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「NHK出版新書を求めて」 第4回わたしはウンコになりたい 栗原康さん(アナキスト)の場合

本がひらく

各界で活躍する研究者や論者の方々はいま書店で、とくに「新書コーナー」の前で何を考え、どんな新書を選ぶのか? 毎回のゲストの方に書店の回り方、本の眺め方から現在の関心までをじっくりと伺う、NHK出版新書編集部の連載です。
第1回から読む方はこちらです。


今回はこの人!

栗原康(くりはら・やすし)
東北芸術工科大学非常勤講師。1979年埼玉県生まれ。専門はアナキズム研究。著書に『サボる哲学』(NHK出版新書)、『大杉栄伝~永遠のアナキズム』(角川ソフィア文庫)『はたらかないで、たらふく食べたい~「生の負債」からの解放宣言』(ちくま文庫)『村に火をつけ、白痴になれ~伊藤野枝伝』『アナキズム~一丸となってバラバラに生きろ』(岩波書店)『死してなお踊れ~一遍上人伝』(河出書房新社)など。

*   *   *

 本企画「NHK出版新書を求めて」は、気鋭の研究者の方と本屋さんへ行き、新書の棚から実際に10冊の本を選んでもらう企画である。

 今回ご一緒させていただくのは栗原康さん。アナキズムの研究者、かつご自身もアナキストであり、NHK出版新書で『サボる哲学』を上梓している他、『アナキスト本を読む』(新評論)などの著作では、そのあまりに多様な読書遍歴が注目されてきた。いったいどのような新書を選ぶのであろうか。

――普段本屋に来られるときは、回る順番は決めていますか?

栗原 ぜんぜん決めてないですね。だいたい友達と一緒にふらっと来ます。自分の目当ての本というよりも、友達が「これいいよ」と言った本を買ったり、買わなかったり。

――なるほど。では人文フロアの4階を見て回りましょうか。

栗原 お、白石嘉治さんの新刊、『青空と文字のあいだで』(新評論)。帯文を書かせていただいたのですが、これは最高の一冊。ぼくは本屋に来ると、友人の本を見つけて「いっぱい並んでる!」とか言って騒ぐことが多いです。

書店員 栗原さんの本もこちらにあります。白石さんとの共著『文明の恐怖に直面したら読む本』(ele-king books)もありますし。

栗原 名著です。白石さんとはまた対談本を出せたらいいなあ。あ、『眠られぬ労働者たち』(青土社)がある。これは労働運動研究者の入江公康さんの本で、学生時代にすごく影響をうけました。いわゆる労働運動の話もあるんですが、そこからちょっと脱線した話がたくさんはいっていて。たとえば、酒を飲みすぎた労働者が酔っ払いすぎて、体に震えをおこして、次の日から働けなくなるという「痙攣」。そういう話がもりだくさんで。まじめな話よりも、そういうほうが頭に残る。仲のよい友達としゃべっていても、ハマっているところが一緒なんですよね。「やっぱ痙攣だよね!」 って。

 そうそう、本と関係ないんですけど、二十年何年かぶりに健康診断に行ったら、ちょっと肝臓の数値が悪くて「節酒ね」と言われて。でもやっぱりビールの味が恋しくて、ありとあらゆるノンアルコールビールを調べていたら、「龍馬1865」が最強にうまいことを発見しました。しかも無添加だから体にいい。最近は狂ったように「龍馬1865」を飲んでいます。龍馬最高! と、その話をひさびさにお会いした友人のマニュエル・ヤンさんにしゃべったら、「ヤスシ! おれも龍馬だよ!」って。

――アナキストに人気なんですね。(笑)

栗原 かれは「今日も朝から飲んできたよ」って言ってました。「無添加だから飲めば飲むほど体にいいんだよ」とも(笑)。ぼくが狂ったように飲んだと思っていたのは、まだまだ狂ったうちにはいらないなと思いました。そして、そういう人だからこそ書けたのが、この『黙示のエチュード』(マニュエル・ヤン、新評論)。すばらしい本です。

