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「山ヲ歩キ、湯ニ到ル――#04 入浴できる世界遺産、湯の峰温泉への長き道のり ~熊野古道・中辺路~」大内 征

登山と温泉はセットである――。
低山里山に歴史文化や神話民話を追い求め、日本各地を旅する低山トラベラー・大内征が綴る、山のこと、湯のこと、旅のこと。
第四回は、日本最古の湯にして世界遺産の「湯の峰温泉」を目指す歩き旅。熊野古道の中辺路40kmを踏破したご褒美は、死の淵から息を吹き返した小栗判官の逸話が伝わる“蘇りの湯”でした。
※連載第1回から読む方はこちら。

 羽田から飛び立った飛行機は、あっという間に紀伊半島の上空にあった。窓の外には果て無い山稜がまるで海のように広がっていて、折り重なる低い山々は寄せては引く黒い波のように続いている。この“波”の底のどこかに、世界でも珍しい「入浴できる世界遺産」こと湯の峰温泉がある。今回の熊野古道・中辺路(なかへち)を歩く旅の目的地だ。

山湯写真01

【写真】低い山が幾重にも折り重なる南紀。この山深い風景の中に熊野古道と湯の峰温泉がある

 紀の国こと和歌山県は、もともとは“木の国”だった。低い山々がぎゅーっと圧した広大な山地を要し、特に世界遺産・熊野古道でその名を知られる南紀エリアは複雑な地形をしている。深い皺が刻まれたような山渓におびただしい樹木が茂り、古(いにしえ)は簡単に人を寄せつけない山深い国だった。そんなイメージも手伝ってか、和歌山は遠いという先入観があったのだけれど、東京からなら1時間程度のフライトで着いてしまう。その“近さ”を知って以来、ぼくはたびたび足を運んでいる。

旅の前夜は地のものに舌鼓を打つ

 南紀白浜空港からバスで向かったのは、田辺市街地の繁華街「味光路」。出迎えてくれたのは地元の知人で、地の魚が美味いと評判の居酒屋に連れて行ってもらう約束をしていた。

山湯写真02

【写真】もちガツオをはじめ、黒潮に育まれた海の幸は田辺の魅力のひとつ

 登山の醍醐味のひとつに「食」がある。多くのハイカーは、このことに異論はないだろう。普段なかなか口にすることのできない他所の土地のグルメや独特な郷土料理を味わうことは、山旅の楽しみを一層広げてくれる。登山×温泉×グルメ。最強の掛け合わせだ。

 東北の沖合を流れる冷たい親潮の恵みに育てられたぼくにとって、あたたかい黒潮の幸は未知なるもの。カウンター越しから張りのある声で「そんなあなたにぜひ味わってほしい」と出してくれたのは、時期はずれの珍しい「もちガツオ」だった。一見、ふつうの刺身である。カツオというよりマグロの赤身みたいだなあ、などとつぶやきながらマジマジと刺身を観察するぼくを、お店のご主人と知人とがニヤニヤしながら観察している。

 そのひときれを口にした瞬間のぼくの表情は、一体どんなものだっただろうか。まさに“もち”そのものの食感に目を瞠(みは)り、あまりの美味しさにうーんと唸る。弾力がありながらも柔らかい歯ごたえ。これこそ、釣りあげて5時間以内の鮮度の証だそうだ。カツオといえば薬味でいただく“タタキ”をイメージしていたぼくにとって、これは初めて食する経験。春から初夏の頃が旬らしく、冬のはじまりに巡り合わせるのはラッキーなことらしい。幸先の良い旅のはじまりに、明日からの中辺路歩きに向けて気分も高まっていく。

登山と同等の計画と装備が欠かせない熊野古道「中辺路」

熊野古道

 熊野古道は、京阪・伊勢・吉野と「熊野三山」とを結ぶ複数の道の総称である。そして熊野三山は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を指す。三山はそれぞれ、未来に思いを馳せ、過去を省み、現在を受け入れる霊場であり、古道はそれらを自らの脚で歩き結ぶことによって再生を果たす祈りの道でもある。故に“蘇りの道”とか“蘇りの地”とも呼ばれるわけだ。

 その中でも核心となるのが中辺路(なかへち)である。道のほとんどが山なので、登山をするのと大して変わらない。最高地点はおよそ700m程度の低山域であるものの、長い距離を“縦走”するため、山歩きの装備と充分な計画が重要になるわけだ。ハイカーにとって中辺路は、ロングトレイルの雰囲気を味わう入門コースとして最適だと思う。

