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「NHK出版新書を求めて」第5回 悪いとされているものの中にも、否定しきれないものがある――山本圭さん(政治思想研究者)の場合

各界で活躍する研究者や論者の方々はいま書店で、とくに「新書コーナー」の前で何を考え、どんな新書を選ぶのか? 毎回のゲストの方に書店の回り方、本の眺め方から現在の関心までをじっくりと伺う、NHK出版新書編集部の連載です。
第1回から読む方はこちらです。


今回はこの人!

山本圭(やまもと・けい)
1981年、京都府生まれ。立命館大学法学部准教授。名古屋大学大学院国際言語文化研究科単位取得退学。博士(学術)。岡山大学大学院教育学研究科専任講師などを経て、現職。専攻は、政治思想史、現代政治理論、民主主義論。 著書に『不審者のデモクラシー――ラクラウの政治思想』(岩波書店、2016年)、『アンタゴニズムス――ポピュリズム〈以後〉の民主主義』(共和国、2020年)、『現代民主主義――指導者論から熟議、ポピュリズムまで』(中公新書、2021年)、訳書に『現代革命の新たな考察』(エルネスト・ラクラウ著、法政大学出版局、2014年)、『左派ポピュリズムのために』(シャンタル・ムフ著、明石書店、2019年、共訳)など。

*   *   *

 今回は本連載初の京都出張で、丸善京都本店におじゃました。同行してくださったのは政治思想研究者の山本圭さん。民主主義、とりわけラディカル・デモクラシーや左派ポピュリズム論の専門家として知られる研究者だ。さぞかし、むつかしそうな本を読んでいるに違いない……、というのが事前の印象だが、果たしてどのような新書を選ぶのであろうか。

――こちら(丸善京都本店)に来るのは久しぶりですか?

山本 そうですね。もしかすると初めてだったかも。パンデミック以降、街に出ることがすっかりなくなってしまいました。専門書は専ら大学の生協で頼んだりすることが多いのですが、たまにこういう大きな書店に来ると、つい人文書と政治思想のあたりをうろうろしてしまいます。

――このあたりですね。

山本 最近は、民主主義関連の本がたくさん出てます。これは『アゲインスト・デモクラシー』(ジェイソン・ブレナン著、井上彰ほか訳、勁草書房)という邦題で、「民主主義をそれほど持ち上げるのってどうなんですか」という、ある意味で反時代的、挑発的な本なんですが、政治思想界隈の若手が多く翻訳チームに参加したこともあって話題になっています。僕の本も置いていただいてますね、よかった。
 
 それにしても、この規模の書店でも政治思想は棚一本分なんですね。哲学書や人文書は元気そうですが、もう、そういうことなんですよね……。政治思想が少ないというのは、いまの日本の状況を象徴しているような気がします。
 
 ここのところずっと英語で論文を書けというプレッシャーがだんだんと強まっています。日本語の単著は以前ほど評価されないというか。経済学の世界と比べると政治学業界はまだまだとはいえ、日本語の業績が評価されにくい空気になりつつあるのを感じます。ましてや編著のような10人ぐらいが寄稿する論文集がありますよね。以前ならその企画に参加して、自分の論文をそこに並べることにもう少しプライオリティがあったと思うんですけど、いまは書くネタがあるんだったら英語で出したい、という人も多いんじゃないかな。

――それは、研究者のみなさんにお会いしているとヒシヒシと感じます。

山本 そのせいか、論文集の価格もかなり上がっているように感じます。僕らが学生のときだったら2000円台で買えたような本が3500円とか、1.5倍から2倍くらいになっている。単行本の値段の高騰については、大学で教えていてもとても悩ましいところです。

 僕が教えている立命館大学の法学部は基本的に全員がゼミに所属するので、政治思想にそれほど興味のない学生がゼミに入ってくることもあります。そういう人に、いきなりハードカバーの『正義論』を買ってください! なんて言いづらい。そうなると、それこそ中公新書で『ジョン・ロールズ』といういい本が出ましたが、新書をみんなで読むという感じになってしまいます。もちろん新書もいいんですが、専門書のハードルが高くなったなと。

 あ、でもこれはとてもよかったですよ。哲学者の小泉義之さんの指導を受けた方々が中心となって編んだ論文集『狂気な倫理』。晃洋書房さんが出していて、意外と安い(笑)。2970円。

――どのあたりが良かったですか。

山本 「あとがき」が良かった(笑)。お弟子さんたちへの温かいまなざしみたいなものが伝わってきて、グッと来るものがありました。

●政治思想学者、絵本を選ぶ

――徐々に、新書棚へと移動していきましょうか。

山本 その前に、絵本も見ていいですか。いま、子どもがちいさいというのもあるんですけど、絵本って、じつはむちゃくちゃ売れてますよね。ロングセラー、ベストセラーとかが百刷とか平気で出しています(笑)。

 絵本って本当に選び方が分からないんですよ。何が子どもにとっておもしろいのか分からない。なので売れてるものが売れ続けるということなんでしょうか。

 ただ、うちの子はあまり絵本を読んでくれなくて……。最近は「エルデンリング」というゲームをやってるんですよ、2歳児で(笑)。実況動画も一緒に見ています。でも、たまには本も読んでほしいな、と。今日は京都府が5000円の図書カードを配ってくれたのでそれを使いたいと思います。NHK出版さんの絵本も置いてありますか?