 あ、アルフォンソ・リンギスの本もありますね。『変形する身体』。水声社の人類学者シリーズ《叢書 人類学の転回》はいいですよね。アナキズムって人類学の影響が強くて、最近だったらデヴィッド・グレーバーやジェームズ・スコットが有名ですが、じつは大杉栄も人類学の影響をうけています。そうそう、『一遍上人伝』を書いたときの種本はこのリンギスです。「臨終の喜び」という言葉を使っていて、一遍上人の踊り念仏に通じるところがあるんです。あ…、それは『汝の敵を愛せ』(洛北出版)のほうでした。

 おー、そして宗教コーナー。仏典の品揃えもすごいですね。ヤバい。漢字、漢字、漢字。こりゃ、読むのがたいへん。最近、出口なおが気になっていて。『大本神諭』も置いてありますね。なおは、言葉が光っているんですよ。 
「三千世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)の金神の世に成りたぞよ、梅で開いて松で治める神国の世になりたぞよ」。

――歌のようですね。

栗原 そうなんです。神がかりをおこして、いきなり叫び始めたという。こういうのを音読するのが好きなんです。

 最近、民衆宗教に興味があって。民衆が神がかりをおこして霊的になる。その瞬間って、みんな無敵になっているんですよね。天皇だとか神だとか言われているものにすら従わなくなる。あたりまえだと思っていた世界がバラバラと崩れて、別の世界を生きはじめる。そういう意味での、民衆の狂気っておもしろいなと思います。

 アナキストが「我知らず」といって、理由なしでうごきだしちゃう瞬間と、民間宗教が生まれる瞬間って、けっこう近いものがあると思うんですよね。もちろん、それがカッチリとした宗教になると、一方的に人が従わされるだけになるから、結局、ただの支配になってしまうんですけど。

◆ ウンコ上等、ウンコになりたい

――このあたりが文化人類学の棚ですかね。インゴルドの『ラインズ』(左右社)があります。『サボる哲学』にも引用されていましたよね。

栗原 『ラインズ』に書かれていることって本当にそうなんですよ。大学の授業で山形に行きはじめてから山伏の友達と知り合って、一緒に山菜採りにつれていってもらったりすると、見えている道がぼくたちと違うんです。なぜこんな斜面に山菜があるのか、ぼくらからするとわからない。しかも山にはいるまえ、車で街を走っているときから「今日の山菜はあのあたりにあるかも」と、なんとなく見えている。その時期の、花の咲き方なんかでわかるらしいです。

――すごい。

栗原 狩猟民といっしょですね。「兆候」を読んでいるんです。だから見えている線が違うんだなと思って。

 お、『人類堆肥化計画』(東千茅、創元社)という本がある。好きかも。ぼく、「ウンコ」好きなんですよ。ただ「ウンコ」と聞くだけでもなんかテンションが上がっちゃう(笑)。「クソ」には無用というか、役に立たないイメージがありますよね。社会の中で働かないというのも、そういうイメージでもあったりする。無用になりきるという意味でも、「俺はクソだぞ」と、言い切っていきたい。

 あとウンコをしたくて、でもトイレがなくて死ぬ! と思うときの、あの感覚も好きなんですよ(笑)。ぼくは若いころ、お酒を飲んでしょっちゅう終電を逃していて、2時間くらい歩かないと家に着かない。その帰り道、すごくお腹が痛くなって、周りにコンビニもなくて、苦しくて苦しくて、そういうときに、パッと墓地の横にある草むらが見えたんですよ。「ここだ!!!」 と。

――瞬時にそれが見えた(笑)

栗原 見えたんです(笑)

書店員 それも線じゃないですか!

栗原 はい。はっきりと線が見えました(笑)

◆ 新書棚へ

――では新書を10冊程度選んでいただきます。新刊の棚から見ましょうか。

栗原 では、まず『アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ』(集英社新書)。シーズン3までアニメを観たので気になっています。
 次は中公新書の『日本アニメ史』を。あ、酒井隆史さんの『ブルシット・ジョブの謎』(講談社現代新書)もある。すでにもっているので今回は選べませんが、しかしもう1年ぐらい経つのに、まだ新刊棚に置いてあるってすごいですね。

――新書のレーベルって普段意識しますか。

栗原 あんまり気にしてないですね。著者やテーマで選んでいます。あ、安丸良夫の『神々の明治維新』。これ、3回くらい失くしてるんです。そういう本ってけっこうありますよね。人にあげたり、どこかに置き忘れたりしちゃう。

