連載 シン・アナキズム「ヴァンダナ・シヴァ」第2回
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連載 シン・アナキズム「ヴァンダナ・シヴァ」第2回

政治思想史家の重田園江さんによる好評連載「アナキスト思想家列伝」第6回! デイヴィッド・グレーバーの著作をはじめ、いまあらためて注目されているアナキズム思想について、その繊細さと多様性を保持しながら魅力を伝えていく連載です。今回は2人目「ヴァンダナ・シヴァ」の第2回をお届けします。
※「ヴァンダナ・シヴァ」の第1回を読む方はこちら。

「緑の革命」のダークサイド

 チプコ運動は明確なリーダーを持たない。しかし当面の目的ははっきりしており、それは誤った権力行使を止めることにある。こうした意味でこの運動は、アナキスト的な性格を持っている。シヴァは、自身の原点となるチプコ運動のスタイルを踏襲し、市場経済と外国(宗主国)からの圧力、そして警察の動員や伐採業者の強硬なやり口に抗する、直接行動による、目的を絞った、緩やかに組織された実践的運動を展開していく。

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【写真】木を抱擁する女性たち。1973年、近代のチプコ運動のはじまり。シヴァの故郷近くウッターランチャル州の村人。(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Big_chipko_movement_1522047126.jpg

 シヴァの立場を明確に示す著作が、1991年に出版された『緑の革命とその暴力』だ。まだ30代で書かれたとは思えない力強さと洞察を備えた名著である。ここでシヴァが取り上げるのは、「パンジャーブの悲劇」である。これはインド-パキスタン分離以降のパンジャーブ地域の不安定を要因とする動乱で、シク教徒の分離独立運動として理解されてきた。一般的には、ヒンドゥー教、イスラム教、シク教の三つの宗教間の戦争として捉えられている。
 だがシヴァはこの動乱を、それとは別の観点から捉えようとする。80年代パンジャーブの政情不安が、それまで20年にわたって当地で実践された「緑の革命」を主要因とするという仮説である。このような見方は日本ではあまり知られておらず、緑の革命に対しても現在に至るまで好意的な評価が多い。Wikipedia日本語版にもそういったスタンスの記述が見られるが、これは中立を装いつつ一方の側に立つ研究者の論文を主な根拠とする部分があるので、注意して読んだ方がいい(英語版は両論併記)。Wikipedia日本語版の記事では、緑の革命批判者への反批判の論拠が、短期的な価格低下や生産性向上、産業振興といった「自由主義経済学的」主張に偏っているだけでなく、シカゴ学派の農業経済学者シュルツに師事した大塚啓二郎(東京都立大学名誉教授)が関わる著作に依拠したものが多い。
 こういった傾向は、緑の革命の問題点について、それが実際に行われたメキシコ、フィリピン、そしてインドなどからの批判を重視しない、生産性向上による人口の扶養能力アップを示す数字に依拠した立場が根強いことを示している。また、「ホモ・エコノミクス」モデルを商工業以外の領域に広げて解釈するという意味で、シカゴ学派第二・第三世代の発想を受け継いでいる(シカゴ学派がいかにホモ・エコノミクスを拡張して利用したかについて、詳しくは、フーコー『生政治の誕生』、重田『フーコーの風向き』を参照[※1])。この解釈に支えられた、自由貿易をスタンダードとして世界に強いる「ワシントン・コンセンサス」の国際貿易政策を通じて、途上国の農業生産者は世界経済の競争へと巻き込まれ、結果としてホモ・エコノミクスの自立性とはほど遠い従属の状態に置かれてきた。私の記述もすでに論争的になってきたが、どうかこれを党派的な見方と捉えないでほしい。中立を装いつつ、シュルツの立場に依拠して「緑の革命」批判への反論を行う方がよほど党派的だ。党派的に見せない党派性は、自由主義経済学の信奉者が18世紀に「人間の自然」としてのホモ・エコノミクスというアイデアを発明して以来、ずっと彼らの特徴となっている。
 つい熱くなって話が逸れた。緑の革命は、ノーマン・ボーローグを代表的な推進者とする、穀物の高収量品種と化学肥料の大量投入をセットにした「農業革命」である。この人物は、「途上国を飢餓から救い」「経済成長に貢献した」などの理由で、1970年にノーベル平和賞を受賞した。だがボーローグは、戦時中はデュポン社の研究所で殺菌剤や防カビ剤の研究をしていた人物だ。農業に対する化学的なアプローチを用いて、農薬や化学肥料、人工的に高収量作物を生み出すことなどに関心を持っていた。ちなみにデュポン社は、二度の世界大戦で武器製造を行って巨利を得、原爆開発にも関わり「死の商人」と呼ばれた化学企業である。ケネー学派のデュポン・ド・ヌムールがフランス革命の動乱を避けて移住したアメリカで、息子がはじめた会社だ。息子のエルテール・イレネー・デュポンはラヴォアジェと親交があり、化学の知識を持っていた。南北戦争でも大儲けしたので、戦争商人といって差し支えないだろう。
 デュポン社は近年ではテフロンフライパン(とフォックスキャッチャー)で有名だが、テフロン製造過程で発生する、生分解性がきわめて低く(つまりいつまでも毒性が残る)、しかも体内から排出されにくい有毒物質PFOAの河川への垂れ流しで、2017年にアメリカで6億7070万ドルの賠償に合意した(賠償金支払いは、2015年にデュポンの化学部門が独立したケマーズ社と折半)。日本から見ると他人事のようだが、PFOAは流出すると水の蒸発とともに雲となり、世界中あらゆるところに降ってきて水や大地を汚染しつづけるという特性がある。現に日本をはじめ世界各地で、河川や地下水から広く検出されている。自然界には全く存在しない化学物質だが、私たちの体にも蓄積しているということになる。
 テフロンはもともと軍事用に開発された撥水(はっすい)素材で、商業化されてすぐの1962年に、工場従業員の健康被害が相次いだことをデュポン社は知っていた。こうしたケースはいつもそうなのだが、会社が密かに動物実験で危険性を確認したあとも、その事実は秘密にされた。それによって人や牛が長年にわたって汚染され、健康被害を受けて病気になり、死んでいった。映画『ダーク・ウォーターズ』(2019、名優マーク・ラファロ製作・主演。監督は『キャロル』のトッド・ヘインズ!)に描かれているとおりなのだが、私たちはこういったやり方に既視感を抱かず、いつも新たに怒りつづけなければならない。あとで見るとおり、シヴァだけでなく環境活動家なら誰もが批判するモンサント社も、よく似た過程を経て莫大な賠償金を支払っている。

