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気をそらさず仕事をするには――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、テレワーク中の人にも参考になる、家の外の「集中できる場所」についてです。
※当記事は連載の第10回です。最初から読む方はこちらです。

#10 集中できる場所

 集中力アップというと、めちゃくちゃ胡散臭く聞こえるが、今回は私がどうやって仕事の最中に気をそらさないでいるか、その話をしたい。
それは
 ・スマホを家に置いて、コーヒーチェーン店で仕事をすること(長時間滞在だと迷惑なので、店から店へと移動する)
 ちなみにコロナ禍の二年間、保育園休園の時は子どもの様子をみながら、家で仕事をしてきた。認めたくないが、私はまったく集中していなかった。この二年間の私の集中総合計時間を、おむすびのようにぎゅっと手で結んでみたら、コーヒーチェーン店の仕事時間にして三ヶ月分くらいだと思う。
 ・Wi-Fiはつながない(私は最初からつなぎ方がわからないので利がある)
 ・私と同じような人間が多いコーヒーチェーン店を選ぶこと
 これが非常に重要だ。実写映画『カイジ~人生逆転ゲーム~』で、悪徳金融会社・帝愛グループの幹部の利根川(香川照之)が債務者らに大説教をくらわす場面がある。「お前らはシャバで甘えに甘え、負けに負けたクズだ!」。言い方は悪いが、私はまさにシャバで甘えに甘えた連中、どうにもならなくなった人間だけが集まる店をいつも探している。
 ひしめいているのは、コーヒーチェーン店でも家でも仕事ができる人間か、それともコーヒーチェーン店でしか仕事ができない人間か。見極めは難しいが、後者ばかりが集まる場所というものは、店構えだけで、ピンと来るようになった。できたら大きな大学がそばにあるか、駅の近くだといい。学生と社会人がちょうどいい割合で集まりやすくなる。BGMやメニューに目新しさがないことも重要だ。純粋に飲食や会話を楽しみにきた客ばかりだと、私までワクワクして、逃避してしまうからだ。電源が取れる席はないと困るが、あくまでもごく一部なのがベスト。電源が取れる席ばかりだとゲーム目当てで訪れる客が増えてしまう。
 赤本から目を離さない高校生、資料を積み上げた卒論作成中らしき学生、出社前なのか、外回り中なのかわからないが、猛スピードで資料を作っている、きっちりした服装からして会社員らしき女性や男性。そして、おそらくは同じ自由業者。自由業者の存在はとても重要だ。ここにあげたメンバーの中で、一番目が泳いでいる気がして、共感する。そうした人々がいい配分で集まる店は、ドス黒いオーラが自動ドアから溢れ出すようだ。そうした渦の最中に身を置くと、何故かスッと心が落ちつく。自分の能力のなさ、甘えと向き合わないといけない、恐怖心が減るのだ。集中とは私は一種のあきらめだと思っている。家でどうしても集中ができないという人は、なにか夢のようなことを未だに信じているロマンチストなのだと思う。長所は常に短所なので、楽しいことを見つけるのが上手で、毎日いそいそ暮らしていたりする。そんな人が「自分は自分でしかない。ミラクルなど起きない。目の前のことを淡々とやるしかない」と腹をくくるのは大変辛い。辛いが、同じような辛さを滲ませている仲間が周囲に多ければ多いほど、悲しみは減る。
 身を以て感じたのは確か高校生の頃だ。生まれて初めて近所の図書館の自習室で勉強をしてみた時、「え、なに、これ?」と自分でも驚くほど、予習がはかどった。以来、いろんな場所で試してみたが、図書館が一番効いた。それは何故なのか時間をかけて検討した。独特のカビ臭いにおいや紙のにおいが作用するのか、とも考えたが、あそこに集まるのは、どん詰まりの人間ばかりだからだ、という結論に達した。しかし、集中力がない人間が集まらなければ、決して起こせないバイブスがあるということも知ったのである。
 昨年末はコーヒーチェーン店で仕事をしてみたがやはり、はかどり方が段違いで驚いた。再び感染拡大とあり、私はそろそろ家に戻らねばならないだろう。せめて、ちょっとでもこの空気感を家に持ち帰りたくて、どうでもいいBGMや熱すぎるコーヒーなどを記憶に刻む日々である。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『マジカルグランマ』など著書多数。最新長編『らんたん』(小学館)が好評発売中。

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