 同じく岩波の『中国の隠者』も買います。以前、友人におススメされたんですよ。「サブタイトルが『乱世と知識人』、よくないっすか?」という感じで。

――『中国の隠者』は復刊なんですね。いつもと違って、古い本もセレクトしていただくというのはいいですね。

栗原 岩波はジュニア新書からも。岩波ジュニア新書って、しっかりした皆さんが書いてるからなんでしょうけど、異様に断定口調でいいんです(笑)。脚注はないけど、信じちゃうみたいな。そのジュニア新書から1冊、『フランス革命』を。

 中公新書の棚からは『中国哲学史』を。ちょっと分厚いですね。読めるかな。あ、ちくま新書の棚に重田園江さんの『ホモ・エコノミクス』もある。うーん、ちょっと難しそう。でも読んでみたいな。

――次はNHK出版新書の棚ですね。

栗原 けっこう持っているものが多いので、どうしよう。オードリー・タンのインタビューがでているんですね。『オードリー・タンが語るデジタル民主主義』。読んだことないから、買ってみようかな。

 白水社の文庫クセジュも気になるけど……新書ではないですね。形は新書ですけどね。学生時代はよくクセジュで勉強しました。

 隣の平凡社新書のコーナーを見てみましょうか。あ、『犬の伊勢参り』が。昔、読もうと思って読んでなかったんです。一時、すごい話題になりましたよね。

――面白かったです。

栗原 そうですか。ではそれを信じて。平凡社新書では『一遍と時宗の謎』もおもしろかったです。桜井哲夫さんという、フーコーを専門にやっている哲学者の方なんですけど、お寺の住職もされているのかな。たしか時宗なんですよ。『一遍上人伝』を書くときに、めっちゃ参考にしました。

――残り1冊です。

栗原 あっ、欲しい本が思い浮かんだ。比嘉なんとかさんで、(沖縄の祭祀の)イザイホーを扱った新書で。

――(ネットで検索)あ、これですね。集英社新書の『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』。絶版になっていなければいいですけど……。

栗原 ちょっと古いですか?

――あった!

栗原 おお、ありがとうございます!

――これ、通巻番号34番ですよ。集英社新書が創刊して本当に間もなくの頃の本ですね。絶版になってないということは、売れ続けてるんでしょうか。

書店員 本当に良かったです。在庫があって。ひやひやしました。

――池袋本店さんじゃないとなかったんじゃないかっていう。

栗原 ここじゃなかったら、なかったですよね。ジュンク、サイコー!

〈栗原康さんの選んだ本〉

中川裕『アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ』(集英社新書)
安丸良夫『神々の明治維新』(岩波新書)
富士正晴『中国の隠者』(岩波新書)
津堅信之『日本アニメ史』(中公新書)
中島隆博『中国哲学史』(中公新書)
重田園江『ホモ・エコノミクス』(ちくま新書)
大野和基『オードリー・タンが語るデジタル民主主義』(NHK出版新書)
仁科邦男『犬の伊勢参り』(平凡社新書)
遅塚 忠躬『フランス革命――歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書)
比嘉康雄『日本の魂の原郷 沖縄久高島』(集英社新書)

◆ 儒教の神髄には狂気がある

――それでは選んでいただいた本についてお話いただければと。最初に『アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ』を選んでましたね。

栗原 これは単に『ゴールデンカムイ』のアニメにハマっていたからです。いまシーズン3が終わったので、続きを漫画で読むかどうか悩んでいるところですが、漫画の最終回をめぐってアイヌの描き方について批判もあったようですよね。だからアイヌ文化とゴールデンカムイを論じているのか、読んでみたいなと思い選びました。

『ゴールデンカムイ』は、アナキストとしても注目すべきところがいくつかあります。例えば、ロシアにいったときのはなしでナロードニキがでてきたり、あきらかにソフィア・ペロフスカヤをモチーフにした人物が登場する。かの女はアレクサンドル2世暗殺したニヒリストで、日本では幸德秋水が大好きで紹介しています。そういう人物がでてると「ソフィア!ソフィア!」とめっちゃテンションがあがってしまう。