「高収量」の実態とは

 シヴァは事実を眺めるところから議論をはじめる。緑の革命が輝かしい成功を収めたという説が本当なら、インドで最も大々的にその実験が行われ、成功例とされたパンジャーブが、1980年代になぜこんなにも暴力に満ちた土地になったのか。それを宗教対立だけのせいにするのはあまりに現地の事情を知らなすぎる。そこでは土壌が荒廃し、作物は病害虫に蝕まれ、水は涸れている。そのせいで暴力が絶えないのだ。シヴァはこのように主張する。ではいったいなぜ、こんなことになったのか。
 1940年代にはじまり、60年代を頂点とする緑の革命は、フォード財団とロックフェラー財団、そしてアメリカ国際開発局による大規模な財政支援を得て行われた。アメリカ型の農業モデル導入には、金持ち財団だけでなく、アメリカ政府と世界銀行が深く関わってきたということになる。世界銀行の融資モデルは最近でも同じパターンで、集約型の農業によって効率化や国際競争力増強を目指すと言いつつ、途上国への外国資本進出の足がかりを与えるというものだ。こうしたやり方は、多くの国で長期にわたって信じがたいほど単調にくり返されてきたが、あまり知られないままであるし、他の先進国もそれに同調し、利益を得てきた。
 ただし、1980年代にはすでに、緑の革命に対する疑念は各所で表明されていた。また日本では、たとえばODAが日本企業に資金を還流させるための方便になっているといった批判が、この当時ジャーナリズムでさかんに取り上げられていた。だが残念ながら、援助を体よく利用した先進国企業による投資は、GATT-IMF-世界銀行体制からWTO-IMF-世界銀行体制へと律儀にも継承され、現在も行われている。ひるがえって、80年代に強まっていたはずの批判の方はどれほど次世代に継承されているだろうか。日本では「失われた」90年代、そして就職氷河期の到来などによってそんなことを言っていられなくなり、こうした声はかき消されたのだろうか。
 そういうわけで、援助の名の下になされる被援助国からの資金の還流という構図は、80年代とあまり変わっておらず、したがってシヴァによる批判は現在にもそのまま当てはまる。インドは世界銀行から莫大な借金をして、アメリカ企業から、化学肥料、農薬、殺虫剤、そしてタネを購入するようになった。これが農業の科学化というやつで、ボーローグは途上国に食糧をもたらす英雄となり、緑の革命の研究を引き継いで1971年に創設された国際農業研究協議グループ(CGIAR)は、高収量品種、つまり「奇跡のタネ」を生み出す福音的機関という国際的評価を得た。
 では、奇跡のタネは本当に奇跡をもたらしたのか。シヴァはさまざまな角度からこれに疑問を投げかける。まずは種子の流通である。これは日本の種苗法とも関係があるのだが、タネは農民のものではなく、種子会社と肥料会社のものになった。自家採種の禁止によって、農家は毎年企業からタネを買わなければ作付けができなくなったのだ。緑の革命は、ボーローグが推奨する高収量品種を農民が自発的に選ぶようになることで達成されたのではない。それはアメリカの政治的圧力、世界銀行や民間財団の豊富な資金、インド政府の政治的取り込み、そしてタネの「特許」を駆使することで達成された。市場化が強制される過程で外国の大資本が入り込むという、南米のショック・ドクトリンやアフリカなど他の地域でもくり返されたやり方である。表向きの政治支配を伴わない植民地主義の継続と言ってもよい。
 シヴァは「高収量」という名称にも疑問を呈する。なぜなら、多様な穀物が存在する中でその一部であった特定在来種だけを取り出し、単一作物となった高収量品種と比較するという不公平な条件設定によって、高い収穫が強調されているからだ。在来種は他の穀物や植物、動物とともに存続してきた。これに対して、単一作物である高収量品種は、土地の排他的使用による代償だけでなく、化学肥料や殺虫剤を作るのにかかる費用、またそれによる土地の汚染、高収量にするための土地の負担と不毛化という代償も払っている。もちろん、こうした要素は収量計算にカウントされていない。他にも彼女が挙げる観点は広く周到で、この本でのシヴァの議論は非常に洗練されている。たとえば、稲の栽培にはコメだけでなく、ワラがどのくらい出るかが重要である。というのも、インドの牛たちはワラを食べて育つからだ。緑の革命の発想では、稲はコメを取るための手段に過ぎず、コメの収量の数字以外は、生産性や効率性の考慮の範囲外となる。こういう考え方こそ、近代科学の要素還元主義を、畏れ多くも自然の循環の中にある作物に適用しようなどという浅知恵によるものだ。

