何を食べようかと心を躍らせることができるのは、消化できる健康な身体があってこそ。「食欲さんの家出」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。海外から帰国したのち、旅の疲れからか体調を崩してしまった山口さん。そのとき、山口さんにとっては未経験の症状が訪れていました。
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#19 食欲さんの家出
四六時中「次は何を食べようか」と考えている私の中から、食欲が家出する事件がありました。それは2024年夏の2か月間のヨーロッパ滞在から帰ってきた翌日。日本から遠く離れた場所で「せっかくここまで来たんだから、あれもこれもやりたい」と予定を詰め込みすぎ、疲労を溜めた結果、急性胃腸炎にかかってしまいました。キリキリとお腹が痛み、熱は38度を超え、ベッドに沈み込むように眠るしかありませんでした。胃腸を休めるためにしっかりと水分は摂りながら二日ほど絶食しても、食べたものはすぐ出てきてしまうあり様。食べたものが自分の身体の栄養にならないことが、これほどまでに虚しく、食欲が湧かないものなのかと驚きました。
仕事もプライベートも食べ物のことで埋め尽くされている私にとって、何も食べたくないと思うことは、自分が自分ではなくなるような初めての体験でした。体重・筋力・気力のすべてが落ちてしまい、冬眠する動物のようにじっとするのが唯一の選択。何を食べようかと心を躍らせることができるのは、しっかり消化できる健康な身体があってこそなのだと痛感。なかなか思うように回復せず、一生治らないような気がしてとても落ち込みました。
食欲があまり湧かない中、お粥や具なしの薄味みそ汁を少しずつ食べて療養に努め、体調は波がありつつも少しずつ回復に向かいました。
身体が回復してくると、食欲も少しずつ戻ってきて、自分が喜んでくれるような療養食を考えるのが少し楽しく感じられるようになったのです。「温かくて、消化がよく、おいしいもの」を考えて、野菜たっぷりのポタージュや、野菜を茹でて潰した料理を考案し、温泉卵作りにも初挑戦。子供やお年寄りでも食べやすい料理を考える練習だと思って、試行錯誤したのはとてもよい経験でした。
全快目前の夜、寝る前に「明日の朝はこれを食べたい」と考えている自分がいました。「私の食欲さん、おかえり!」と強く抱きしめるような気持ちで、よい眠りについたのは言うまでもありません。
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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
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