 まだ途中までしか話を知らないんですが、自分のなかでは、北海道で主人公がアイヌ解放を掲げてゲリラ戦を展開し、和人どもと闘って敗北。その後、東京に潜伏して「幸德さん、管野さん、一緒にやりましょう!」と。最終的には「打倒天皇制!」みたいな感じになれば、おもしろいんじゃないかと勝手に思ってます。これから明治期のアナキストたちと合流するんですよ。爆弾を手にした若者が「おれが不死身の杉元じゃあ!」って叫びながら走ってゆく。わくわくしますね。

――と、栗原さんは予想していると。アニメと言えば『日本アニメ史』を選ばれてましたね。

栗原 じつは、こういう「なんとか史」と付いてるやつを買っても、全部読めたことがないんですよ。教科書っぽくなっちゃって。だからちょっと買ってみて、自分のなかの例外がつくれたらいいなと期待感も持っています。

 漫画といえば、ぼくは『キャプテン』という野球マンガが好きなんですよ。『ドカベン』と同じ時期なんですが、怪物的な人物は一人も出てこなくて、主人公が超野球が下手なんですけど……(以下、怒涛の『キャプテン』の解説)……で、ピッチャーが一人しかいないのに、相手のチームは最後、ファールカットしてピッチャーを潰そうとするんですよ!

――『キャプテン』の話が花開きすぎちゃいましたね(笑)。

栗原 『キャプテン』もアニメ化されているので、この本に出てきたらいいなと思います。出てこないかもしれませんが(笑)

――では次に『中国の隠者――乱世と知識人』を。

栗原 中国の思想に関心がありまして。いま、幸德秋水というアナキストの評伝を書いているんですけど、孟子や荘子からの影響が強いんですよ。だから最近は孟子や荘子ばっかり読んでいます。

 実際に諸子百家が活躍したのは、春秋戦国時代で中国が激動の時期なんです。その中の知識人で狂ったことをやっている人って、もう本当に狂っている。孔子の周りにいた人もチンピラみたいなヤツらばっかりですし。

 あと「隠者」というのがいいですよね。現代でも隠者でありたいじゃないですか。「働かない」という思想も、ある種の隠者思想でもあったりすると思うので。さきほどウンコの話をしましたが、ぼくはいつも「世の中のウンコでありたい」と考えているんです。世の中の当たり前や、こうあるべき、役に立つ、というところからズレていきたい。圧倒的に無用でありたいというか。2000年以上前に隠者であろうとした人たちが、参考にならないわけがないと思うので、ちょっと読んでみたいです。

――『中国哲学史』も選ばれていますね。

栗原 これも同じような関心です。解説書的なもので、しかも西洋思想との比較もしていると。こういう本は手元に一冊置いてあると役に立ちますよね。

 そうそう、孟子も狂っていると思います。幸徳秋水は孟子の「仁」からものを考えていくんですけど、きほん無償性の話なんです。いちばん有名な例が、よちよち歩きの赤ちゃんが井戸に落ちそうになったら、人ってわが身をかえりみずパッと救っちゃうでしょうと。そのときお金が貰えるからとか、名家と知り合いになれるかもしれないとか、見返りをもとめて動く人はいませんよね。無償の心でフッと動いてしまうのだと書いている。それが孟子の「仁」です。アナキズムの「相互扶助」にもつうじている。

 しかも、このたすけあいは同時に”決起”の思想でもあって「うちの殿様、なんかヤバいぞ、民が苦しめられている」と思ったら、わが身かえりみずに殺しにかかる。すべては民草のために。だから維新の志士でも孟子を好きな人は多い。吉田松陰も孟子の研究者でした。孟子には人助けの優しいイメージと、とつぜん刀をぬく荒々しさと両方がある。儒教の神髄には狂気がありますね。

――このお話は『神々の明治維新』ともつながりますね。

栗原 この本では「廃仏毀釈」を扱っています。ぼくは非常勤講師の仕事で、山形にいっているんですけど、四国と並んで廃仏毀釈が激しかったところなんですよ。神仏習合の聖地だったので。なので山伏の友達に案内してもらって寺をみにいったら、仏像の首や腕がのきなみ落ちているんです。くっついているやつも、あとからくっつけた跡がはっきりみえます。すごく激しかったんだなと感じる。明治時代、近代国家を立ち上げていくために神道で神を一本化しようと、民衆の信仰をぶち壊していくわけじゃないですか。そういうのを描いたよい本です。

