「NHK出版新書を求めて」第1回 新書は社会を映す窓――吉川浩満さん(文筆家・編集者)の場合
今回はこの人!
吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
文筆家、編集者。1972年3月、鳥取県米子市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーなどを経て、晶文社。著書に『理不尽な進化 増補新版』(ちくま文庫)、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社)ほか。文筆家・山本貴光氏とのユニット「哲学の劇場」ではYouTuberとしても活躍中。
* * *
12月23日、快晴。冬らしい寒さであるが、太陽の暖かさを感じる日であった。ジュンク堂書店池袋本店のビルの壁面ガラスはまぶしく反射し、目が痛いくらいだ。
この「NHK出版新書を求めて」という企画は、毎回本好きの方や研究者の方を書店までお連れして、新書の棚の中から読みたい本を選んでもらうものだ。その人なりの書店の使い方を聞くとともに、新書棚から実際に買い物している様子を見せてもらう。
今回、一緒に書店を回ったのは文筆家で編集者の吉川浩満さん。博覧強記の読書家である。いったいどのように本を選ぶのだろうか。吉川さんは重たそうなリュックを背負ってあらわれた。着ているパーカーには「NO COMMENT」とプリントされている。
――今日はよろしくお願いします。池袋のジュンク堂書店にはにはよく来られますか?
吉川 時間さえあれば池袋のジュンク堂書店に行きたいなといつも思ってます。とにかく点数が多いのがいいですよね。本の陳列方法とか、いろいろと工夫されてるのも知ってはいるんですが、点数が多いのがすばらしい。
――いつもどのあたりから回っていますか?
吉川 単純です。一番上から下に降りていきます。まずエレベーターで最上階へ。
――なるほど、9階から。
吉川 はい。行ったり来たりが面倒なので。
(エレベーターで9階へ)
――9階は「芸術・洋書」フロアですね。
吉川 まず洋書を。未邦訳書のチェックのために「ポピュラー・サイエンス」の棚を見ます。こういった洋書の情報は、ネットで手に入れることが多いのですが、やはり書店にくると、あっ、という発見があっていいんですよ。例えば、ほら、ユヴァル・ノア・ハラリの『Money』という本が出ている。ぜんぜん知らなかった。
9階にはエレベーターで直行しましたが、下階へはエスカレーターで1階ずつ降りていきます。特に必ず寄るのは7階の生物学、5階の社会科学、4階の人文書のコーナー。今日の本丸は新書なので、ちょっと駆け足でいきますか。
――ありがとうございます。
吉川 あ、5階にちょっと寄ってもいいですか。「ビジネス・法律・経済」のフロア。いま朝日カルチャーセンター新宿教室で酒井泰斗さんと「非哲学者による非哲学者のための(非)哲学の講義」という講座をやっていて、そこで自己啓発書を扱っているので関連の棚をチェックしておきたい。
ついでに話題の新刊の棚も……。青土社さんから出ている『犬神家の戸籍』(遠藤正敬著)、同じ著者の『戸籍と無戸籍』(人文書院)が気になりますね。
では、4階に行きましょうか。いつもは4階で長い時間を過ごしています。池袋ジュンク堂のなにがいいって、新しく出た本だけではなく、古い本もずっと置いてくれるところです。これだけ置いていてくれれば、その時によって見つかる本が違うんです。
私が大学に入学して本を読み始めたのは1990年ごろで、それ以降に出た自分の関心に合いそうな本はだいたい頭に入れているつもりなんですけど、それより以前の本だと把握できていないものも多くて。あっ、こんな本あったの? といまさら気づくものもあります。例えば「ポスト構造主義」の棚には、今はなき哲学書房の本もあったりします。1992年の本。こうした古い本もちゃんと置いているので、図書館のように使える場所でもある。
――あ、ここには哲学の劇場(吉川さんと山本貴光さんのユニット)の色紙が置いてありますね。
吉川 以前こちらでイベントをさせてもらったときに書いたのかも。
――いい言葉ですね。
吉川 じつは私たちが考えたわけではなく、武者小路実篤が書いた色紙を真似しただけなんですけどね。でも、書店にずっと貼っておいてほしいメッセージですよね。
――この階は常にチェックしていると。
吉川 はい。時間があれば全部の棚を見ます。
◇
――それでは、新書がある3階へ行きましょうか。
吉川 今回は寄るタイミングがありませんでしたが、どの書店に行ってもレジ前のコーナーをご覧になることをおすすめします。その書店の「推し」がわかるから。これだけはお伝えしておきたいと思います。
――ありがとうございます。新書のコーナーですが、どこから見ますか。ここは正直に。
吉川 はい……。岩波、中公、ちくま、講談社の新書ですね。あとは岩波ジュニア新書とブルーバックスを。
