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食材の寿命のサイクルの中で生かし、生かされ、チャーハンを食う(フリーランサー・稲垣えみ子) 【後編】

冷蔵庫などの家電なし、ガス契約なしの「一汁一菜」生活を送る、元新聞記者の稲垣えみ子さん(59)。前編では「おいしい」をめぐる違和感について聞きました。後編では、「日々のチャーハン」と冷蔵庫のない生活で得た「人生観」について聞きます。


■ 2日目のチャーハン

自家製のラッキョウ酢香油漬けで至福の晩酌 / 画像・稲垣さん提供(以下も)

──前編に続き、後編では具体的にチャーハンをどのように作っているのかを伺いたいと思います。調理器具は、カセットコンロが一つに小鍋とミニダッチオーブンだけというお話でした。どのように繰り回しているんですか?

私は玄米を食べているのですが、小鍋で3日に一回ご飯を炊いて、炊いたご飯はおひつに保存し、2日目はチャーハンになることが多いですね。

──鍋でご飯を炊くとおいしいと聞きますが、一方で難しそうなイメージもありますね。

「始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣くともふた取るな」の言葉が怖いイメージを招いている部分もあるかと思います。ふたを取ったらどんなとてつもないことが起きるのかと(笑)。

でもそんなことは起きません。心配ないです。
私も最初に鍋でご飯を炊き始めたときはあれこれ調べましたが、何を見ても書いていることが微妙に違っていて、結論は「適当でいい」んじゃないかと。
ちなみに私は「始めちょろちょろ」でなく、最初から強火にしています。

── 一回当たり何合くらい炊いているんですか?

ん……わからないですね。計量カップないですし。適当です。

──水加減は指の第一関節が浸るくらい、と稲垣さんの本に書かれていました。

最初はそうやっていたんですが、最近は慣れてきたので、目分量というか、適当ですね。

というのは、結局、いくら測ったところで炊き上がりはどうしてもぶれが出るからなんです。
専門家じゃないからよくわからないけれど、気温や湿度も毎日違うし、米が新米か古米かの違いもあると思います。だから測っても測らなくても結局毎回違うんですよ。
でもその分、うまく炊けたときの喜びは大きいからそれでいいやと。

──ガチガチに考えず、いい意味で「適当」にやっていくということですね。

炊いたご飯は、いろいろ実験した結果、真夏以外はおひつで3日はもつということがわかったので、1日目は炊きたてを味わいます。
2日目、3日目になると、水分が抜けてどんどん硬くなってくるので、2日目は焼き飯、3日目はおじやにすることが多いんです。

ぬか漬けを混ぜたご飯に、残っていたスナックエンドウをのっけて焼いたチャーハン

──チャーハンはどのように作るんですか?

チャーハンというほどのものでもないので「焼き飯」と呼んでいるんですが、ものすごく簡単です。
ミニダッチオーブンにご飯とごま油と具を入れ、ふたをして弱めの中火に数分かける。お焦げができたかなと思う頃にふたをあけ、適当にかき回して完成です。

油は入れないこともありますし、具を入れずにご飯だけということもありますし、お焦げを増やしたいなと思ったらかき混ぜた後、もう一度ふたをして少し火にかけたり。

焼き飯の具は、ぬか漬けを使うことが多いです。味がしっかりついているので、わざわざ味つけをしないですむ。

■冷蔵庫を捨て「身の丈」を知る

スプーンとフォークはこれ一個ずつ。スプーンは料理にも使用

──それにしても、家電なしの一汁一菜生活で食費は一食200円。電気代も月200円程度ということで、東京でその金額で暮らせるとは驚きです。

東京で高いのは家賃で、食費や電気代は関係ないのでは? というか、そもそも節約のために頑張っていろいろやっているわけではなくて、家電製品をやめたり会社をやめたりして少ないもので生活してみたら、その方がずっとラクで快適だとわかったので、その生活をずっと続けているだけで。

──冷蔵庫を手放したことで、「人生観が変わった」とか。

冷蔵庫があると、食べたいものはとりあえず買って、とりあえず冷蔵庫に入れておくことが当たり前になりますよね。でも冷蔵庫をなくすとそんなことはできなくなる。その日に食べる分はその日に買うのが基本になります。

そうすると、スーパーに行ったところで500円も使えなくなったんです。でも冷蔵庫があったときは、スーパーに買い物に行くと何千円と払っていた。冷蔵庫をやめて初めて、自分が食べていくのに必要なお金はこんなにちょっとだったのかと気づくことができたんです。

──冷蔵庫をパンパンにして、買ったものを忘れたり、冷蔵庫の中で迷子にさせたりして、ダメにしてしまうことはよくあります……。

私が冷蔵庫を捨てて得た最大のものは、自分の「身の丈」を知ったことです。
その日に食べる分だけ買い、食べ切る生活の中で、月に2万円弱あれば食べていけるとわかった。となれば、どうやったって生きていけると思えませんか? その安心感と自由は何ものにも代えられません。

──「老後は数千万円必要」「いや億ないと足りない」などの記事が乱立し、お金をいくら持っていればまともに一生を全うできるのか。多くの人がわからず不安に苛まれています。

ぼんやりとした欲望だけがあって、自分の身の丈がわからないとそうなってしまうんじゃないでしょうか。

■食材の循環サイクルの中で生かし、生かされる

梅干しも毎年作るのが習慣に。これが稲垣さんの「作りおき」

──コンポストを活用し、生ゴミはゼロ。調味料も「塩・しょう油・味噌」の三つとミニマルです。

最近ではしょう油もあまり使わなくなりました。梅干しを漬けたときの梅酢が大量にできるので、それを使い切らないといけないので結果的にしょう油の出番がない。

──食材の保存サイクルに、生活が追われているみたいですね。見方を変えるなら、循環サイクルに身を委ねているとも言える。

そうですね。こういう生活になって、「自分がこうしたい」というのがどんどんなくなってきている気がします。

かつては自分のやりたいことを実現していくことが豊かさだと思っていましたが、「おひつ」や「ぬか床」の事情に合わせて日々過ごしていたら、そんなことは言っていられなくなった。

焼き飯にしても、「チャーハンを食べたい」とか「チャーハンありき」で作るのではなく、あくまでおひつに保存したご飯の状況に合わせているだけで。

──食材の寿命の循環サイクルの中で生かし、生かされているわけですね。

その方がラクなんですよね。無理がない。で、やってみたらそれで十分満足なんです。
こうなってみて思うのは「豊かさ」にもいろいろ種類があるんじゃないかっていうことです。ものをたくさん手に入れたり、おいしいものを追求する豊かさもある一方で、余分なものを持たなかったり、そこにあるものを満足して食べるという豊かさもあるんじゃないでしょうか。

チャーハンにしても、パラパラを追求する幸せもあると思います。でもそもそも家庭のチャーハンって、冷やご飯と残りものを一掃するための料理として作られてきたんじゃないでしょうか。うちの母もそんな感じで作っていた覚えがあるし、それで十分幸せで嬉しかった。

──家庭のチャーハンの歴史を調べると、まさにそうです。とりわけ電子レンジが普及する前は。

だとすると、私の作っているのは由緒正しいチャーハンだと言えるかもしれませんね(笑)。


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◆プロフィール
フリーランサー 稲垣えみ子

1965年、愛知県生まれ。朝日新聞社で大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『家事か地獄か』『アフロえみ子の四季の食卓』『もうレシピ本はいらない』(第5回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ賞受賞)など著書多数。

取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。

題字・イラスト:植田まほ子

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