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あなたの味方は、たくさんいるから――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

本がひらく
『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、お笑い芸人が揶揄した子連れ女性に向けて、力強いメッセージをいただきました。
※当記事は連載の第12回です。最初から読む方はこちらです。

#12 子連れで、恐怖しない世の中を

 つい最近、有名なお笑い芸人さんが新幹線で一緒になった、乳幼児に二時間半ずっとしゃべり続けていた女性を「うるさい」とテレビ番組で揶揄した。当然のことながら炎上し、彼は「子連れの大変さをわかってない」と批判された。私はその芸人さんについて何か言いたいことがあるわけではない。ただ、その子連れの女性に対して、どうしても伝えたいことがある。彼女がこれを読んでいるかはわからない。でも、これはNHK出版のサイトだし、そもそも連載が始まったのは雑誌『きょうの料理ビギナーズ』で子持ちの女性が読んでいてもおかしくない媒体だから、万が一の可能性にかけてみたいと思う。 

 あの時、新幹線で小さなお子さんに二時間半話しかけていた女性へ。 

 まず、初めまして。
 この文章にあなたが気づいてくれたらいいな、と思います。私はあなたのことを他人とは思えません。もしかしたら、全部見当はずれかもしれませんが、あなたの心情を考えるといてもたってもいられなくなりました。ここから先、あなたを傷つけるようなことは書かないので、安心して読んでもらえたら幸いです。
 私は四歳の子どもを育てている自由業者です。
 私は子どもが生まれてから、子連れのマナーに関するニュースを見るのが怖くて仕方がありません。そこにぶらさがるコメントの数々にとても傷つくのです。「子どもがうるさい」という文字を見る度に、いろいろな記憶がよみがえります。例えば子どもが一歳の時。仕事でどうしても子連れで飛行機に乗らなければならなくなったことがあります。他のお客さんの迷惑になってはいけないと、準備を重ね、細心の注意を払ったのですが、飛行機が離陸するなり、子どもは大はしゃぎ。真後ろに座る男性に舌打ちされ、座席を蹴られました。着陸まではわずかな時間でしたが、私には永遠に思えました。私はそんなに素早く動ける方でも、要領がいいわけでもありません。忙しい人から見たらイライラするのでしょう。ベビーカーを蹴られたこともあります。その時も、怒りよりまず、自分はどうしてうまくやれないのか、うまくやれているお母さんもいるのに、という自己嫌悪と恐怖で身動きがとれなくなりました。
 新幹線の中でお子さんに話しかけていたあなたは、おそらくとても真面目な女性だと思います。きっとお子さんを泣かさないように、周りにも迷惑をかけないように、考えに考えての行動だったのだと思います。コロナ禍での長距離移動。もしかすると、ご家族に何かあったことも考えられます。そうでなくても、感染拡大下で出産や育児をすることは想像を絶する大変さだと思います。
 子どもを育てていると子連れ関連のニュースが自然と目に飛び込んできますよね? もしかして、あなたはネットニュースを見て「これ、私のことじゃないの?」と気づいたのではないでしょうか。あなたがどれほど傷ついたかは想像にかたくありません。もしかすると、子連れで出歩くことも怖くなったのではないでしょうか? 少なくとも、私はあのニュースに本当に傷つき、ネット上のコメントのいくつかに打ちのめされました。「子どもをあやす母親の方がうるさい」「母親が子どもをあやしているのを見ると『良いママ』アピールをされているようで腹立たしい」というようなものです。自分が滅多打ちされたような気がしました。その日からずっとまだ会ったことがない、あなたのことを考え続けています。
 もしかすると、新幹線に乗り込んだ瞬間、あなたは気づいたのかもしれません。「すごく有名な芸人さんが乗っている」と。何かあったらネタにされてしまう、と思ってドキドキしたかもしれない。
 いずれにせよ、初めてかもしれない乳幼児連れでの長距離移動です。子どもが泣いたら周りの迷惑になる、泣かせないためにはどんなことでもするぞ、と緊張していたのではないでしょうか。私もそうでした。
 にもかかわらず、あなたは公共の電波で批判されたのです。それはニュースになりました。今、あなたは「ああ、私はすごく間違えてしまったんだ。うるさかったんだ」「どうしてうまくやれなかったんだろう」と自己嫌悪に陥っているのかもしれない。もちろん、味方の意見や励ましもたくさんあったけれど、それすら頭に入らないかもしれない。産後はメンタルも不安定ですし、どんな結論に至っても不思議ではない、と私は思います。
 では、あなたの何が彼をそんなに苛立たせたのでしょうか。周りに迷惑をかけまいとペコペコ頭を下げ、小さくなりっぱなしだった私が、飛行機で座席を蹴られた理由ももしかすると、同じかもしれません。今ならばわかります。
 私たちの恐怖心が、彼らの神経を逆なでしたのです。
 「とにかく子どもを泣かせるな」「子どもの存在は迷惑」と私たちは繰り返し繰り返し、社会から刷り込まれています。だから、みんな子どもを黙らせるのに必死です。同時にそれが不可能だともわかっています。だから、周囲に知ってもらおうとします。「私たちは、子どもがうるさくて迷惑なことをちゃんとわかっていて、静かにさせる努力をこんなにしています」と。
 「だから、お願いです。危害を加えないで」と。
 乳幼児に二時間半しゃべり続けたあなたはすばらしいお母さんであると敬意を感じると同時に、なにか涙ぐみそうにもなるんです。私が抱いているのと同じ恐怖を感じ、神経をとがらせ、危害を加えられないように必死な姿に。
 私たちが潜在的に抱く恐怖は、ある種の人々を逆なでしますよね? その人たちはおびえる母親を見るとまず最初に、自分が悪者になったような気がして、不安になります。次に自分の特権性がつまびらかになり、罪悪感が湧いてきます。そして、それを全力で打ち消したくなります。目の前の母親が大げさなのだと、おろかなのだと。自分は恐怖を抱かれる存在などではない、と証明したくなります。だから、母親を揶揄したり、攻撃したりします。その一部始終を見聞きした母親が、よりいっそう恐怖を感じるサイクルがもうずっと続いています。
 こんな社会で子連れで堂々と振る舞うなんて難しい話ですよね。でも、私はまちがっていると思います。変えたいです。母親が、子どもが、恐怖しなくていい社会を切望します。少なくとも、次世代にはこんな理不尽を味わってほしくない。でも、今すぐにこの社会を変える力は残念ながら私にありません。
 ただ、まだ見ぬあなたに声を届けられる力は多少ですが、もっています。だから、伝えようと思います。あなたの受けた批判は不当なものです。あなたは被害者です。私はあなたと同じ恐怖を知っています。私だけじゃなくて、あなたの味方は大勢います。
 どうかあなたとお子さんが安心して毎日を送れますように。お出かけ先の青空や緑を楽しめますように。どこかであなたと巡り合って、励ますことができますように。

――柚木麻子

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。最新短編集『ついでにジェントルメン』が4月に発売予定。

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