目の前で戦争が始まる―― 「マイナーノートで」#13〔戦争の男女平等〕上野千鶴子
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目の前で戦争が始まる―― 「マイナーノートで」#13〔戦争の男女平等〕上野千鶴子

本がひらく

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。
※#01から読む方はこちらです。


戦争の男女平等

 戦争が始まる。戦争が始まった。目の前で戦争が始まってしまった。まさか、の21世紀に。冷戦は終わったはずなのに、こんなに野蛮な熱い戦争が。人間はちっとも進歩しないのか。
 見ているだけで手も足も出せない。祈るだけで何もできない。その事実にうちのめされる。

 2月24日。ロシアのウクライナへの侵攻が始まった。こんな時期には誰もが戦争について書く。わたしも書かずにいられない。TV画面から目が離せない。3.11のときもそうだった。3.11、9.11のように2.24も歴史に残るだろう。戦争は映像の中にある。その中で都市が破壊され、人々が死んでいく。自分の平穏な日常には変化がない。その落差に眼がくらむ。街には雪が残っていた。3.11も雪の舞う寒い季節だった。電気もガスも水道も、あらゆるインフラが破壊された都市で、どんなに恐怖と不安に身の縮む思いをしているだろう。

 避難民は1千万人。ウクライナ国民の4人に1人だという。大半は母親と子どもだ。成人男子は、ゼレンスキー大統領によって出国を禁じられた。国民総動員令だ。となれば、国内に残った男子はすべて、敵国から戦闘員と見なされ、殺害の対象になる。

 これ以上犠牲を増やさないためには、投降すればよい、という声がある。事実、ロシア軍もマリウポリの投降を勧めているという。だがイルピンでは白旗を掲げて建物から出た民間人も、射殺された。ロシアの支援物資に群がったウクライナ人たちは、行き先も告げられずバスに乗せられて1000キロも離れた地方へ移送された。そこで待っているのは苛酷な収容所生活だ。

 占領地が安全だとは言えない。占領されたらどんな無法行為も起きる。略奪、強姦、殺人……ロシア軍が撤退したブチャでは、民間人410人の虐殺死体が見つかった。後ろ手に縛られたままの丸腰の市民や、拷問のあと、切断された死体もあったという。最近、藤目ゆきさんの『占領軍被害の研究』(六花出版)が出たが、占領期の日本でも同じことが起きた。紳士的な軍隊などない。米軍車両に轢(ひ)き殺された民間人は泣き寝入りし、娘たちは米兵に強姦された。

 日本軍が侵攻した中国でも同じことがあった。戦場から撤退するドイツ軍も同じことをした。世界は突然、非戦闘員の虐殺は戦争犯罪だといきりたつ。だが「戦争犯罪」と聞いていつも不思議に思うのは、犯罪になる戦争と犯罪にならない戦争があるのか、という疑問だ。戦争は犯罪だ、と言い切ってしまうことがなぜできないのだろう? ロシアの侵攻はあきらかな違法行為だ。プーチンは将来(があるとすれば)戦争犯罪者として裁かれるだろう。この戦争はいつかは終わる、だろう……だが。それまでにどれだけの犠牲をしのべばいいのだろう?

 十代の女子高校生と話していたときのことだ。ウクライナから避難したのは母親と子どもばかり。男性は出国を禁止されただけでなく、自ら残ったり、戦闘に参加するために避難先からあえて帰還したりした。
「やっぱり男は戦い、女は子どもを守るものなんでしょうか?」と、彼女は問いかけた。もしそうなら、女が男と平等を要求する権利はないのではなかろうか、という不安をにじませて。

 事実、報道で見る限り、避難民の大半は女と子どもだ。彼女たちは故郷に置いてきた夫や老いた親たちを心配している。わずかに安否を確認するよすがだったSNSも通信が絶える。何が起きているのか、伝わらない。

 これからいのちをつなぐ子どもたちを守りたい……それは自然な感情だろう。ひとりでは放り出せない子どもを守るために、母親がついていく、のも自然だろう。なかには子どもだけでも助かって、と子どもをひとりで送り出す親もいる。沈みゆく船からも「ウィメン・アンド・チルドレン、ファースト」の順番で逃げ出すことになっている。