――では買っていただければ。10冊分程度の予算でお願いします。
吉川 わかりました。ではまずは岩波から。
――今、気がついたのですが、この企画、そもそも欲しい本は皆さん購入されているのだという矛盾に気がつきました。しかし書店での意外な出会いはありますからね。
吉川 そうですね。ほぼ持っているなと思いつつ。あ、『岩波新書解説総目録1938-2019』はいいですね。じつはこの本、デジタルデータ化してしまったんですけど、でもこういうのって、紙でパッと開きたいですよね。2冊目をここで買わせてもらいましょう。
――次は中公新書ですか。やはり歴史の本がプッシュされている。
吉川 気になるけど買ってなかったのが伊藤俊一『荘園』。あと、面出しされている『蒙古襲来と神風』も気になるな。2017年の刊行でしたか。あのとき(蒙古襲来時)に吹いたという神風は20世紀の日本に深刻な影響をもたらしてしまいましたね……。迷いますが、『荘園』はいま十分に注目されているということで、書店で出会った本として『蒙古襲来と神風』を。
――次は講談社現代新書を。
吉川 ここも持っている本が多いな。あ、池上彰さんと佐藤優さんの『激動 日本左翼史』にします。これ読みたかったんです。新刊の吉増剛造さんの『詩とは何か』や、久しぶりに目にした『タテ社会の人間関係』(中根千枝)も気になるけど……。
――今度は、ちくま新書の棚ですね。
吉川 ちくまと言えば入門書ですよね。この『教養としての仏教思想史』は、ザ・ちくま新書。中公新書の場合、ひとつの歴史のトピックで1冊という感じですが、ちくま新書の場合はジャンルの入門書が昔から強いように思います。
ちくまプリマー新書も見たいと思います。将基面貴巳『従順さのどこがいけないのか』にしようかな。本田由紀『「日本」ってどんな国?』もいいですね。ちょっと待って……この本はKindleで買った気もしてきたけど、まあいいや。これを買います。
岩波ジュニア新書も見てみましょうか。宮武久佳『自分を変えたい』か。朝カルでの自己啓発の講座の参考になるかもしれないな。あと、大学で新入学生向けの授業をしているので、その役にも立つかも。これはたぶん書店に来ないと手にとらなかった本ですね。タイトルの文字列だけを見てもピンとこないけど、こうやって岩波ジュニア新書の棚で見ると、学生さんたちの「自分を変えたい」と言いたげな顔が次々と浮かんできました。
――次は集英社新書でしょうか。
吉川 あ、インターナショナル新書から、町山智浩さんの新刊が出ている。『それでも映画は「格差」を描く』。このシリーズはよく読んでいて、Netflixで映画を見るときのガイドにしています。次はNHK出版新書の棚に行きましょうか。
――ついに!
吉川 どうしようかな……。栗原康さんの『サボる哲学』は持っていますし。岡本裕一朗『ポスト・ヒューマニズム』も買いました。岡本さんの本はたぶん全部もってます。
お、半藤一利、加藤陽子、保阪正康編著『太平洋戦争への道』、これは気になってたけど、買ってませんでした。
あと、浜崎洋介さんが『小林秀雄の「人生」論』という本を出している。これも気になるな。正直な好みの問題として、小林秀雄? という感じはあるんですけど、浜崎さんが書いたなら読んでみようかな。
いかがでしょう。こんな感じで。ちょっとプリマー新書だけ贔屓しちゃっているかも。あ、ハラリの『Money』を含めていいですか? 11冊になっちゃいましたけど……。
吉川浩満の選ぶ11冊
――本を選んでいただきましたが、一冊ずつ選んだ理由についてお聞きしてもいいでしょうか。
吉川 私が選んだのはこの11冊です(※あろうことかブルーバックスの購入を失念してしまいました。伏してお詫び申し上げます)。
・岩波新書編集部編『岩波新書解説総目録 1938-2019』(岩波新書)
・Yuval Noah Harari『Money』(Vintage Classics)
・服部英雄『蒙古襲来と神風 中世の対外戦争の真実』 (中公新書)
・木村清孝『教養としての仏教思想史』(ちくま新書)
・池上彰、佐藤優『激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972』(講談社現代新書)
・町山智浩『「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く』(インターナショナル新書)
・将基面貴巳『従順さのどこがいけないのか』(ちくまプリマー新書)
・「日本」ってどんな国? ――国際比較データで社会が見えてくる』((ちくまプリマー新書)
・宮武久佳『自分を変えたい 殻を破るためのヒント』(岩波ジュニア新書)
・半藤一利、加藤陽子、保阪正康編『太平洋戦争への道 1931-1941』 (NHK出版新書)
・浜崎洋介『小林秀雄の「人生」論 』(NHK出版新書)
――まず『岩波新書解説総目録』を手に取っていましたね。