単一栽培の弊害

 また、単一品種は新しい病害虫を広めた。病気にも耐性菌が広がるように、病害虫も特定の殺虫剤への耐性を獲得したものが単一栽培によって一気に広がり、他の作物に対しても全般的な脅威となる。まったく迷惑な話だ。また、耕作地は単一栽培のために他の用途に使える部分がなくなり、森は切り開かれて動植物の遺伝的な多様性は消失した。さらに、こうした農業には広大な土地と多くの水が必要で、それが地域の水を涸らし土を痩せさせる。こうして脆弱化した周辺環境の下で、生物多様性が保たれていれば極端に増殖しなかった病害虫を大量発生させることにつながったのだ。このメカニズムは、除草剤の広範な使用によって耐性雑草が増え、より強力な除草剤を必要とするといういたちごっこに似ている。また、抗生物質の漫然とした使用による耐性菌の出現とも同じ仕組みである。
 単一品種と大量栽培という点では、畜産の工業化により足の踏み場もないほど詰め込まれた豚や鶏から、インフルエンザが発生して大量死するのにも似ている。同一品種が一箇所に多数集まることで、病気は瞬く間に広がり、病原体の遺伝子変異がくり返されて強力な遺伝特性の変異株が生き残る。これはコロナ流行でよく知られるようになったプロセスそのものだ[※2]。また、本来はワラを食べる牛が炭水化物であるトウモロコシを食べさせられ、アメリカの巨大集合農場からO-157が発生した。このときも牛の過密飼育が病気を蔓延させたのである。これらが他人事ではないことは、日本でも豚由来の新型インフルエンザやO-157が流行し、今ではすっかり棲み着いてしまっていることからわかるはずだ。
 病害虫には殺虫剤を用い、雑草には除草剤を用いる。単一作物によって広がった新しい病気には、それより強い化学物質で対抗する。こうした発想をやめなければ、生き物も地球も壊れてしまうだろう。化学メーカーにはこの転換は難しい。なぜなら、耐性病害虫や耐性雑草の出現は、メーカーにとっては新しい製品を開発し売り込むチャンスなのだから。近代の科学主義と自由主義経済学を農業に持ち込むことは、どうやら自然が寛容にそれを受け入れてくれる限度を越えてしまったようだ。だが人間の暴挙には際限がなく、地球が破滅しそうになって「人新世」のようなことばまで生まれても、強欲はまだ止まらない。