――この辺りは全部NHK出版ですね。これは刀根里衣さんという1980年代生まれの方の絵本です。

山本 同世代じゃないですか。じゃあ、せっかくなのでそれにしましょう。

――え、いいんですか(笑)。

山本 どれを選べばいいかわからないので(笑)。『ぴっぽのたび』、これにします。

 そういえば、知り合いの絵本作家にひとり、舞鶴出身の井上奈奈さんという人がいて。確か高校も同じだったはず。井上さんと、地元・舞鶴の書店で機会があったら「絵本と政治」とかいって、イベントができるといいですねと言ってたんですよ。どういう切り口があるのかよくわからないですけど(笑)。

――何かありそうではありますね。

山本 そう、ありそうなんですよ。ありそうで、ない(笑)。いつか実現させたいんですけどね。

●新書棚へ

――では、あらためて新書棚へ行きましょう(笑)。10冊程度選んでいただけますか。

山本 自分の関心に近いものは大体はすでに買ってしまっているので、まだ持っていない本を選ぶのってけっこう難しい……。

 まずは気になっていた、中野敏男さんの『ヴェーバー入門』(ちくま新書)を。あとは、講談社で「現代新書100」というシリーズが最近出たので『ショーペンハウアー』を読んでみようかな、アーレントはやや食傷気味なので。

 アーレントの新書は、どのレーベルからも出てますよね。NHK出版新書はどうですか?

――うちでも仲正昌樹さんの『悪と全体主義』という本がありまして。メインタイトルに、アーレントと入っているわけではないのでわかりにくいですが。

山本 そうなんですね。あと、講談社現代新書つながりでこちらも。『農協の闇(くらやみ)』。農協ってよく聞きますし、あちこちでロゴも見かけますけど、実際どのような組織なのかちゃんと知らないので。「闇」のほうから入門します。あと、永井均さんの『〈子ども〉のための哲学』、これも選びます。

――ほかのレーベルからはどうですか。

山本 そういえば、清水晶子さんの『フェミニズムってなんですか?』はあるかな。買いたかったんです。

――文春新書ですね。……あれ? 在庫切れみたいです……。

山本 残念、買おうと心に決めてきたんですけど。諦めて、NHK出版新書を見ましょうか。

――ありがとうございます!

山本 『空想居酒屋』(NHK出版新書)ってどんな感じの本ですか。

――食エッセイですね。

山本 そういえば、前回の栗原康さんの回を読んできたんですよ。アナキストも肝臓の数値のことを気にするんだ、というのが意外でした(笑)。おすすめされていたノンアルの「龍馬1865」って、そんなにおいしいんですか? しかも、無添加だから飲めば飲むほど体にいいんだって栗原さんは言われてましたね(笑)。

――われわれはあの日以来「龍馬」ばっかりですね(笑)。

山本 『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)は、哲学対話みたいな感じでしょうか。これも読んでみましょう。『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)は、どうでした?

――山本七平賞の奨励賞をいただきました。あっという間に、残り3冊。決断が早いですね。

山本 もうそんなに。中公新書の『ジョン・ロールズ』は『正義論』だけじゃない幅広いロールズの話があってよかったんですが、持っているものは選べないし……。あ、『フランクリン・ローズヴェルト』にします。最近リーダーシップ論に興味があるので。

 それと、Yさんはお子さんお生まれになったんなら、松田道雄いいですよ。基本的に戦後民主主義的な育児本をたくさん書いてる人なんですけど、今にも通じるジェンダー的な視点もある。そういう意味では、松田道雄の本は一度、思想史の観点から評価し直してもよさそうです。といいつつ、代表作の一つ、『私は赤ちゃん』(岩波新書)をまだ読んでいないのでこれも選びます(笑)。

 あと、気になってたんです。三木那由他さんの『会話を哲学する』(光文社新書)。この帯を見るとほしくなっちゃいます。でもあと一冊か……。やっぱり、民主主義つながりで『22世紀の民主主義』(SB新書)にしておきます。すごく売れているのでわざわざ選ばなくてもいいかな、という気もしましたがせっかくの機会なので。
 こんなところでしょうか。