吉川 愛読書なんですが、スペースの節約のために本を自分でPDF化しちゃうことが多くて。この本もそうだったのですが、やはり本棚に紙でほしいと思ってもう一度買いました。ちなみに、私が最近購入する本の1~2割は、「PDFにしたけど、やっぱり紙でもほしい」という理由からの買いなおしです……。
新書は、「現代人の現代的教養」と呼ばれることがあるように、その時々の流行テーマを扱うことが多いので、この目録を見ると、当時の人々がどんなことに興味を持っていたのかを垣間見ることができると思います。それぞれの本について解説が5行ずつ付いているんですけど、それだけで十分に興味深い。
――『現代支那論』なんてタイトルの本が。
吉川 ええ。戦前の本ですね。1938年からの目録なので、戦時中の新書のタイトルも載っている。おもしろい読み物だと思います。一家に一冊という本ですね。
――私も買って帰ろう。
吉川 ぜひ。次は洋書コーナーで見つけたハラリの『Money』。番外編ですが、ちょうど新書と同じ大きさなので(笑)。私は勝手にハラリのことはなんでも知っていると思っていたんですけど、書店に来てみると、知らない本に出会うことができるなと。その一例です。とはいえ……(ページをめくりながら)これは既刊書からお金に関する記述を抜き出して編集した本のようですね。企画物っぽい。
――中公新書からは『蒙古襲来と神風』を選んでいましたね。
吉川 最近の中公では、歴史のワントピックものの大ヒットが連発しています。その中から、4年前に出ていたけれど、見逃してしまっていた本を。こうやって改めてタイトルを見ると、なぜいままで読んでこなかったのか。読まなければいけない本のように思えます。「神風」という言葉がどれだけわれわれの心を縛ってきたのかがわかる。これも書店に来ることの効用ですね。いま売れていて話題になっている本だけではなく、少し前の本に出会えるのも書店のよいところですね。
ちくま新書からは、ちくまらしい一冊として『教養としての仏教思想史』を。「決定版仏教思想史」と書かれていたので、買うしかないでしょう。こういうのは袖に書いてある類書をチェックするのも楽しくてですね。次の本を買う参考になります。あ、碧海寿広さんの『入門 近代仏教思想』なんて本が出ているのか。あとでまた買いに行こうかな……。
講談社新書からは池上彰・佐藤優『日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972』を。これはシリーズもので、『日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960』を読んでいたので、「続編が出たなら買わなくちゃ」という、超普通の理由で選びました。気になっていた新刊です。
同じようにシリーズ単位で楽しみにしているのは、町山智浩さんの「『最先端』の映画を読む」シリーズ。今日はその最新刊である『それでも映画は「格差」を描く』を選びました。映画を見るときの参考にしています。
――ジュニア向けの新書も買われていましたね。
吉川 そうです。ヤングアダルト向けの新書は侮れません。特にちくまプリマー新書と岩波ジュニア新書は、毎月何が出るのか楽しみにしているレーベルです。
ちくまプリマー新書からは、まず『従順さのどこがいけないのか』を。この方が以前書いていた『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房)がすごくいいなと思いまして。愛国という概念をナショナリズム的パトリオティズムと共和主義的パトリオティズムに分け、そのうえで後者の意義について分かりやすく解説していた。この本でも、子どもにもわかるような例から、政治思想に入門できるようになっているんじゃないかな。
もうひとつは『「日本」ってどんな国?』。同じくちくまプリマー新書から出ている筒井淳也さんの『社会を知るために』もそうですが、大人にとってもためになりそうですね。各種データを用いて大きな見通しを与えてくれる本です。もちろん10代の若者が読んでもおもしろいと思うんですが、大人になってくると人生経験に照らし合わせて考えられることも増えてくるので、よりおもしろく感じるんじゃないかなと思います。
岩波ジュニア新書の『自分を変えたい』は、大学で新入学生を教えていることもあって、こういう生き方系の本がどういう語り口を採用しているのか勉強したいなと思い選びました。中高生向けではありますが、大学生の話や就活の話も出てきますし、会社員になったばかりの若者もカバーしていますね。
――そしてNHK出版新書からは2冊選んでいただきました。
吉川 『小林秀雄の「人生」論』は、おやっと思った本です。私個人としては小林秀雄にはそんなに興味がないのですが、この著者だったら読んでみたいと。政治状況がきな臭くなっている今、小林秀雄への注目度が増しているのかな。