「自由な」市場経済による伝統社会の破壊

 ボーローグらが開発した高収量品種は大食いである。それは在来種よりずっと多くの化学肥料と水がないと高い収穫を期待できない。パンジャーブで起こったことは、数年の大豊作の後の不作であった。考えてみれば当たり前だ。いくら化学肥料を撒いても、土壌から栄養を吸い上げなければ穀物は育たない。そのサイクルを早めれば土が滋養を回復する暇はなく、除草剤と化学肥料で汚染され、やせ細った土地は死んでしまう。
 また、パンジャーブでは別の次元の問題も生じた。単一品種の小麦栽培は地域の伝統社会や土地所有を破壊し、貧富の差が急速に拡大した。大規模経営と市場への組み込みがもたらす、これまたどこにでも起こる現象である。それによって生じたのは、民族・宗教的対立の激化であった。いまのアメリカの分断状況を見ると、格差が憎悪と暴力を増幅させることは見やすい道理である。緑の革命が導入されて6―7年後には、農家の収益は急速に下落し、地域全体が借金だらけになってしまった。それによって経済的な対立、文化・宗教的な対立、また政府への恨みが募り、政治的暴力と争乱が長年にわたってつづくことになった。遠いアメリカのタネ会社や研究者にとっては、対岸の火事に過ぎない遠隔地域の「政治的」問題なのかもしれないが。
 こうしたシヴァによる緑の革命批判に対して、「シヴァは伝統社会を神話化して捉え、そこにあった深刻な差別を黙認している」と言われることがある。近代化を批判する人が伝統に依拠するのはよくあることだ。たしかにシヴァの叙述には、「母なる大地と母なる水」のイメージがしばしば登場する。この表現は、伝統的インド社会の厳しい身分差別に反発する人や、女性らしさの固定化に疑問を抱くフェミニストにとっては、古い社会の擁護に響くかもしれない。インドがカースト制の国であることを思い出すとこの点は看過できない。だが、ここで注意しなければならないことがある。それは、莫大な肥料や殺虫剤を投下した単一品種の大規模栽培が、外国資本と国際経済の都合で進められることの批判と、自由と民主主義への懐疑とは分けて考えなければならないということだ。
 伝統社会を民主化すること、それが抱える偏見や旧弊を改革することは、国際経済分業の効率を高めて先進国企業と国家を潤す政策を批判することと両立する。政治的な言語と経済的な言語の混同は、おそらく半ば意図的、半ば無意識に自由市場擁護者によって行われてきた。政治と経済は「自由」というマジックワードによって緩く結びつけられる。だが、たとえば沈黙させられてきた女性が声を上げることや、多様な生き方の自由のために運動することと、単一品種の穀物を肥料や農薬とセットで売って新しい「自由」市場を作ることとは、全く別の文法に属することだ。自由市場経済に多くの社会や人を巻き込むことは、政治的・社会的な自由とは本来無関係である。ことばを分けて使うことは、政治的な言語闘争においてはとても重要だ。そしてことばの分節化を可能にするのは、たとえば多様な要素をふわっと結びつけてくれそうな「自由」ということばが、本来は異なった出自と経緯をもった複数のことばたちが合流してできた、その成り立ちを示すことによってだ。これが、ことばの歴史をたどることでその偶然的な歴史性を示す、フーコーやニーチェの系譜学の有意義な使い方だ。

金儲けと社会的費用

 シヴァは、緑の革命による高収量品種への単一化がもたらした無残な結果だけでなく、次世代技術であるバイオテクノロジーにも、すでに『緑の革命とその暴力』の時点で批判を向けている。それは緑の革命の検証も責任も取らないまま、新たに立ち上げられた「ペプシコ・プロジェクト」への批判の形で表明されている。これはジュースのための果物や「高品質」の野菜を作るための相変わらずの大規模単一品種栽培計画で、ここにクローン増殖や細胞培養などのバイオテクノロジーを導入するものだ。このプランはインドで1986年にスタートした。生物多様性の破壊や、工場化された農業を支えるための土壌や水への負担、エネルギー利用のあり方や地域コミュニティへの影響などはもちろん考慮されていない。それは企業が立ち上げる産業プロジェクトにとって目的外の事柄だからだ。企業はいつも、自分たちの事業の成功が地域に雇用と豊かさをもたらすことを強調する。その一方で、発生する外部不経済はその責任の外に追いやられているのが実情である。
 地域社会に大きな、そしてしばしば壊滅的な影響を与える企業の大規模なプロジェクトは、「利潤を得るために事業を行う」という通常の経営モデルでは捉えきれない問題をもたらす。よく金儲けのために何かが犠牲にされているという懸念に対して、「企業というのは利潤を出すためにあるんだから、そんなこと当たり前でしょ」という人がいる。大学生にもけっこういる。きっと親がそんなことを訳知り顔で話しているんだろうと思うと、その人越しに親を睨みつけたくなる。
 この考え方は、自由主義経済学の原則どおりの、典型的かつ無思慮な発想だ。自由主義経済学者は「自由」ということばで、世界の市場支配(ただしこれは自由の名の下に政治的強権や金にモノを言わせて人を黙らせるという、市場競争とは全く異質の手段をしばしば使う)を、なにか民主化と関係あるかのように見せてきた。その反面、利益を求める経済主体の役割を狭く限定し、その活動が外部に及ぼす効果については問題にしようとしない。ここでは企業とは、「集合化した合理的経済人」として、効率よい金儲けをしていればいいことになっている。そんなわけないだろ、と叫びたくなる。
 最近ではSDGsだとか企業の社会的責任だとか、半ば言い訳みたいなかけ声がかかっているが、こんなことはとっくの前に、宇沢弘文が『自動車の社会的費用』で指摘している。

ある経済活動が、第三者あるいは社会全体に対して、直接的あるいは間接的に影響を及ぼし、さまざまなかたちでの被害を与えるとき、外部不経済(external dis-economies)が発生しているという。自動車通行にかぎらず、一般に公害、環境破壊の現象を経済学的にとらえるとき、この外部不経済という概念によって整理される。このような外部不経済をともなう現象について、第三者あるいは社会全体に及ぼす悪影響のうち、発生者が負担していない部分をなんらかの方法で計測して、集計した額を社会的費用と呼んでいる[※3]。

