「チャーハン・フェスを開くのが夢。ラーメンを超えるバリエーションがある」 (チャーハン栄養士・佐藤樹里)【後編】
チャーハン好きの半生を語った前編に続き、後編では、これまで5000食以上食べてきたチャーハン栄養士の佐藤樹里さん(33)が、衝撃を受けた町中華のチャーハンやおいしい作り方、今後の夢などを聞きます。
衝撃を受けた「兆徳」のシンプル・チャーハン
前編でお話しした、ダイエットできるチャーハン「Vチャー」の開発以降、チャーハン栄養士と呼ばれるようになり、色々なイベントやテレビにお声がけいただき、世界がいっきに広がりました。
ラーメンライターの井手隊長をはじめ、町中華を愛する人たちとの出会いもあって、より町中華の魅力を知るようになりました。
──5000食以上食べてきて、「心に残る町中華のチャーハン」は?
フリーの栄養士になりたての頃、「中華兆徳」(東京・本駒込)の「玉子チャーハン」を食べて衝撃を受けました。私はもともとシンプルなチャーハンが好きなのですが、「兆徳」のチャーハンの具は卵とネギだけ。シンプルの極みなのに、うまみが深い。さらに、口の中でほどける、適度なパラパラ感もあって。どうすると、こんなチャーハンが作れるんだろう?と思いました。
──佐藤さんの『うちで作るチャーハンがウマい!』の本にも「兆徳」が登場します。
本の取材で、店主の朱徳平さんにもお話を伺いました。チャーハンを炒める油は、大豆系の白絞油を使っているとのお話でした。独特の味わいは、その油か、鉄鍋にしみついている何かが生み出しているのかなと、想像しています。卵も、鮮やかな色の出る種類を選んでいるそうです。
朱さんは気さくな方で、始終笑顔で。その温かさに触れ、町中華によりハマっていきました。
本の取材でもうひとり忘れられないのは、「中華徳大」(東京・荻窪)の店主・青柳禎一さんです。「うちのはチャーハンではなく、焼飯だよ」とおっしゃっていたのが印象的でした。ラードを加えた油でご飯を焼き付けるんです。腱鞘炎になった腕に包帯をぐるぐる巻き、一本筋の通った立ち姿に魅了されました。
本では、「徳大」の「ホウレン草焼飯」と卵の「らんらんトッピング」のレシピを紹介しました。野菜のとれるチャーハンは町中華にはあまりなく、卵もたっぷり加わるので栄養面からも推したいと思いました。焼飯は昼と夜、各限定20食なので早めの時間に行くのがおすすめです。
──チャーハンは「鍋振り」の姿や音も味わいのうちです。
そう、それ! 私は「鍋振り」に憧れて、大学時代に中華のチェーン店でバイトしたことがあります。ところが、いざ仕事に就いてみると、その店ではマシンでチャーハンを作っていた……。仕方ないので、ひたすらまかないのチャーハンを食べていました(笑)。
鍋振りの修業の機会は、栄養士になってから恵まれました。師匠は、現在、四川料理の「RIBAYON ATTACK 」(東京・日本橋)の料理長を務める人長良次さんです。最初は、鉄鍋が重くて片手で持てず、筋トレをしてやっと振れるようになりました。
人長さんの鍋振りはリズムがすごく良くて。一定のリズムで調理することで、安定的においしい料理が生み出されるんです。惚れ惚れしますよ。技術と一体の、スポーツに通ずるかっこ良さを感じました。
海外生活で知った、私たちが食べているのは「日本のチャーハン」
──海外で生活していたときもチャーハンは食べていましたか?
フィリピンやカナダでも、「フライド・ライス」(チャーハン)を中華料理店で食べていました。でも、あまりおいしく思えなくて。前編でもお話ししたように、日本人向けの食材店で永谷園の「チャーハンの素」を見つけて、自分で作ったりもしていました。
海外で暮らして、私たちが食べているのは「日本のチャーハン」だということに気づかされました。お米の種類の違いから来る、「日本のチャーハン」独自のおいしさがあるんです。
チャーハンというとパラパラのイメージが強いですが、「米の粘性」も大事な味わいの要素になっています。友だちを呼んで「コシヒカリ」「あきたこまち」「はえぬき」「つや姫」のパックご飯を使い、チャーハンの食べ比べの実験をしたことがありますが、一番人気は「コシヒカリ」でしたね。ほど良い「粘性」から「弾力」が感じられました。
チャーハンを家庭でおいしく作るための「5箇条」
──「家でおいしいチャーハンを作りたい。でも、お店のようにうまくパラパラにできない」といった声をよく聞きます。
私は、チャーハンだったらなんでもOK。母のチャーハンはベッチョリ系でしたが、それも全然平気です。そんなわけで、家のチャーハンはそんなにパラパラにとらわれなくてもいいと思うのですが、いくつかのコツを押さえれば家でもおいしくパラパラにできます。
──ポイントは、火力でしょうか?