もうひとつは、『太平洋戦争への道』。加藤陽子先生を尊敬しているので買いました。じゃあなんでいままで買ってなかったんだと言われそうですが、正直なところ、読まなきゃ読まなきゃと思いつつも、ちょっと気が重くて。大事なことは分かっているのですが読むのを避けてきました。このテーマは読むだけでも相当なエネルギーが必要ですから。だけど実際に本屋で、物質として出会い直して、やっぱり手に取ってみようかなと、ハードルがぐっと下がりました。
あと、しょうもないことを言って恐縮ですが、ここのところ帯の巨大な顔写真がずいぶん増えましたね。いかがなものかと思わないでもないですが、アテンションを引かれることは認めざるを得ない。当然といえば当然で、われわれの認知機能にとって顔は特別な存在ですからね……。
買い物を終えて
――今日、書店を回っていただきました。どうでしたか。
吉川 コロナ以降、書店の意義をいっそう強く実感するようになりました。これは言い方が難しいんですけれど、われわれは「自分で本を選ぶ」のが当然だと思っています。それはそれで当然の思いなしなんですが、でも、現に書店に足を運ぶと、意外なところから意外な本が目に飛び込んできて、ちょっと気取った言い方をすれば、「本に選ばれる」みたいなことがしばしば生じる。もちろん、そういうセレンディピティはネットでもメタバースでも生じうることではあるんですが、現時点での物理環境・情報環境の下では、現物の本が置いてある書店が一番だと思います。
ネット検索で本を探すというのは便利だし私も毎日していますが、それは本との出会いの一部に過ぎない。私なんかはSNSや通販サイトで新刊情報に触れることが多いんですが、結局のところそれはすごく狭い世界で、似たような人たちとのやりとりや、似たような本を紹介するアルゴリズムを介してであるに過ぎない。だから書店に行くと、楽しい出会いや変な出会い(事故のようなものも含め)が増える気がするんですよね。
――「こんな本あるんだ」と驚かれていたのが印象的でした。
吉川 そうそう。ネット中毒の気味がある私なんかは、どんどん頭でっかちになっていって、自分が読みたくなりそうな本はだいたいチェック済みのはずだなんて思い込みそうになる。でも、ぜんぜんそんなことないということが、書店に来たらわかる。
ネットで陥りがちな全能感を中和するためにも書店はいいなと。特にジュンク堂さんみたいな大きな書店は、物量で圧倒してくれるのもいいですね。もちろん個人書店の、信頼できる方の選書が並ぶ本棚も好きですよ。コロナで前より書店に足を運ぶ回数は減ってしまいましたが、やっぱりもっと行きたいですね。書店に対する意識は前よりも高くなっている気がします。
――新書は日頃、よく読まれますか。
吉川 そうですね。私は現在49歳ですけど、これくらいの年代だと、昔ながらの教養書から現在の何でもありへの変化をリアルタイムで体験している世代だと思います。私が学生のころは、まだまだ「現代人の現代的教養」としての新書の役割が中心でした。ある学問分野やトピックに対する入門的な解説をしてくれる本が多かった。
たとえば廣松渉『哲学入門一歩前』(講談社現代新書、1988年)とか、吉永良正『数学・まだこんなことがわからない(旧版)』(ブルーバックス、1990年)、永井均『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書、1995年)、大野晋『日本語練習帳』(岩波新書、1999年)等々、思い出深いです。私のような学生だけではなく、たとえば小中高の学校で教えている先生方も、新書から教養を得ていたのではないでしょうか。
その後、養老孟司『バカの壁』(新潮新書、2003年)が大ヒットして、新書は一気に多様化していったように思います。いまや新書はほとんどフォーマットの意味しか持たなくなっているようにも思います。話題のことは硬軟問わずなんでも取り扱う。
それはそれで、私は悪いことばかりではないと思っています。まず、「安い新刊」として果たしている役割はけっこう大きいんじゃないか。また、新書のタイトルを見ていくと、「教養」の縛りが外れたぶん、人々がいま何に注目している(とメディアが考えている)のかが、より一層わかりやすくなっていると思います。今回、新書の棚を回ってみてそんなことを考えました。それになにより、たいていの書店には新書の棚がちゃんとある。重要なメディアなんだなと再認識しました。
(取材・構成:山本ぽてと/2021年12月23日、ジュンク堂書店池袋本店にて)
プロフィール
山本ぽてと(やまもと・ぽてと)
1991年沖縄県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社シノドスに入社。退社後、フリーライターとして活動中。企画・構成に飯田泰之『経済学講義』(ちくま新書)など。
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