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「山ヲ歩キ、湯ニ到ル――#03松川温泉発、神の絨毯経由、松川温泉行き」大内征

登山と温泉はセットである――。
低山里山に歴史文化や神話民話を追い求め、日本各地を旅する低山トラベラー・大内征が綴る、山のこと、湯のこと、旅のこと。
第三回は、本州でもっとも早い紅葉で知られる三ツ石山。美しい色彩と抜群の展望が待つ伸びやかな稜線を、秘湯松川温泉スタート&ゴールの反時計回りで歩きます。下山後のご褒美は、あの白濁した湯につかりながら、硫黄の匂いに包まれる至福のひととき。このコース、本当に最高なんだよなあ……。
※連載第1回から読む方はこちら。

 9月になると、頻繁に空を見上げている自分に気がつく。まだ東京の空にはモクモクとした入道雲が宇宙にまで飛び出してしまいそうな背の高さで居座っていて、時おり耳に届く遠雷は、おそらくあの雲たちの仕業なのだろう。しかし、見上げた空の、そのまたずっと北の東北地方の空の下には、そろそろ秋の気配が色彩となって天から山に降りてくる頃だ。彼の地において、秋の気配、それは神の気配でもある。

 青空に残る白い夏雲を見上げながら、ぼくは「神の絨毯」のことを思い出した。神の絨毯とは、宮城と岩手の県境にまたがる栗駒山を筆頭に、八幡平から三ツ石山をつなぐ裏岩手縦走路の山肌までを染め上げる錦秋(きんしゅう)のことをいう。

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【写真3枚】こちらは“元祖”神の絨毯こと宮城県の栗駒山。岩手側は赤色と黄色が鮮やかで、宮城側は緑色と橙色の色彩が濃い。ほんとうに絨毯が敷き詰められたような山肌だ

 このあたりは本州でいち早く紅葉ハイクを楽しめる山域で、しかも気候、風土、周囲に火山が多いことが影響するのか、日本の他の地域では見られない独特の色彩を放つ。山の旅人にことごとくため息をつかせる神の色使いは、一度目にしたら忘れがたい絵画のようだ。この光景を一番最初に「神の絨毯」と表現した人、すごいなあと、思いは秋晴れの東北へと飛んでいく。

 思い立って開いた地図には、八幡平、岩手山、秋田駒ヶ岳、森吉山といった北東北の名山とともに、これまでに足を運んだことのある名湯の名がいくつも並ぶ。後生掛温泉、乳頭温泉、松川温泉……。その松川温泉から登ることができる三ツ石山に目を移す。山の四方から登山道がついている中でも、秘湯松川温泉を起点に三ツ石山を経由し、また松川温泉に下りてくる“反時計回り”の周回コースがぼくの好みだ。

 例年9月20日を過ぎたあたりから見頃を迎える紅葉のタイミングで、何日か空けられそうな日程を見つけ、さっそくスケジュールに入れる。今後、この期間はなんとしてでも仕事が入らないようにブロックしなければならないと、心に誓った。

ひと足早い、そして本州屈指の紅葉を求めて

山湯連載第3回イラストマップ

 初秋の東北は、控えめな陽射しと冷たい空気がほどよくミックスした清々しい空気に満ちていて、気持ちの良い山歩きが楽しめる。関東ではまだ半袖になる日があることを思えば、その“東北らしさ”は、ひと足先の秋を求めるハイカーの期待を裏切らない。そしてぼくにとっては、その空気の中に懐かしの故郷の匂いを感じられる嬉しい機会でもある。今回もよい山旅になりそうだ。

 出発の前夜。冷蔵庫でキンキンに冷えたビールをアウトドア用の保冷タンブラーに満たす。クリーミーな泡の山に口を移しながら、取り出したザックに登山道具を詰め込んでいく。至福の時間が、ゆっくりと流れていった。