 今回の計画は、二日間の歩き旅。初日は滝尻王子からスタートし、約15km地点に位置する近露王子の温泉宿に泊まる、およそ7時間の山行。二日目は熊野本宮大社と大斎原までおよそ25kmの道のりを歩いて参拝し、締めくくりに「大日越」と呼ばれるトドメの山越えを果たして湯の峰温泉に至る、10時間を見込んだ長き道のり。ぼくにとっては以前歩いた夏場とは異なって、日の短い冬場の再訪となる。お守り代わりに必ず持つヘッドランプは、大日越あたりで主役になるだろう。

山湯写真03-1

山湯写真03-2

【写真2枚】滝尻王子の1番から祓殿王子の75番までの道標が中辺路の目印。75番の先に、熊野本宮大社がある

  道中には500mおきに木製の道標が設置されている。中辺路には滝尻王子の「1番」にはじまって祓殿王子の「75番」まであり、その次がようやく熊野本宮大社となる。この75番の道標を見た時の感動は、1番からすべての番号を辿り歩いた人だけに許された特別な瞬間だ。

 いやいや、さすがにそこまで長い山道を歩くのはちょっと難しい、という人もいるだろう。その場合は、たとえば滝尻王子からスタートして最初の4kmだけを歩くのがおすすめ。集落が充実している高原地区をゴールとする二時間強の行程だ。あるいは、発心門王子までバスで向かい、そこから熊野本宮大社までを歩く“クライマックス”の約7kmもおいしいとこどりで楽しい。こちらはおよそ三時間。どちらも熊野古道らしい雰囲気を味わうことができるため、長く歩く予定がない場合は、このどちらかを体験するとよい。

山湯写真04

【写真】中辺路1日目、熊野古道の象徴のひとつ「牛馬童子像」に出会う

 初日、滝尻王子を朝の8時に出発。いきなり急な山道を登り続ける最初の区間はなかなかしんどいものの、ひと休みに適した高原地区で絶景に励まされながらちょっと早めのお昼休憩をとる。初夏のころは風が通らず大いに苦しんだ道だったと記憶しているけれど、この日は尾根を吹き抜ける風が強くて冷たく、油断するとすぐに身体が冷えてしまう。そんなとき、やはり恋しくなるのが温泉だ。

 中辺路のシンボル「牛馬童子像」に着いたのは、15時ごろのこと。休憩を多めにとったわりには、ほぼ計画通りの7時間の山行だ。夕暮れまではまだ時間に余裕がある。ここから近露の里は目と鼻の先だから、明るいうちに宿に入れそうだ。鮎釣りで知られる清流・日置川が、のどかな山間を縫って流れている。目の前に広がる穏やかな里の風景の中に、今夜泊まる「民宿ちかつゆ」が佇んでいた。

 初日の宿をここにした理由は、実はいい温泉があるからなのだ。やわらかくとろっとした炭酸水素塩泉の湯が特徴で、その“とろみ”が冷えた身体を包み込むようにして温めてくれる。あまりの気持ちよさに、旅の埃も垢も汗も疲れもなにもかもが洗い流されていくよう。湯からあがると、山道の寒さでカサカサした肌に潤いが戻り、ツルツルしているではないか。やはり近露、いいお湯である。明日の目的地「湯の峰温泉」の中継地にて、こんなにもハイレベルな温泉に浸かることができる幸せたるや。

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【写真3枚】近露王子を出発し、山道、舗装道路、林道を越えて本宮大社に向かう

 翌朝6時半、熊野本宮大社と大斎原を目指して出発する。道標で言えば27番から75番まで、距離にしておよそ27km、10時間の長丁場だ。この区間は買い物ができるお店などないから、あらかじめ持ってきた行動食と、民宿ちかつゆで作っていただいたお弁当が命綱。

 豪雨被害によって封じられた道を回避する迂回路がいくつか設けられていることは、この区間の注意点となる。現場にしっかりした道案内があるから安心だけれど、こんな時にYAMAPなどの登山地図アプリがあると本当に心強く感じるだろう。携帯の電波が届かない山間部でも、GPSは無関係に動いている。だから、この深い山中にいる自分の現在地が、ちゃんとわかるのだ。ただし、バッテリー切れには注意しなければならないけれど。