〈山本圭さんの選んだ本〉

・中野敏男『ヴェーバー入門――理解社会学の射程』(ちくま新書)
・永井均『〈子ども〉のための哲学』(講談社現代新書)
・梅田孝太『ショーペンハウアー――欲望にまみれた世界を生き抜く』(講談社現代新書)
・窪田新之助『農協の闇』(講談社現代新書)
・佐藤千登勢『フランクリン・ローズヴェルト――大恐慌と大戦に挑んだ指導者』(中公新書)
・松田道雄『私は赤ちゃん』(岩波新書)
・成田悠輔『22世紀の民主主義――選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SB新書)
・浜崎洋介『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)
・高橋昌一郎『実践・哲学ディベート――〈人生の選択〉を見極める』(NHK出版新書)
・島田雅彦『空想居酒屋』(NHK出版新書)

●民主主義論から育児本まで

――それでは、選んだ理由について一つずつお聞きしたいと思います。どれからいきましょうか。

山本 では、『22世紀の民主主義』からにしましょう。話題になっているので、おそらくみなさんご存じと思うんですけど、政治学者からのリアクションはまだあまりないようです。僕なんかは古代ギリシアとか、紀元前の時代から民主主義をうんぬんとやっている人間なので22世紀と言われてもあまりピンとこないのですが、AI民主主義論の動向は気にしているので、この機会に読んでみたいなと。僕の本も参考文献にあげてもらっているようです。

 かたや大ベテランの方ですが中野敏男さんの『ヴェーバー入門』。僕は学部時代に中野敏男さんの『大塚久雄と丸山眞男』(青土社)という本に深く感銘を受けたんですよね。「読む」というのはここまで読むということなのか、と。

 『ヴェーバー入門』は、野口雅弘『マックス・ウェーバー』(中公新書)と、今野元『マックス・ヴェーバー』(岩波新書)に少し遅れて刊行されたので、読むのが追いついていなかったんですよ。時間を見つけて、それぞれ比較しながら読んでみたいと思っています。

――次は、講談社現代新書の3冊を選びました。

山本 永井均さんの『翔太と猫のインサイトの夏休み』(ナカニシヤ出版)という本は、読まれたことありますか。哲学の入門書なんですが、言葉をしゃべる猫と男の子が登場して、子どものときに僕たちが抱いたような疑問――自分が見ていないときに、世界は存在してないんじゃないかとか、みんなが同じ緑だと言っている色は、じつはまったく違うものを指しているのではないかとか――そういう素朴な疑問から哲学へと誘ってくれるんです。思えば、この本をきっかけに哲学や思想に関心をもったような気もします。

 この新書も『〈子ども〉のための哲学』ということで、僕も読みたいと思いますが、自分の子どもが読んだらどういうリアクションをするのかなって。ナッジじゃないですけど、近くにポンとおいておくと、子どもが勝手に手に取って読み出すといいかな。うちの子は2歳なのでまだ早いんですが。

――よくわかる気がします。

山本 あと『ショーペンハウアー』。最近、自分もちょこちょこと嫉妬の本を準備しているんですが、ショーペンハウアーも嫉妬についていろんなことを言ってるんですよ。傑出した才能が出てくると、凡庸者はそれには沈黙して、しょーもない業績ばかりを持ち上げるんだとか、結構好き放題言っています。ただ、一番有名な『意志と表象としての世界』をなかなか読む時間がとれなくて彼の全体像をつかみ損ねていたので、ちょうどいいなと。 

――講談社「現代新書100」の一冊ですね。

山本 そうですね。どちらかというとなんでもかんでも薄く、短く……というのには抵抗を覚えてしまうほうではあるんですけど。いつか書くなら800ページくらいある本を、みたいな(笑)。

――薄くなって、値段もほぼそのままですよね。

山本 400円くらいとか、無理なんでしょうか(笑)。

 『農協の闇』は、純粋に好奇心からなんですが、あえて言えば、千葉大の水島治郎さんなんかがよく言ってることですけど、中間団体の存在感がだんだん弱くなっていて、それがポピュリズムが蔓延する一つの原因になっていると。そこで、中間団体を再生させなければならない、ということが言われるわけですけど、農協もその一つですよね。でも、既得権益だなんだってやたら評判が悪い。だったら、ちゃんと勉強しておこうかと。

 中間団体がどんどんなくなっていった結果、政治とか、市民社会とかが痩せ細っていくような現実があるとしたら、それをどのように乗り越えたらいいか。本書にその手がかりがあるのか、ないのかわかりませんが。