 この本は、数理経済学を究めてシカゴ大学教授となり、ノーベル経済学賞に一番近い日本人と言われたが、新古典派に退屈さと疑問を感じた宇沢が、新古典派の枠組みの限界を、平易にしかも根本的なやり方で説明した名著である。シヴァが「緑の革命」の単一品種と在来品種との収量の違いの比較において、単一品種が高収量だと称する際に考慮されているものの範囲が狭いと批判したのは、この点に関わっている。企業活動は、それが大規模なものになればなるほど、社会的影響力を持ち、利益を上げるのに付随する社会的費用を発生させている。まずはそこから出発しなければならない。企業は経済活動と利潤のために、社会という場を借りているにすぎないのだ。利益追求だけだと申し訳ないから社会貢献もプラスアルファでやりましょうなどというのは、自分たちの商売が社会的な資源のストックに依存し、それを食いつぶして成り立ってきたことを理解しない、図々しい言い草ということになる。

モンサントというモンスター

 バイオテクノロジーを用いる企業が、社会的責任を果たさないどころか地球と生物の毀損をグローバル規模で行う典型例は、モンサント社だろう。この会社は、比較すべきなのかどうか分からないが、武器でがっぽり儲けて有害物質を垂れ流し、そのことを隠蔽しつづけたデュポンよりもひどいように思える。モンサントについて少し調べてみると、おそろしいことしか出てこなくて気が滅入る。『フード・インク』(2008、ロバート・ケナー監督)や『モンサントの不自然な食べもの』(2008、マリー=モニク・ロバン監督)など、モンサントを取り上げたドキュメンタリー作品は、直視するのが困難な事実を突きつけるため一気に見ることができない。モンサントのやり方が酷すぎて、これが現実に起きていると考えたくないのだ。また、ジョージ・クルーニー主演の映画『フィクサー』(2007、トニー・ギルロイ監督。クルーニーは製作総指揮にもクレジットされている)も、モンサントの弁護士をモデルとした映画だと言われている。
 シヴァの著書にも、途上国農業に参入し巨大投資を行うバイオ企業の典型として、モンサントの名が挙がっている。モラルハザードなやり方で遺伝子組み換え農業を世界にばらまいてきたこの企業について、簡単に紹介しておこう。詳しくは上記の映画や、『モンサントの不自然な食べもの』の監督であるロバンによる『モンサント』[※4]を参照すると、これ以上ないほど怖い話をいくらでも知ることができる。
 モンサント社はアメリカ、ミズーリ州セントルイスを本社とする化学メーカーである(2018年にドイツのバイエル社に買収されたので、いまは「モンサント社」ではない)。PCBなどの化学薬品を1920年代から作っていた。PCBは、日本ではカネミ油症事件をきっかけに1975年に製造・輸入が禁止された毒性の強い化合物である。日本での禁止後も用いられた諸外国では、深刻な健康被害が発生している。日本でも、禁止前に流通した電化製品(蛍光灯など)から漏れ出す危険が大きく、現在に至るまで抜本的対策もないまま汚染がつづいている。
 『モンサントの不自然な食べもの』では、1935年から1977年までつづけられたアメリカでのモンサントのPCB製造を原因とする、河川・土壌汚染による健康被害が冒頭で取り上げられている。アラバマ州アニストンでは、1960年代から秘密裏に垂れ流され、また不法投棄されたPCBによる被害を受けた2万人の住民による集団訴訟で、2003年にモンサントに7億ドルの支払いが命じられた。また、全米の多くの都市が、河川や海水に含まれるPCB除去費用をモンサントに請求しており、2020年に初めて出た判決では、ワシントン州に対してだけで9億5千万ドルの支払いが命じられた。
 これらの訴訟の中で明らかになったのは、モンサントが早くも1937年に、PCBによる健康被害を把握していたことを示す内部文書が存在することだ。それなのに会社は戦後もずっとこの事実を隠しつづけた。こういった道義的に許容しがたいやり方をとってきたために、モンサントは健康被害を受けた人々の集団訴訟と市や州による訴訟の両方を抱えている。
 長い間この会社は、自分たちがやっていることが人間の健康や自然にとって重大な脅威をもたらすことを知りながらそれを隠し、利益を得つづけてきた。その一つがベトナム戦争で使われた枯葉剤(ダイオキシン濃度の高いパープル剤、ヒ素を含むブルー剤、動物に先天性奇形をもたらすことが分かっていたオレンジ剤など。識別のためにドラム缶に塗られた色による俗称)の主要な供給元となったことである。アメリカ軍は1962年から71年まで、枯葉剤6万8千〜8万キロリットルを2万回にわたってベトナム南部に撒布した。プーさんは100エーカーの森に住んでいたが、撒布されたのは600万エーカーの範囲である。ここには366キロ以上のダイオキシンが含まれていたという。ベトナムでの健康被害(胎児異常など)はいまもつづいている。アメリカでベトナム人が起こした訴訟は却下され、連邦最高裁は枯葉剤と胎児異常の関係を認めなかった。一方、あとで述べるとおり、アメリカの退役軍人が起こした訴訟では賠償がなされた。またしても、遠く離れた場所の他人事には無関心というわけだ。原因を作ったのは100%自分たちなのに。
 そしてアメリカ軍はずっと否定してきたが、枯葉剤の多くは当時沖縄経由でベトナムに運ばれたようで、2013年には、嘉手納基地跡地にある沖縄市サッカー場から枯葉剤(オレンジ剤)の腐食したドラム缶が発掘された。沖縄で保管・撒布されたことは、当地での被曝の賠償を訴えている元アメリカ兵たちが証言している[※5]。ベトナム戦争における枯葉剤被曝についてのアメリカ帰還兵による訴訟では、1985年以降5億2300万ドルが、約25万5千人の帰還兵に支払われた[※6]。ちなみにモンサントは、1949年にウェストヴァージニア州ナイトロの除草剤工場で起こった爆発事故後に見られた多くの従業員の健康被害で、この薬剤の危険性をよく知っていた(が、隠していた)。