 だが子を守るのは女の本能ではなく、戦うのも男のDNAではない。現に逢坂冬馬さんのベストセラー、『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)が描くように、女だって戦闘員になる者はいる……と、言いかけて、やめた。

 その無垢なまなざしを投げかけてくる十代の少女が、もしたったいまウクライナにいたら、どんな選択をするだろうか、と考えたからだ。逃げるか、とどまるか。抵抗するか、投降するか。武器がそこにあれば、戦闘に参加するか、しないか。どの選択肢もありうる。そしてどれを選んだとしても、わたしには言うべきことばがない、ことに気がついた。

 全世界がウクライナ軍の士気と抵抗に賛辞を送っている。ウクライナの人々はすべての民主主義世界のために代理戦争を最前線で戦っているようなものだ。だが、だからといって物資は送っても、指一本それに加担するわけではない。自国領土で戦われる祖国防衛戦争に、侵略国が勝利したためしがないことは、あれほど強大な軍事力を持ったアメリカがベトナム戦争で敗北したことでもあきらかだが、そこに至るまでに、ベトナム市民たちがどれほどの犠牲を払ったことだろうか。ベトコンにも女性兵士がいた。対独ゲリラたちの中にも女性はいた。ソ連軍には女性部隊があった。もしわたしがウクライナに住んでいて、孫娘が軍隊に志願したい、と言ったら、わたしは反対できるだろうか?

 戦争はジェンダー差をきわだたせる。戦う男と、守られる女。勇敢に抵抗する男と、無力に逃げまどう女。女には「戦争で死ぬという名誉」が与えられることはない。「靖国で会おう」は男たちの合い言葉で、女のものではなかった。

 だがあの総力戦のさなかにも、自分たちも戦いたいと志願した若い女性たちがいた。日中戦争開始直後の1937年に大日本聯合婦人会と大日本聯合女子青年団は「女子義勇隊」の結成を申し出たが、当局はジェンダー秩序を重んじて、これを許可しなかった。戦争の最末期、1945年6月には「義勇兵役法」が公布され、「15-60歳の男子、17-40歳の女子」のすべてを国民義勇戦闘隊に編成するとしたが、実施される前に日本は敗戦の日を迎えた。これらのひとびとがすべて兵員なら、国際法のもとでは、殺されても民間人の殺害には当たらないことになる。

 だが、ハイテク時代の戦争はジェンダー差を縮小させる。コンピューター画面の中の攻撃目標には、エアコンのきいた室内からでも爆撃の指示が出せる。ベトナム戦争のときのように、重火器を持って泥の中をはいずりまわらなくてもよい。現にアメリカ軍の女性兵士比率はどんどん増えているし、湾岸戦争以後は、彼女たちは後方支援に飽き足らず、自ら戦闘参加を求めた。日本の自衛隊にも女性自衛官が増えている。

 女が平和主義者とは限らないし、男だって争いを好まない者もいる。あるアンケート調査で「もし、日本に戦争が起きたら、あなたはどうしますか?」という問いに対して、日本の若者の多くが「逃げる」という答えを選んだことに心底ほっとしたものだが、周囲を海に囲まれてウクライナのように陸続きの隣国を持たないこの国で、いったいどこに逃げたらよいのだろう?

 軍隊の男女平等……男も女も丸腰の非武装がいいのか、それとも自衛のための戦力は必須なのか。軍隊の男女平等を求めるとはどんなことなのか。女性兵士を増やせ、戦闘にも参加させよと要求することなのか。それとも軍隊そのものを廃止せよと要求することなのか。徴兵制の廃止を韓国に要求することは現実的なのか、それとも女も徴兵せよと主張すべきなのか。答えは出ない。

 戦争のない世界……を求めても、現に無法な暴力が行使されている現実を目の当たりにして、唇を嚙むしかない自分がいる。戦争と暴力のない世界をのぞむ希望は、なぜ、こんなにも踏みにじられるのだろうか。

(タイトルビジュアル撮影・筆者)

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プロフィール
上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年、富山県生まれ。社会学者。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長、東京大学名誉教授。女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、現在は高齢者の介護とケアの問題についても研究している。主な著書に『家父長制と資本制』(岩波現代文庫)、『スカートの下の劇場』(河出文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『ひとりの午後に』(NHK出版/文春文庫)、『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)などがある。

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