「チャーハンは魂の料理。愛情がなくなったらやめるとき」(「丸鶴」店主・岡山実) 【後編】
「しっとりチャーハンの聖地」と呼ばれ、全国から人が集まり行列する町中華「丸鶴」。前編では、10歳から中華の道に入った、店主・岡山実さん(76)の修業時代や創業時の話が語られました。後編では、人気チャーハンの開発秘話や後継者の問題、そして今後の夢について聞きます。
全国から客が来て行列に。最長で200人
──チャーハンを求めて全国から人が来て、開店前から行列ができます。それは、いつ頃からですか?
行列自体は、昔から昼どきになるとできていました。うちのあたりは他に店がないから。
今のようにお客さんが全国から来るようになったきっかけの一つは、2015年に放送された「マツコの知らない世界」です。板橋の「しっとりチャーハン」が取り上げられ話題を呼びました。私もスタジオに行ってチャーハンを作りましたよ。
あと、YouTubeの影響力も大きい。丸鶴を取り上げた「黙飯」さんの動画は、500万回以上再生されています。行列は、長いときで200人以上になったことも。
最近では、倅(元カリスマホスト、タレントの城咲仁さん)が企画した、丸鶴の冷凍チャーハンを食べて、実際の店のも食べたくなったといらっしゃるお客さんもいます。うちは来店客のテイクアウトも多いんですよ。家族や友だちにも食べさせたいって。
チャーハンの一番人気はチャーシュー。改良に20年
──前編で、チャーハンがこれだけ人気になった「鍵」はチャーシュー。20年近く改良を重ねてきたとのお話でした。
あるとき、お客さんが、ラーメンのチャーシューを残していたことがあって。「なんでだろう?」と食べてみたら硬かった。チャーシューの端のほうでね。それで、端のほうまで柔らかく仕上げる方法はないか、20年近く色々と試行錯誤を重ねました。
このとき、前編でお話しした、肉の卸問屋で働いたときの知識や経験が生かされました。
肉は、それまで使っていた豚のモモから肩ロースに変え、ひもで縛るのもやめた。漬け込むしょう油ダレも、それに合わせて3~5年かけて変えていきました。
──現在、チャーシューはどのように作っているんですか?
毎朝、肩ロースを豚骨や背脂、香味野菜などのスープで2時間煮て、湯切りをし、しょう油ダレのスープに漬け込む。今日だったら7時間くらい。そのあと冷蔵庫に入れてひと晩おき、肉を締めます。そうすると、翌朝、切ったときにいい肉汁が出るんです。
だから、チャーシューを一つ作るのに20時間くらいかかってますよ。時給千円として……2万円? それを950円(チャーシューチャーハン)で食べられるわけ。チャーシューは、昼だけで45㎏出ますよ。
キャビアチャーハンを作れないか
──チャーシュー以外のチャーハンの人気は?
一番人気はチャーシューチャーハンで、二番はそのときどきで変わります。今はとび子チャーハンかな。お客さんは正直なもんで、とび子の値段が上がって、回転寿司から消えたでしょ。だから、最近よく出ます。レタスや海老のチャーハンも並ぶ人気です。
──とび子のチャーハンはユニークでないですか?
私は、町中華というのは、中華料理の基礎の上に立った「創作料理」だと考えています。四川とか広東とかの料理の再現ではなく、丸鶴でいえば「岡山実の創作中華」です。
最初は、キャビアのチャーハンを作りたいと考えていました。表参道にキャビアの専門店があって、以前、食べたときにすごくおいしかった。ところが、キャビアは高いので、満足のいく量をと思うとチャーハンが原価で8800円にもなる。
何かいい方法はないか、と思っていたときに、回転寿司で「とび子」を使っているのに気がついて。作ってみたら、プチプチした食感が良くて、見た目も華やかでしょ。それで、メニューに入れたんです。
──とび子に限らず、食品の相次ぐ値上げが飲食店を直撃しています。
チャーハンもラーメンも庶民の食べもの。私は値段を上げるときは、店をやめるときと、考えています。とび子のチャーハンも苦しいけれど、値段据え置きでやっています。
飲食店の原価率は一般的に3割と言われているけれど、うちなんか6割を超えてますよ。どうにか赤字にならないギリギリ。でも、原価率なんて考えたら、お客さんに喜んでもらえるものは作れませんよ。
「うまかった。ご馳走様。また来ます」という言葉に支えられ、60年近くやってきましたからね。
息子に店を継げとは言えない。1日16時間労働、丸一日休める日はない
──町中華がここ数年、人気を呼んでいますが、店主の高齢化によって閉じる店が少なくありません。
私は、倅 に店を継げとは言えません。毎朝、6時前に店に入って、夜あがれるのは22時ごろ。1日、16~17時間働いてきましたから。普通の人の倍でしょう?
しかも、休みは日曜の一日だけ。それも仕込みがあるから、丸一日休めるわけではないんです。まるまる休めるのは盆と正月くらいで、同じ苦労を子どもにはさせたくないですよ。
──8月の昼の時間に伺ったとき、腕が上がらなくなって少し休憩されていました。
もうね、腕がカチンカチンになって、鍋が振れなくなるときがあるんです。
腕と肩と腰に痛め止めの注射を打ったり、日曜は整体に通ったりして厨房に立ってます。
お客さんは、北海道や沖縄からもいらっしゃるでしょう。千円もしないチャーハンに、皆さん、数千円、数万円の交通費をかけて来るんだから、手抜きするわけにいかないよ。手抜きするようになったら引退するときだと考えてます。
完成したらつまんない。作りたいチャーハンがまだある
──息子の城咲仁さんが「父親の味を残したい」と、先ほども話に出た丸鶴の冷凍チャーハンを企画し、通信販売を始めました。最初、この話を持ちかけられたとき、どう思いましたか。
「蛙の子は蛙」だなと思いました。冷凍で店の味を100%再現することは難しいけれど、出す以上、丸鶴のチャーハンを息子がわかっていないとメーカーとのやり取りはできない。だから40日間、店で修行させました。
それに、スーパーなどを見ても、冷凍の「しっとりチャーハン」は一つもなかった。だから一つくらいあってもいいのではと思いました。全国の人に交通費をかけずに味わってもらえるのもいい。
──今後、新たに作りたいチャーハンはありますか?
ありますよ。年に1回、誕生日とか結婚記念日とかの特別な日に食べるチャーハンを作れないかな、と。キャビアや大きい海老、とび子などをふんだんにのせたチャーハンで、ホタテの貝柱も使いたいと考えてます。でも、貝柱が高くて、原価で3700円もしてしまう。
夜のボーッとした時間に、こういうことを考えているときがなにより楽しいのよ。ああでもない、こうでもないってね。逆に、完成しちゃったらつまんないの。女性だって、口説くまでが楽しいのと一緒(笑)。
──岡山さんにとって、チャーハンとは?
魂の料理だね。嫌みなお客が来て、「この野郎」と思って作ったチャーハンほどまずいものはないよ。作る手順はいつもと同じだとしてもね。料理は、愛情。魂の料理を体が続く限り、まだまだ作り続けたいね。
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第8回(息子の城咲仁さん)に続く→
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◆プロフィール
中華「丸鶴」店主 岡山実
1946年、東京生まれ。10歳で中華の道に入り、19歳で板橋区大山に「丸鶴」を創業。「しっとりチャーハン」が人気で、全国から人が集まる行列店に。息子は、タレントで元カリスマホストの城咲仁。丸鶴の冷凍チャーハンを企画した。岡山さんの誕生日にあたる10月25日には、海老チャーハンなども加わった、1周年記念の特別セットを販売。
取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子