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気持ちのいい場所で、おいしい料理を、人と一緒に食べる。これ以上の贅沢はない。「自分で選ぶ・作る生活」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。世界中の「日常のごはん」を求めて海外を旅している山口さん。前回に続いてスペイン滞在中の山口さんが次に訪ねたのは、ある日本人のご夫婦のお宅でした。
※第1回から読む方はこちらです。


#18 自分で選ぶ・作る生活

 前回はスペインのセビリアで出会った、インド人の青年の自炊のお話をしました。その後、私はバルセロナ近郊に移動し、知人に紹介していただいた上村うえむらさんご夫妻のお家に1週間お世話になりました。お二人が住んでいるのはバルセロナから電車で1時間ほど北上した郊外の小さな街で、こぢんまりとしているけれど必要なものはすべて揃っていて、とても心地のいい場所です。

 夫の四郎しろうさんは25年前にスペインに渡航してスペイン料理人として働き、現在は燻製食品会社に勤務。妻の香子きょうこさんはフリーランスのデザイナーであり、バルセロナの街歩き本の著者でもあります。香子さんが駅まで迎えにきてくださり、マンションの4階にある部屋に入ると、そこかしこにあるアンティークのオブジェや、レコードの音、家全体が持つ穏やかな空気に触れて、心がほぐれました。

暖炉は年に数回使うとのこと

 最初の日の夜ごはんは、四郎さんがベランダで育てた野菜を使ったサラダと、肉屋さんで買ってきたスペインのソーセージ「ブティファラ」とししとうのグリル。お料理がおいしいのはもちろん、器やカトラリー、ナプキンひとつにも「自分たちが好きなものを選んだ」というパワーがあって、それに触れているだけですごく嬉しい。

 ちびちびとワインを飲みながらお二人とお話しする時間は、ポルトガル・スペインと一人で旅をしてきてようやく心休まる場所を見つけたと思えました。

切られたフルーツから愛を感じる

 朝ごはんは毎朝決まっていて、自家製のヨーグルトと季節のフルーツ、ミルクフォームがふわふわとのったカフェオレです。香子さんは、好きなコーヒーショップの豆を常時3種類揃えていて、その日の気分に合わせてブレンドするのだとか。コーヒーを入れるのに使う蚤の市で買った古いコーヒーミルは、大きくて手で持つのが難しいので、四郎さんがDIYをして作った木枠にミルをはめて使っていました。彼らの日常の端々に創作と工夫が満ちていて、それに触れているだけで体と心が満たされていくような不思議な感覚を覚えました。それはきっと、お金をかけて生活を豊かにするというベクトルではなく、自分たちの手元にあるもので楽しく面白く感じられるような生活を作り出せばいいという、人間らしさの根幹を見せてもらった感じがしたからだと思います。

できるだけ力をかけずに豆を挽くための工夫がたくさん詰まっている

 最終日の夜、四郎さんがベランダでバーベキューをしてくれました。バーベキューと言っても野菜を丸ごと焦げるまで焼いて、皮を剝いて食べる調理法のような感じです。

バルセロナのあるカタルーニャ地方では丸焼きしたねぎが冬の味覚として親しまれているそう

 ねぎ、パプリカ、ズッキーニ、なすをしっかりと焼き、包丁で剝いていくと、燻した香りが漂います。各々の皿に取り分け、醬油やオリーブオイルと塩など好きな調味料で味わいました。一口食べると、皮の中で蒸された野菜はとてもジューシーで、嚙むほどに香りが鼻を抜け、口角が自然と上がってしまうおいしさ。野菜だけでこんなにおいしい料理が作れるのかと、打ちひしがれるほど感動しました。

野菜の旨みが強い
「二人だけでもベランダで食事するのは日常的なこと」と香子さん

 気持ちのいい場所で、おいしい料理を、人と一緒に食べる。これ以上の贅沢はない。そう思える、忘れられない夜でした。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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