――これはもうお読みになられた本ですよね。

栗原 なんども失くしちゃっていますけどね。ちゃんと毎回手元に置こうと思いつつ、なんかなくなるんですよね。嫌われてるのかな。

 著者の安丸良夫さんは民衆史の有名な歴史学者で、『出口なお』(岩波現代文庫)も書かれている。ぼくも何回かお会いしたことがあるんですけど。そうそう、昔、安丸さんと喫茶店に行ったとき、暑かったからビールを注文したら、「君はそんなところでアウトローぶりたいのかね」と絡まれました(笑)。ただ飲みたかっただけなんですけどね。おもしろい、やさぐれたおじいちゃんでした。

◆ お伊勢参りはストライキ

――次は『フランス革命』ですね。岩波ジュニア新書から選んでいただきました。

栗原 岩波ジュニア新書ってけっこう好きで、いい本が多いんですよ。それこそ『サボる哲学』で奴隷貿易に触れましたけど、川北稔さんの『砂糖の世界史』もすごくいい本。知らない分野について、ジュニア新書で読んで勉強することも多いです。

 いまぼくは大学で世界史の授業も担当していて、フランス革命にも触れるんですが、それこそ民衆史が好きなので、授業ではジョルジュ・ルフェーブルの『革命的群衆』を紹介します。民衆がどうやって暴動を起こしたのか。夜な夜な農村で集まって、街で仕入れた情報を話し合うんですが、だんだん誇張されて、それがだんだんすごい勢いになっていく。「革命は夜の集いで起こる」とか書いてあって「ウォー、これか、これが革命の精神か! すげぇ!」と思うんですね。

 授業ではそっちがメインで、あとはフランス革命の背後にあった、ハイチ革命について『ブラック・ジャコバン』(ジェームズC.L.R、大村書店)を紹介して、「これが真の意味でのフランス革命じゃあ!」と。ぼくからするとド直球なんですが、ある意味、ずっと裏側からフランス革命をあつかっていたので、いわゆるフランス革命について、あらためて岩波ジュニア新書で勉強してみたいなと。

――次は『犬の伊勢参り』を。

栗原 目についたので選びました。一時期話題になっていましたよね。買おうと思っていて、買い逃してしまったので、せっかくだから買っちゃえと。『死してなお踊れ 一遍上人伝』を書いて以来、踊りに関心があるんですよね。

 踊り念仏や、お伊勢参り、おかげ参りもそうですが、あれは完全にストライキです。集団で労働を拒否していく。江戸時代のおかげ参りになると、江戸の町民の何割かが働かなかったみたいですし。江戸時代の民衆は、権力に対するカウンターとして、そうしたお伊勢参りやおかげ参りを行っていたのではないかなと。しかも、そこに犬がでてくるのがまたいいですよね。

「はじめに」をちょっと読むと、「田沼意次の頃、犬が突然お伊勢参りを始めた」と書いてありますね。純粋に楽しみです。

――次はちくま新書の『ホモ・エコノミクス』を。

栗原 大学院時代に重田さんの『フーコーの穴』(木鐸社)を読んで勉強をした記憶があるんですよ。
 そして、気づいたらNHK出版のサイトで重田さんが「シン・アナキズム」という連載をしていて、本を出されると。重田さんがアナキズムをどういうふうに書くかが楽しみですし、その予習も兼ねて重田さんが最近どういう本を書いているのか、読んでみたいなと。

――重田さんの新刊は、今年の末か来年の頭を目指して準備していると聞きました。

栗原 アナキズム、バンザイ!

◆「この世」と「あの世」のはざまを目がけて

――次にNHK出版新書から『オードリー・タンが語るデジタル民主主義』ですね。

栗原 オードリー・タンにはあまり関心がなかったんですが、本人がアナキストを名乗っていると聞いていて。自分じゃ買わないかもしれないからありがたいです。ぼくとしては「監視されるのは嫌だ! 」と思うタイプなのですが、日本ではありがたくも、ココロ……じゃなくて、なんでしたっけ?