――山本さんも『現代民主主義』を出している中公新書からは、『フランクリン・ローズヴェルト』ですね。

山本 政治思想界隈でも、新自由主義をどう乗り越えるかというとき、しばしば取り上げられるのがローズヴェルトだったりして、いちど伝記を読みたいと思ってたんです。最近読んでいたマーサ・ヌスバウムの本でも、ローズヴェルトが高く評価されていました。

 あと、帯に「リーダーシップ」と書いてありますが、自分も最近リーダーシップ論というか、指導者論みたいなものも並行して研究しているので、その点からも手に取ってみたいなと思いました。

――岩波新書は『私は赤ちゃん』でした。

山本 僕、それこそ子どもが生まれたときに友人で教育哲学者の市川秀之さんに、育児書ってどれを買えばいいの? って聞いたんです。そしたら、松田道雄を紹介されて。『定本 育児の百科』という本が岩波文庫にあるんですよね、上・中・下と。50年ぐらい前の本なんで、意味あるのかなと思ってたんですが……、読ませる文章なんですよ、これがまた(笑)。

 神戸市外国語大学の山本昭宏さんの『戦後民主主義』(中公新書)という本があります。図書新聞の紙面で対談したのですが、山本さんは松田道雄を戦後民主主義思想として取り上げていました。ひょっとしたら教育論としては過去のものなのかもしれないけど、彼が同時代的に持っていた、さっき言ったジェンダーのことであるとか、家族観であるとか、そういった戦後民主主義的な側面を評価し直すというのは、ちょっと時間があったらやってみたいと思っています。

 いや、そんなことを言うやつが、代表作の『私は赤ちゃん』を持っていなかったら大問題なんですけど(笑)。ちなみにYさん、何か育児書って買われました?

――何を買ったらいいのか、ほんとにわからないんですよ。

山本 そう、そうなんですよ。そしたら、ぜひ松田道雄を(笑)。

――帰りに買っていこうと思います。

山本 残るはNHK出版さんの本なんですけど。『実践・哲学ディベート』は、ジャケ買いというかタイトルに惹かれました。高橋昌一郎さんは『フォン・ノイマンの哲学』(講談社現代新書)を読んで、とても面白かったんです。

 最近、哲学対話や哲学カフェというのが、わりと定着してきましたよね。怒られそうですが、個人的にはその流れについてはどうなのかなあと思っていて。ドゥルーズも言ってたように、「哲学者は議論しない。孤独の中で思考するんだ」って。

 ちょっと言い方が難しいんですけど、権威や対立のようなものを完全に否定した状況で、フラットに教育や学びというのは成立するのだろうか、と思うんです。ある種の縦関係や対立関係なんかが思考することには不可欠なのではないかと。これが哲学対話の本なのか、全然知らないで言ってるんですが(笑)、そういうことをこの本を読みつつ考えてみようかと。

――『小林秀雄の「人生」論』はどうでしょうか?

山本 友人の乙部延剛さんが『Stupidity in Politics』という英語の本を出していて、その中でドゥルーズやアーレント、カント、日本では小林秀雄について議論していまして。今度その本の合評会に呼ばれてしまって、コメンテーターで日本人は僕だけなので、おそらくコメントを求められているのは、小林秀雄の部分ではないかなと。

 とはいえ、小林秀雄をちゃんと勉強したことのない自分としては、どこから入門したらいいのかよくわからない。それでまんまと飛びついた、という感じでしょうか。

 「Stupidity」ってつまり「おろかさ」のことです。政治とおろかさって、一体何の本だ? って思いますよね。乙部さんの本は、人間のおろかさというのがデモクラシーという観点からすると、必ずしも否定したり排除すべきものじゃなくて、むしろデモクラシーの不可避の条件でもあるんじゃないか、という主張です。逆説的ですがとてもユニークです。

――山本さんが今度、嫉妬の本でしようとしていることに近そうな気がしました。

山本 そうかもしれません。一見、悪いとされているものの中に、どっこい否定しきれないものがあるんじゃないですか、というのは似ているのかなと。

 最後の『空想居酒屋』は、政治や思想にまったく関係なく、飲み屋に行きたいなあという気分で手を伸ばしました。パンデミックという意味でもそうなんですが、ちいさい子どもがいると、行ける店というか行けるかなと思える店がびっくりするくらい減るんですよ。もう少し大きくなれば選択肢も増えるでしょうか。まあいまでもゼミの飲み会とかに連れて行くこともあるんですが(笑)。今度京都にお越しの際はぜひ行きましょう(笑)。

――こちらこそ、よろしくお願いします! 今日はどうもありがとうございました。

(構成:編集部/2022年9月26日、丸善京都本店にて)

第6回へ続く
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