なぜこんなことが可能なのか?

 こんなことをしている会社がなぜ存続できたのかと思うだろう。だがこうした所業をものともせず、モンサントは1974年に除草剤ラウンドアップ(日本では1981年に発売。1994年にはジェネリック品が発売。2002年に日産化学へ事業移管)、1996年にはラウンドアップとセットで植える遺伝子組み換え大豆、1998年には遺伝子組み換えとうもろこしを売り出した。これらのタネは、遺伝子組み換えによってラウンドアップに耐性を持つように改良されており、ラウンドアップ・レディー(ladyではなくreadyの方)と呼ばれている。つまりラウンドアップを撒けば、耐性のない雑草はすべて枯れ、耐性のあるラウンドアップ・レディーだけが除草の手間もなく収穫できるというわけだ。この時点でもうおそろしいが、モンサントがこの除草剤とタネのセットを普及させたやり方は、マフィアもびっくりの暴力的なもので、どうやったら思いつけるんだというくらい周到である。
 まず彼らは、遺伝子組み換えタネや乳牛に与える牛成長ホルモンには、従来の穀物や牛乳と成分の違いがまったくないので、製品への表示義務はないと主張した。そしてモンサント社内の科学者たちが行った実験の報告書をその根拠とした。これらの報告書が抱える難点については、複数の専門家の証言がある。しかも、独立の調査やさらなる資料提出を要求した政府関係者、研究所の研究者などが、次々と辞職に追い込まれたという経緯がある。追加資料が提出されることはなく、逆に疑義を表明した人が左遷され、退職させられ、研究プロジェクトが突如中止になるというのだからまったくおそろしい。さらに、ロバンの映画で「回転ドア」と呼ばれる、モンサントとFDA(アメリカ食品医薬品局)、モンサントと政府の認証機関、モンサントとホワイトハウスなどとの間で、役職を行ったり来たりしている研究者や弁護士が何人もいる。モンサントの寄付や資金援助の規模と範囲は巨大で、人脈と金によって政府の規制を抑え込んできた。Wikipedia英語版Monsantoの項目には、「回転ドア」に該当する11人の氏名と経歴が掲載されている。
 モンサントはこういったやり方で、政治的な利益誘導を巧みに行いながら、農家に対しては厳しい監視をつづけてきた。それは、タネの特許を取ることによって、農家がモンサントからタネを毎年買うことを強いるものだ。この特許があまりに包括的で独占的だとしてEUで問題になっている。アメリカでは政治家が押さえられているから誰も異議をはさめないのだろう。おそろしいのはここからで、モンサントは農家がタネを自家採種して用いることを一切禁じている。つまり、農家が自分の農地でできた実(タネ)を次の年に取っておくことができないのだ。自家増殖は日本の種苗法改定でも同じように規制されるようになった。種苗法賛成論者はこうした規制は特定の登録品種に当てはまるだけで、一般農家には影響は少ないと主張するが、仕組みそのものはモンサントが要求してきたものと同じである。
 アメリカではこれについての裁判で、連邦最高裁は自家採種が特許を侵害しているとして、農家に対してモンサントへの賠償金の支払いを求めた(2013年)。なぜモンサントが勝ったのかは、『フード・インク』に解説がある。被告側は一農家であり、巨額の弁護士費用は支払えず、長期の裁判は難しい。対するモンサントは70名以上からなる弁護士集団を抱え、訴訟に備えていた。そのなかには、FDAや政府組織との間を行き来する回転ドアの「敏腕」弁護士たちが含まれている。勝ち目があるはずない。
 モンサントは、自家採種によってタネを買わずに使っている農家を徹底的に調べ上げる。個々の農家のタネ購入履歴をすべて把握しており、怪しいところには探偵が入って調査する。バレたら告訴だ。そして、翌年もタネを使えるように洗浄する機械を持っている洗浄業者も訴えられる。洗浄業者が廃業すると大豆などの自家採種による植付けは不可能になる。また、遺伝子組み換えタネを使わない農家に対しても、訴訟がなされてきた。穀物を作るところを想像すると分かるのだが、密閉された場所で栽培しているわけではないのだから、花粉が勝手に飛んできて、交配が進んでしまう。遺伝子組み換え作物を導入していない農家にとっては迷惑でしかない。だがモンサントはこれを、その農家の収穫物の遺伝子配列を調べることで、特許の侵害として訴えてきたのだ。カナダで起こされたこの種の訴訟で、モンサントは特許権を侵害されたと認められ、農家は賠償金の支払いを命じられた。
 こんな無茶苦茶なことが通るはずないのだが、これまで通ってきたのだ。その手段は、ロビー活動、弁護士集団、探偵、特許に関する法制度と認定で有利なルールを作ること、そして研究者を雇って自分たちに都合のいい報告書を書かせることである。フィクションでもここまでの話はないだろう。こんなことでは夜も眠れない。そこで何か朗報はないか探してみた。その後モンサントは、ラウンドアップの発がん性疑いで、多数の訴訟を抱えることになったようだ。すでに挙げたドキュメンタリー映画や訴訟の報道の影響もあり、モンサントのブランドイメージはどんどん悪くなった。
 最終的には「モンサント」の名前を捨てて2018年にドイツの製薬会社バイエルに買収された。バイエルは昨年、ラウンドアップをめぐる10万件の訴訟に1兆円あまりで和解したという。だがこれによってタネと除草剤の特許は守られ、商売のやり方も基本的には変わっていない。こんなやり方が認められ、国際支援のための機構やアメリカの貿易政策に沿うかたちで世界中に流通しているのが、いまの世界なのだ。
 アメリカ以外にインドやカナダなどでも、モンサントの遺伝子組み換え作物をめぐる特許権に関する訴訟が行われてきた。それらの判決はこれまでのところ、農業という営みが特別であることを認めず、タネを他の商品と同一視して特許権を広範囲に認定する傾向にある。農家は他の農家にタネを提供することだけでなく、自分の農場で採れたタネも用いることができない。勝手に飛んできた遺伝子組み換え作物に汚染されたタネを用いた農家が、特許権侵害で賠償請求される。ここでは農家の自立は一切認められていない。つまり農家は、タネを商品として売る巨大企業の下請け工場のような存在にさせられているということだ。
 ここで大きな役割を果たすのが特許である。そしてモンサントの特許を守ってきたのは、特許の基準を緩く設定する(つまりモンサントに有利になるように、限定的でなく一般的な規定にする)アメリカ政府の規制のあり方であり、有能で手慣れた弁護団、政府や研究者の取り込みと人事交流、巨額の資金、雇われた探偵、農家に密告を促す制度である。シヴァは『食糧テロリズム』で、このからくりの一部を描いている[※7]。