パラパラにならないのは、家の火力が店に比べて弱いから。そう思っている人は多いですが、火力は中火で十分。弱火に近くていいくらいです。
チャーハンをパラパラにするポイントは、卵で米を一粒一粒コーティングすること。火力が強すぎると、卵にあっという間に火が通ってしまい、ポロポロの炒り卵のようになってしまいます。なので、弱火に近いくらいの中火がいいんです。
その代わり、お店のような鍋振りはしません。火から鍋を離さないことで、弱~中火でも鍋の温度を下げずに一定に保ったまま、しっかりと炒められるんです。
──そのほかのコツは?
おいしく仕上げる「5箇条」は
1. 炒める前に材料をすべて同じ大きさに切りそろえておく
2. 油は思いきって多めに使う
3. 中火で炒める
4. 鍋は振らない
5. 卵とご飯を最初にしっかりと均一に混ぜる
この5つを守れば、おいしくパラパラにできます。大事なのは、具に均一に火を通すことです。残りご飯を使う人が多いと思いますが、ご飯を通常の8割の水分量で硬めに炊いて作るとよりうまくできます。
なぜ「ラーメン・フェス」はあるのに「チャーハン・フェス」はないのか?
──チャーハンの、他の料理にはない魅力は何でしょう?
チャーハンはなんでも包み込んでくれ、「無限の可能性」があることです。例えばトマトひとつとっても、さまざまな味つけのバリエーションが展開できます。冷蔵庫の余りものをなんでも包み込んでくれ、それでいて「具無し」なんていうのもありです。
私は栄養士ですが、実は料理が得意なわけではありません。スポーツに関わる仕事がしたくて、管理栄養士を目指し、栄養系の大学に入りましたが、入学してから料理を作らないといけないことに気づいて「しまった!」と思ったほど。
そんな私でもチャーハンは作れます。小学生のときから作っていましたし。料理する人を選ばず、だれもが簡単に作れることもチャーハンの素晴らしい魅力の一つです。
──お店のチャーハンのプロデュースやテレビ番組への出演など、活躍の場が広がっています。今後、取り組みたいことは?
「チャーハン・フェス」を開くのが夢です。ラーメン・フェスみたいな。でも、そう言うと、「チャーハンはラーメンほど種類がないでしょう?」と言われたりします。とんでもない! 先ほども言いましたように、食材の数だけチャーハンは作れるし、一つの食材からも無限のバリエーションが展開できます。ラーメンを超えるバリエーションがある。
町中華のチャーハンにしても一軒一軒、味が違います。「チャーハン・フェス」では色々な店のチャーハンをちょっとずつ食べてもらい、味の違いや多彩さ、チャーハンの奥深さをより多くの人に知ってもらい、楽しんでもらいたいです。
まずは、1万人規模から。8月8日のパラパラの日に、横浜の赤レンガで。絶対かなえたいです!
←第4回(佐藤樹里さん前編)を読む
第6回(丸鶴・岡山実さん前編)に続く→
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プロフィール
チャーハン栄養士 佐藤樹里
1989年、東京生まれ。大学卒業後、フィットネスクラブやスポーツ栄養系企業の勤務などを経て、2017年独立。現在まで5000食以上のチャーハンを食べ、テレビ朝日「マツコ&有吉 かりそめ天国」の「ガチガチランキング王道チャーハン」にチャーハン有識者の一人として出演。著書に『うちで作るチャーハンがウマい!』(池田書店)。8月16日から9月15日まで、三省堂書店神保町本店仮店舗で、本を元にした企画展「米粒の彩り:美麗なるチャーハンの世界」が開催。
取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子
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