、がんばれ!」と言われたが「お父さん……」とはならなかった。最初はグラビア誌に載ることに難色を示していた父だったが、冗談を交えてがんばれと言われて「じーん」とはした。「うん。ありがと。できるかぎりやるよ」と答えた。
続いて描写。メガネをはずすと別人のように美男美女となるあの展開はやはり納得できない。印象こそ変われど、メガネをはずしてコンタクトにした者が別人級の格好良さや美しさを解き放つことは現実で見たことがない。私見で決めつけてはいけないのだが、人違いされてしまうほどのレベルは奇跡に近いのでは、と常々思っていた。メガネをはずしただけでクラスの友人やバイト先の仲間も気づかない、挙句惚れられる……それはそれで問題だ。納得はいかないが、メガネをかけ直してから新展開が始まる場合もあるため、ついワクワク観ちゃうんだよなぁ。
プロフィール
壇蜜(だん・みつ)
1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。