「自殺するタネ」を開発

 しかし、モンサントのような企業にとってみれば、探偵を雇ったり密告を促したり訴訟を起こしたりするのは農家への見せしめにはなっても、手間と費用がかかって面倒だ。そこで開発されたのが、「ターミネーター技術」「トレーター技術」である(アメリカ農務省とデルタ&パインランド社による共同開発)。ターミネーターのネーミングが誰によるものか知らないが(「実ができない」などを含めた一般的な技術の名称は「不稔化技術」)、これは二代目のタネが毒性を帯び、発芽しないようにする技術である。つまり「自殺するタネ」ということになる。これだと探偵を雇わなくても、農家は自家採種できないので毎年タネを買うしかなくなる。
 トレーター技術の方は、発芽や実りなどを遺伝子操作でブロックし、特定の薬剤(ブロック解除剤)を撒布しないと発芽しないようにする技術である。もちろん自社製品をセットで売るための技術だ。アメリカでは警察以上の監視網で農家に抜け駆けを許さないタネ会社も、他国では同じような監視と処罰ができないから、種子の遺伝子をいじれば手間が省けるという発想になったのだろう。農務省が開発に関わっているというアメリカの国を挙げての確信犯ぶりもおそろしい。ただし、開発側は意図せざるしかたで遺伝子組み換え作物が在来のものと交配しないことが目的だと主張している。つまり、交配を望まない非遺伝子組み換え農家のためになる技術ということらしい。探偵が不要になり、途上国でゲリラ的に販売外の遺伝子組み換えタネが用いられる現状に対処できることで得られる追加の利益は、副次効果だと言いたいのだろうか。
 これらはすべて、短期的には実に合理的という意味で、ホモ・エコノミクス的な話だ。ホモ・エコノミクスは長期的な社会的費用を考慮に入れないことで、自己利益の最大化を成り立たせる。これをアリストテレスが聞いたらどれだけ悲しむだろう。プーさんの目的論も吹っ飛ぶ神の領域にまで、バイオテクノロジーが手を伸ばしているのだから。ただし、この技術は反対が多く現在は商業利用を凍結されている。それでもいつどうなるか分からないので注視する必要がある。モンサントはターミネーター技術をアメリカ農務省と共同開発したデルタ&パインランド社を、2007年に買収した。
 ちなみに、遺伝子組み換え作物の特許侵害の調査で、モンサントの調査員が長年行ってきた、所有者に無断で農地に入り遺伝子組み換えの混入の証拠をつかんで巨額の賠償を要求することを禁じる2008年の「農民保護法」[※8]に署名したのは、カリフォルニア州知事時代のシュワルツェネッガーらしい。ターミネーターがターミネーター技術の会社から農民を守ったことになる。
 モンサントの話はきりがない。日本モンサントも地味に活動しているが、2017年に社長に就任した中井秀一はインタヴューに答えて「「植物バイオテクノロジー(遺伝子組換え技術)」に加え、「育種(品種改良)」「農業用生物製剤」「作物保護(化学農薬など)」「データサイエンス(精密農業)」、5つの技術を複合的に組み合わせた、いわば統合型農業」[※9]の推進を掲げている。普通に読めば普通だが、世界中でモンサントがやってきたことと、この人が「遺伝子組換え作物を日本国内の関係省庁に申請登録する業務に携わるバイオ規制・環境部」出身であることを合わせると、種苗法改定後に日本モンサントが何をやろうとしているのか、目を離してはならないと身が引き締まる思いだ。