山湯写真06

【写真】長い道のりを経て、大斎原の大鳥居を眺めた時の感動たるや

 幾たびの峠越えを経て辿り着いた発心門王子から先は、ほぼ下り道だから歩きやすい。ここからは山道だけではなく、集落を歩いたり、森を歩いたりしながら熊野本宮大社に到達する。いわば中辺路の“クライマックスコース”であり、バスで行動する観光客にも人気の区間である。

 この区間に、必ず立ち寄りたい場所がある。目印となるのは「ちょっと寄り道展望台」という木製の看板。ここから脇道に逸れること5分で、熊野ならではの荘厳な、しかしどこか優しい大鳥居の光景を眺めることができるのだ。遠くには山の稜線、眼下には山々に囲まれた大斎原(おおゆのはら)。長き道のりを歩いてきたなら、この光景を見なければ後悔するかもしれない。

 古来、三つの川が合流する場所は大変縁起のよい場所だと言われる。各地の山里を訪ねる中で、そうした三川合流の聖地に導かれることが、これまでにも何度かあった。ここ熊野本宮大社も、そんな三川合流の聖地のひとつである。もともと熊野川・音無川・岩田川が出合う広い中洲にあった社が、明治22年の大水害を受けたことから現在の場所に遷座された歴史がある。その元々の地を大斎原(おおゆのはら)というのだ。今もこの跡地は大切にされていて、脚を踏み入れるだけでただならぬ雰囲気を感じてしまうほど神気に満ちている。なにもない、けど、なにかが在るのだ。

入浴できる世界遺産、湯の峰温泉

 大斎原を後に、もうひと山越える「大日越」の先に待っているのが、湯の峰温泉である。地球上でここにしかない、入浴できる世界遺産だ。とはいえ、近露王子から大斎原まで27kmを歩いてきた脚の疲労にトドメを刺す急峻な山道を越えなければならない。体力は必要だけれど、自分の足でここを越える意味は大きい。時間にして1時間弱、途中で日が暮れ、予定通りのヘッドランプをお供にした夜道の大日越。夜の山道が大好きだった子どものころを思い出しながら、ぼくは楽しく歩いた。

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【写真】開湯1800年といわれる日本最古の「湯の峰温泉」は、硫黄の香りを含む心地よい炭酸水素塩泉だ

 湯の峰温泉は、餓鬼となった小栗判官がここで湯に浸かって蘇るという伝説で知られた、日本最古の湯である。歴史のことは置いておいても、入浴することができる世界遺産と聞けば、温泉ファンなら素通りできないだろう。

 温泉街のはずれにある民宿「ゆの里」は、やや白濁した源泉をひいた宿だ。岩風呂とひのき風呂のかけ流しの内湯とともに、橋のたもとにある外湯も実に素晴らしい。特にひのき風呂はぼくの好みで、硫黄の匂いに混じるひのきの香りが身心を蘇らせてくれる。食前に汗を流して、寝る前にもまた身体を温めるのが理想的。食事の後には川沿いの露天風呂も楽しめる贅沢さ。内湯も外湯も「入浴中」の札による貸切制度だから、のんびりできて最高だ。

 熊野では水を浴びて身を清める禊や祓を重要としていて、それを「垢離(こり)を取る」とか「垢離を掻く」と言う。滝尻では川で水垢離を、田辺では浜で潮垢離を、そして湯の峰温泉では湯垢離をして身を清め、それから熊野詣でをするのだそうだ。今回の旅ではまったく逆になってしまったけれど、歩き終えた身心を湯垢離でリセットするのだと思えば、明日からの新しい活力を得られる気分になる。

 ちなみに、垢離を取るのは酒でも可能だそうで、田辺ではこれを「酒垢離」と言うらしい。その意味では、中辺路を歩く前夜、味光路の居酒屋でやった一杯は、ケガレを落とすことと等しかったわけだ。酒で禊をする、そのおおらかさに、何人をも受け入れてきた歴史を持つ熊野ならではの魅力を感じずにはいられなかった。

文と写真:大内 征
イラスト:吉村時子

連載第5回へ続く

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プロフィール
大内征(おおうち・せい)

低山トラベラー、山旅文筆家。土地の歴史や物語を辿って各地の低山里山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。「登山は知的な大冒険!」を合言葉に、ピークハントだけではない山を旅する喜びと、山歩き街歩きの魅力について、文筆と写真と小話とで伝えている。
NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」にレギュラー出演中。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、『低山手帖』(日東書院本社)、共著に『地元を再発見する!手書き地図のつくり方』(学芸出版社)などがある。NPO法人日本トレッキング協会理事。1972年生まれ、宮城県出身。

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