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また集まれる日を思って――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、柚木家の「手巻き寿司」をめぐるお話です。
※当記事は連載の第11回です。最初から読む方はこちらです。

#11 手巻き寿司

 感染拡大につき、何度目かの自粛生活である。正直言って、この二年間で今が一番精神的にキツい。昨年末、少しだけ自粛を緩めて、友達に会ったり、遠出をしたりしたのが本当に楽しかった分、とても寂しく、ささいなことでセンチメンタルに浸りやすくなっている。
 先日、家族だけの節分パーティーをやろうと手巻き寿司を準備したのだが、寿司桶いっぱいの酢飯と色とりどりの具材を見下ろしているうちに、じわじわと悲しくなってしまった。
 何故か。
 その理由と私の胸に迫ってきた記憶を整理すると、我が家の手巻き寿司の歴史がわかるので、今回は箇条書きにしてみようと思う。

理由その1 大量の酢飯、大量の刺身に我が家に人が来ていた時代を思い出してしまう。

 かつて我が家で手巻き寿司パーティーを開く時はいつも二人以上のお客様が来る時だったので、つい癖でたっぷり用意してしまったのだ。大人二人、四歳児一人では到底食べきれない。私の実家にも夫の実家にも手巻き寿司文化はなかったが、いつの頃からか、我々の家に友達がよく集まるようになり、そんな時は大皿料理よりも、ゴマを混ぜ込んだ酢飯と具材をできるだけたくさん用意しておくと、お酒飲みにもダイエッターにも食いしん坊にも、喜ばれることに気付いた。色んな世代の人をもてなすうちに法則も生まれた。若い女性が集まると酢飯がどんどん減り、トロ、ウニ、イクラの順にはけていくが、私と同世代の集まりだとシソ、ネギ、梅肉の順で無くなっていき、酢飯よりも海苔が減るのが断然早い。

理由その2 ここ数年で導入した、流行りの具材を見ていたら、友達の顔が次々に思い浮かんできた。

 韓国料理のキムパやチュモクパプ*が大人気となり、我が家でも手巻き寿司となると、韓国海苔、キムチ、とびっこ、黄色いたくあん、プルコギ、魚肉ソーセージを用意するようになった。これは我が家にやってくる韓国文化に詳しい友達や韓流アイドル好き、韓国にルーツを持つ友達からの助言がきっかけとなっている。「キムパは本当は酢飯じゃないんだよ」と教えてくれた友達にも、もう数年会っていないことを思い出し今、切なくなっている。

理由その3 そもそも、我が家の節分は二年前まで手巻き寿司ではなかったことも、思い出す。

 十年前くらいから、節分になると、私は七種類の具材を巻き込んだ恵方巻きをたくさん作って、希望者に配りまくっていた。色々と試行錯誤していくうちに、卵焼き、青菜(夫がきゅうり嫌い)、スモークサーモン、高野豆腐、かんぴょう、あなご、柚子の皮と、常温に耐えられる具材に固定されていって、「食べたい」という友達に、当日、会社の近くまで届けにいったこともある。義母や母や親戚にもとても喜ばれた。私は巻きすの使い方が下手で、きつく巻けるようになるまで何度も練習を必要とした。コロナ禍になってからは、手作りを家族以外に振る舞うなんていうことはもちろんなくなり、去年は家族だけでひっそりと、私が巻きすを出すのがもう面倒になったせいで、具材をおのおの巻いて食べるようになり、今年からついに本格的な手巻きスタイルに切り替わった。

 家族三人には食べきれない量だったが、刺身を漬けにすることで、なんとか二日半で完食することができた。ゆっくり減っていく冷蔵庫の中の具材を見つめながら、この家に遊びに来た友達や、恵方巻きを欲しがってくれた友達、LINEでキムパの正式なレシピを教えてくれた友達の顔が次々に思い浮かんだ。自粛三年目。私の精神はもうギリギリだし、この状況は悲しくなって当たり前ではないか。かつて我が家に婚約者を連れてきた友達が、手巻き寿司は初めてだという彼に見本として作ってみせた、アボカドとたくあんと魚肉ソーセージの組み合わせを再現しながら、私は自分の落ち込みを素直に認めた。と同時に、時代やニーズに合わせ、たくましくしたたかにレシピを変えていった我が家の手巻き寿司に、誇りのようなものを感じたのである。
 来年こそは大勢で集まり、私だけでは到底思いつかないようなマリアージュをいつもより上等の海苔で巻いてみたいと、強く願っている。
*チュモクパプとは丸く握られた韓国風おにぎりのこと。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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柚木さんの母校・恵泉女学園中学・高等学校の創設者・河井道。津田梅子のもとで学び、留学を経て、生涯を女子の教育に尽力した人物と、彼女を慕い、力を合わせて道を切り開いた女性たちのシスターフッドを描いた大河小説『らんたん』が好評発売中!

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『マジカルグランマ』など著書多数。最新長編『らんたん』(小学館)が好評発売中。

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