「ヴァンダナ・シヴァ3」を読む

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※1 ミシェル・フーコー、慎改康之訳『生政治の誕生――コレージュ・ド・フランス講義1978―1979年度』筑摩書房、2008(1979年3月14日、3月21日の講義)、重田園江『フーコーの風向き――近代国家の系譜学』青土社、2020、第10章。
※2 こうしたプロセスが21世紀に入っていくつもの新しい流行病を生み出してきたことについて、ソニア・シャー『感染源――防御不能のパンデミックを追う』原書房、2017、マイク・デイヴィス『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』紀伊國屋書店、2006、Rob Wallace, Big Farms Make Big Flu: Dispatches on Influenza, Agribusiness, and the Nature of Science, Monthly Review Press, 2016を参照。これらの著書はいずれも新型コロナ流行以前に書かれたものだが、その出現に何の不思議もないことを、予言ではなく事実に基づいて指摘している。そして彼らが示した現在の畜産と森林破壊と単一栽培農業の展開は、同じような流行病がこれからもくり返し発生することを予測させる。環境改変を伴う工場型農業を転換しないかぎり、新たな病気の出現を食い止めることは難しい。また、アメリカではコロナ流行が中国への攻撃やアジア系住民差別につながったが、2009年に流行した新型(豚)インフルエンザと、日本でも1990年代以来くり返し流行している大腸菌O-157 の発祥地はおそらくアメリカ(およびアメリカ資本の精肉加工場を持つメキシコ)である。「スペイン風邪」と呼ばれる20世紀最大のインフルエンザも、アメリカ発祥の可能性が高いだけでなく、アメリカ軍兵士の移動とともに全世界で流行した(アルフレッド・クロスビー、西村秀一訳『史上最悪のインフルエンザ――忘れられたパンデミック』みすず書房、2009を参照)。
※3 宇沢弘文『自動車の社会的費用』岩波新書、1974、p.79—80
※4 マリー=モニク・ロバン、戸田清監修、村澤真保呂・上尾真道訳『モンサント――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業』作品社、2015
※5 ジョン・ミッチェル、阿部小涼訳『追跡・沖縄の枯れ葉剤』高文研、2014
※6 ミー・ドアン・タカサキ、内田正夫訳「ベトナムの枯れ葉剤/ダイオキシン問題—―解決の日はいつ」『東西南北』2006、p.206-222
https://www.wako.ac.jp/_static/page/university/images/_tz0619.141c380693553f16317d56e2c9f0bdce.pdf
※7 ヴァンダナ・シヴァ、浦本昌紀監訳『食糧テロリズム――多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか』明石書店、2006、第5—6章。
※8 議会法案AB541、条文
http://www.leginfo.ca.gov/pub/07-08/bill/asm/ab_0501-0550/ab_5
※9 J-CASTニュース「変化の時代にこそ「個人の成長」が不可欠 食糧安定供給と安全性への貢献を目指す日本モンサント」2017年4月28日
https://www.j-cast.com/trend/2017/04/28296818.html?p=all

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プロフィール
重田園江(おもだ・そのえ)

明治大学政治経済学部教授。1968年西宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本開発銀行へ入行、退職後、東京大学大学院総合文化研究科相関社会科学専攻博士後期課程単位取得満期退学。2005-07年ケンブリッジ大学客員研究員。2011年、『連帯の哲学Ⅰ――フランス社会連帯主義』で第28回渋沢・クローデル賞受賞。ほかの著書に『フーコーの穴――統計学と統治の現在』(木鐸社、2003年)、『統治の抗争史――フーコー講義1978-79』(勁草書房、2018)、『フーコーの風向き――近代国家の系譜学』(青土社、2020)など。

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