 水をたくさん持つために、より軽量。その水が汗となって出てくるために、より速乾。そんな夏山の装いから、少しばかり厚手の上着を足したり、長袖のコーディネートを楽しんだり、保温ボトルにハチミツ湯を用意したりと、装いはすっかり秋の登山の楽しみ方に“衣替え”だ。

 レインウェアの他に、いつでもサッと羽織れる薄手のシェルはぼくの定番。ヘッデンと小型のナイフ、手袋と手ぬぐいは、常に山に持っていくお守りのようなもの。自分流にアレンジしたファーストエイド&エマージェンシーキット、飲料やドライフルーツを入れたボトル類、塩レモン味のタブレットの他に岩塩も持つ。メリノウールのベースレイヤーは着ていくとして、お気に入りの薄手のインサレーションはザックにパッキングしておいた。

 松川温泉に到着したのはすでに深夜のことで、山深いだけに漆黒の闇夜がじわりと迫ってくるようだ。車のライトに慣れた自分の目を、いささか混乱させる。目を開けているにもかかわらず真っ暗闇でなにも見えず、スマートフォンの光が痛いぐらいに明るい。車を停めた源太ヶ岳登山口近くの駐車場は樹木が覆っているから、空の様子もよくわからないのだ。もしかしたら曇っていて月星を隠しているのかもしれなかった。しかし、この「夜の到着」は、実は翌朝の目覚めを感動で包み込む演出のひとつでもある。

 山旅において、夜の移動は山の様子なんてさっぱりわからないままチェックインすることになる。だから翌朝起きた時に、初めて周囲の様子がわかることになるわけだ。たとえば海沿いの絶景バンガローや高台にある見晴らしのよい宿に泊まるときは、そんな演出が気分を高めてくれるだろう。特に同行者を驚かせたい場合に、強くオススメしたい。

 すこしばかりの仮眠をとって、まだ空が白む前に目を覚ました。相変わらず、目を開けても真っ暗闇だ。ミステリーツアーってこんな感じなのかな。目隠しされたまま連れてこられて、パッとはずされた時に目に飛び込む光景に驚くという、あのシステム。まあ、今回は行き先は知っているのだけれど。とはいえ、今日このあと待っているであろう驚きの光景に、期待はとても大きい。その思いを胸にして、登る準備を始めた。

思わずスキップしてしまう、錦秋と展望の最強トレイル

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【写真】写真手前の山稜のうち、左のピークが三ツ石山。奥には秋田駒ヶ岳も

 松川温泉から西へ登って稜線に乗っ越してしまえば、そこから先は視界を遮るもののない絶景のトレイルとなる。源太ヶ岳(げんたがたけ)、大深岳(おおふかだけ)、小畚山(こもっこやま)、そして三ツ石山まで続く標高1500m前後の天空の稜線を、反時計回りに歩くのだ。目の前に見えている山稜を目で辿っていくと、山頂に巨岩らしいものがある山を確認した。それが三ツ石山だ。どの方向から見ても、その巨岩が三つの峰に見えることから、そう名付けられたそうだ。

 三ツ石山の向こうには、乳頭温泉を麓に抱える烏帽子岳と秋田駒ヶ岳がたおやかに横たわっている。さらに奥には岩手山が見事で、聳え立つその姿には大いに感動した。しかし、素晴らしいのは山岳展望ばかりではない。見下ろすと、ロールプレイングゲームの舞台さながらに、森が絵画的に広がっている。山肌の隅々までが独特の色合いに紅葉していて、もう「おー!」とか「うわー」とか、そういう言葉しか出てこない。ヒゲ面の男が思わず稜線でスキップしてしまうほどの、心躍る美しきトレイル。

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【写真】山頂にポツンと巨岩がある三ツ石山。左には盛岡のシンボル・岩手山

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【写真】美しき森が広がる山麓。まるでロールプレイングゲームの舞台!