――COCOA(新型コロナウイルス接触確認アプリ)ですかね。

栗原 そう、あれが技術的にクソだったんで、ぜんぜん普及しなくてよかった。でももしオードリー・タンみたいなデキる人が日本にいたら、「この人なら信用できるっしょ」と、ああした技術がすーっと通っていくと思うんです。

『幸福な監視社会中国』(梶谷懐、高口康太、NHK出版新書)のように、中国みたいになると怖いですよね。どこでどう評価されているかわからないから、気づくと自発的にこちらから従ってしまう。ある種のハイパー・パノプティコン、デジタル監視国家が完成してしまう。特にコロナのようなパンデミックがつづくと、そういう流れが加速していくと思うので、そのあたりをきっちり批判していきたいです。

 もう一方で、「デジタル民主主義」は言葉としてもよさそうにきこえますよね。オードリー・タンもいい人そうだし。国家が上から監視するのではなく、みんなに開かれた民主的な方法で監視していくのだと。でもそっちの方がこわくないですか。みんなで話しあってみんなで決めたことなら、みんな従いますよねと。それ、純然たる支配じゃないですか。と、思っているんですけど、オードリー・タンが言っていることを読まずに批判するのもよくないので、まずは読んでみたいなと。

 ちなみに、ぼくはデジタル監視国家に対して「中国の隠者」でありたいです。「まず、隠れなきゃ」と思っています。

――最後の本は『日本の最後の原郷 沖縄久高島』です。この本でテーマになっているイザイホーというのは、現地のお祭りの名前らしいですね。

栗原 そうなんです。3年ぐらい前に沖縄の久高島へ行ってきました。久高島は、ここから神が降臨して、沖縄の歴史が始まったと言われる場所でもあるし、折口信夫なんかも興味を持っていたようですね。

 イザイホーは久高島の伝統的な祭で、久高島で島をでてない女性が巫女になって、その巫女さんたちが集団で踊り狂う。「エーファ、エーファ、エーファ、エーファ、エーファ、エーファ」と。

――映像を見たんですか。

栗原 久高島の交流館に泊まったら、そこのお兄ちゃんがDVDがいっぱいあるから観ますか? と見せてくれた。12年に1度しかやらないようなんですが、90年ごろにやろうとしたら、若いひとは多くが本島にでちゃって、巫女になれる女性がいなくなっちゃったと。そこで終わっちゃったみたいです。いままた復活させようとする動きはあるみたいですけど。

 日本の神話に「常世信仰」というものがありますよね。海の向こうから船がやってきて、現世ではあり得ないような富がもたらされる。いまここに、この世とあの世の「はざま」があらわれる。沖縄だと「ニライカナイ」とよばれていますが、そこにいちばん近いのが久高島といわれています。

 アナキストには、死んでからが勝負みたいなところがあります。シャカリキになって生きようとして、生命の炎を燃やしすぎて、ハイスピードで死にむかって突っこんでいく。だけど速くうごきすぎて、気づいたら死をとおりこしちゃっている。それでしょうがないから、またゼロから生きなおす。「あ、死ぬかもしれない。まあいっか、ヒャッハー」というノリでうごいちゃう感じですね。

 たぶん踊りにも、おなじようなところがあるんじゃないかな。集団でトランス状態になって、生きているのか死んでいるのかわからなくなる。生死を飛び越えていく。さきほど話した「臨終の喜び」みたいな話ですね。

 一遍上人は、踊り念仏で120日間、朝から晩までぶっとおしで踊っていました。ほんとに死んじゃった人もいるんですけど、体力の限界を超えて「あゝ、死んだ!」みたいな瞬間に、自分が違う何かになる。武士としてこうあるべき、農民としてこうあるべき、というのがぜんぶ振り払われてゼロになっていく。イザイホーもふくめて、集団の踊りにはつねにそういう臨終の喜びがあるのではないかと思っています。うーん。しゃべっていたら、なんか盆踊りにいきたくなってきました。

 なんか色々話しちゃいましたけど、今日は10冊も本が買えてよかったです。ありがとうございました。

――こちらこそ暑い中、楽しいお話をありがとうございました。暑いですから、ビールでも飲みにいきますか。話の続きはそちらで(笑)。

栗原 ぜひ!

(構成:山本ぽてと/2022年6月27日、ジュンク堂書店池袋本店にて)

第5回へ続く
一つ前を読む

プロフィール
山本ぽてと(やまもと・ぽてと)

1991年沖縄県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社シノドスに入社。退社後、フリーライターとして活動中。企画・構成に飯田泰之『経済学講義』(ちくま新書)など。

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