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日常的な料理には、日々食べ続けられる生活の工夫が詰まっている。「海の向こうの自炊」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今年の4月から世界中の「日常のごはん」を求めて、海外に赴いている山口さん。なぜ「日常のごはん」に触れたいのか? その旅の目的と、出発に到る経緯について綴ります。
※第1回から読む方はこちらです。


#13 海の向こうの自炊

 2024年の4月から、私は世界の自炊をめぐる旅に出ています。一年かけて海外を回り、世界の人々の「日常のごはん」を見ることが旅の目的です。今回は私をこの旅に向かわせた理由について書いてみます。

 そもそも海外に行く予定はなかったのですが、それまで住んでいた茅ヶ崎を離れて西日本の地方に引っ越そうと計画していたのが2023年の春でした。近い将来に子どもを授かりたいと考えた時に、自然が近く、もう少しのんびりした場所で子どもを育てたいと思ったのです。その移住先をどこにするかについて、料理家になるきっかけを作ってくださった発酵デザイナーの小倉おぐらヒラクさんにチャットで相談してみました。すると「今は子どももいないんだし、身軽だから、海外に行ってくれば? 日本の地方ならいつでも引っ越せるよ」との返答。
 なるほど、その手があったか! と膝を打ち、頭の回転のギアが何段階も上がり、具体的な旅のプランを組み立て始めました。昔から海外旅行は好きでしたが、今なら「料理」というフィルターを通じて海外の生活をのぞくことができるようになり、それぞれの国でどのような違いがあるか比較するのも面白いかもしれないと思うと、すごくわくわくしている自分がいました。

 その日の晩、さっそく夫にこの話を持ちかけました。夫はコロナ禍の間に海外の大学院を受験しており、受かったはいいけど半分以上オンライン授業ということで、進学を諦めていた経緯がありました。ならばお互い一年間自由な時間をとり、好きに過ごすのはどうか? という私の提案を、夫は少し戸惑いながらも「自分もずっと海外で生活してみたかったから」と受け入れてくれました。
 そして2024年の春、夫はワーキングホリデービザでオランダへ、私はアジア、南米、ヨーロッパをめぐる自炊の旅に出ることになったのです。

 この旅で私が一番知りたいと思っているのは、現地の「日常のごはん」です。というのも、海外の人の中には日本食=寿司、お好み焼き、ラーメンなどを挙げる人も多いですが、そのどれもが日常的な食事というよりはちょっと特別なものな気がします。東京で生まれ育った私にとってお好み焼きは日常的に食べるものではないですし、ラーメンもカロリーが高いので頻繁に食べている人は少数派のように思います。寿司はお祝いや、頑張った時のご褒美に食べるごちそうですよね。
 現代の日本人にとっての日常のごはんは、炊いたご飯とみそ汁をベースに肉や魚のおかず、余裕があれば野菜の副菜といった定食か、パスタや焼きうどんのような麺料理、カレー、丼ものなどではないでしょうか。

 そのような日常的な料理には、日々食べ続けられる生活の工夫が詰まっています。忙しく働き、限りある食費や時間の中で、始末よく健康的に食べていこうとするのは、日本に限った話ではないはず。合理性、経済性、おいしさを兼ね備えた日常的な料理が海の向こう側にも必ずあると思うのです。現地に足を運び、市井の人々の自炊を自分の目で見て、食べて、話を聞くことで、今の自分には到底思いつかないような料理のアイデアや料理に対する考え方、暮らしの工夫に出会えると確信しています。

 でも正直なところ、円安の中でこの旅に出かけることは簡単な決断ではありませんでした。実際に調べて、ホテルや飛行機などを予約して現地へ行くたびに「高いな……」としゅんとしていました。日本と比べて物価が低いと思っていたアジアの国ですら、大して安いわけでもなく「このままだと予算が早めに尽きてしまう……」と少し諦めていたその時、友達からとてもいい情報を得ました。
 その友達は結婚後に夫婦でニュージーランドを旅して、各地の農家に滞在し、農家の手伝いをすることで宿と食事を提供してもらえる「WWOOF」(ウーフ)というサービスを活用していました。年会費(5千円〜8千円程度)を払えば、一年間サービスを利用することができ、海外でさまざまなタイプの農家に食費や宿代をかけずに滞在することができます。加えて世界中のWWOOFer(ウーファー)たちとの交流も心に残るものだったと話してくれました。私の場合は一般の家庭を訪ねることが必須要件だったので、このサービスを使えば家庭の様子を知ることもできる。
 これはいい話を聞いたと思い、同様のサービスである「Workaway」に登録して、台湾では米農家、ポルトガルではワイナリーに滞在する予定を立てました。このサービスと出会ったことで予算内に収まりそうな目処が立ったのです。助かった〜!

 この先のエッセイでは、旅で経験したことや、発見したことについてときどき書いていきます。海の向こうにある日常を生きる人々の暮らしが、読者の皆さんにとって何かしらのヒントになることを願って。

ポルトガルで滞在したワイナリーでは、イギリス人夫婦のホストがワンプレートディナーを毎日作ってくれました。イギリス人はポテトが主食って本当だったんだ!

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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