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【写真】大深岳から小畚山へ向かう山肌についたジグザグの道。なんとも絵画的な景観だ

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【写真】大きな岩がむき出しになった三ツ石山の山頂。あの岩に乗れば、これまで歩いてきた道を振り返ることができる

 もし、写真が趣味だという同行者がいたら、1歩進んで2歩下がる、という調子で、なかなか前に進まないことだろう。全体で6~7時間の行程の中で、源太ヶ岳の山頂から三ツ石山までの稜線区間は3時間ほどのコースタイム。歩き慣れた人なら、あっという間である。一刻も早くピークを目指したくても、ここは忍耐強く同行者の趣味に付き合ってあげて欲しいところ。それだけ、この山は美しいのだ。

 紅葉と山岳展望はもちろんのこと、三ツ沼や三ツ石湿原といった池塘(ちとう)は秋空の映える水面が美しい。雄大な岩手山を背景に登山道を歩く人々は米粒のようで、それがまるでおとぎ話の世界を歩く冒険者のようだ。被写体には事欠かない。うっかりすると下山のタイミングを逃し、日帰り入浴に間に合わない……なんてことのないようにしよう。

秘湯松川温泉郷

 松川温泉は、十和田八幡平国立公園の南に位置し、三ツ石山から北東に伸びる谷筋の先にある小さな温泉郷だ。点在する三軒の宿にはそれぞれに白濁した硫黄泉の源泉と特徴ある名物風呂がある。宿ごとに趣も設えも異なるから、すべての宿を巡りたくなる。

 中でも峡雲荘の、やや緑が入った白濁の湯には、すっかり虜になってしまった。男女それぞれに用意された内湯にシャワーはなく、桶に湯を溜めてかぶるスタイル。こういうところも気分を高めてくれてよい。そして外には露天風呂。男性が入れる露天風呂は混浴となっているものの、湯は白濁しているし、それでも慣れない人は大きな岩に隠れることもできる。

 まずは、むわっとする熱気が充満する内湯で、落ち着いて湯に向き合う。とにかく硫黄の匂いが素晴らしい。なぜだろうか、ヒノキやヒバにも似た樹木の爽やかな香りを、ぼくはずっと感じていた。それも落ち着きを与えてくれる理由なのかもしれない。内湯の小さな“窓”から身を屈めて表に出てみると、すぐそこに露天風呂が通じており、内湯と容易に行き来できるのも気に入った。

 こんなに白濁の濃いお湯だったのかとそこで驚きながら、とぷん、と浸かった。見渡すと、ブナやナラの樹木に囲まれている。内湯で感じた湯の香り――樹木のような――が、ここで結びついた気がした。ここのお湯は、山と、木々と、渾然一体となっているのだ。白濁した湯に自分の身体が溶け出してしまったかのように、ぼくの想像もまた、この自然の世界とひとつになっていくような気分になった。

 川の音が、近い。今日歩いた源太ヶ岳、大深岳の南麓あたりを源にする湯ノ沢と、三ツ石山の北麓から湧き出す赤川とが合流し、この前を流れている。水や木といった地球のエレメントによって、人間の身心も山と深く繋がっている感覚になる。白濁と硫黄と樹木に身を委ねながら、さっきまで歩いていた「神の絨毯」のことを考えた。

文と写真:大内 征
イラスト:吉村時子

連載第4回へ続く

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プロフィール
大内征(おおうち・せい)

低山トラベラー、山旅文筆家。土地の歴史や物語を辿って各地の低山里山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。「登山は知的な大冒険!」を合言葉に、ピークハントだけではない山を旅する喜びと、山歩き街歩きの魅力について、文筆と写真と小話とで伝えている。
NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」にレギュラー出演中。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、『低山手帖』(日東書院本社)、共著に『地元を再発見する!手書き地図のつくり方』(学芸出版社)などがある。NPO法人日本トレッキング協会理事。1972年生まれ、宮城県出身。

*大内征さんのTwitterはこちら

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