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自炊ならではの「聖域」かもしれない。「秘密の汁かけ飯」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、お行儀が悪いと思いつつもつい美味しさに負けてやりたくなってしまうあのごはんのお話です。
※第1回から読む方はこちらです。


#5 秘密の汁かけ飯

 汁かけ飯は、パクチーと同じくらい好き嫌いが分かれる食べ方かもしれません。汁かけ飯が嫌いなパターンには、大きく分けて、白飯に何か汁っぽいものが染みるのが嫌だという場合と、上品でないから好ましくない場合がありますよね。私は前者のパターンであまり汁かけ飯を作らないのですが、最近友達から立て続けに汁かけ飯について話を聞く機会がありました。そのうちの一つをここで紹介します。

 私は料理が仕事でもあり趣味でもあるので、親しい友達の家に遊びに行く時はだいたい私が材料を買って、キッチンを借りて料理をします。
 それは冬の寒い日だったことと、もうすぐ1歳の赤ちゃんがいる家だったので、できるだけたくさん作って食べ続けられるものをと思って豚汁を選びました。鍋に溢れんばかりの豚汁を作り、友達の大好物であるポテトサラダとしらたきのにんにく炒めも用意して食卓を囲みました。

 友達が豚汁をおかわりする時、私に「白飯に豚汁、かけていい……?」と聞いてきました。ちょっとした恥ずかしさと「これがうまいんだよな」が入り混じった顔がなんともいい表情をしていて、「もちろんどうぞ」と答えました。

 嬉々としてキッチンに向かい、白飯に豚汁をかけ、食卓に豚汁かけご飯がご登場。

このお茶碗の中を見た時に、外では食べられない料理があるんだなと心底感じました。

 写真を撮るものでもないな、と思いつつもこの連載のために一枚だけぱちりと撮りました。友達は幼い頃から汁かけ飯が大好きで、でもそれを食べる様子を兄姉にバカにされていたので、わざと肉じゃがの皿と白飯の入った茶碗を近づけ、「誤って肉じゃがの汁をご飯にかけた体」にしていたそう。なんてかわいいんだろう。

 外食では絶対にメニューで見かけない汁かけ飯は、自炊ならではの「聖域」なのかもしれません。汁かけ飯のおいしさは、その味だけではなく、「本当はあんまりやっちゃいけないんだけどね」という少しの背徳感がスパイスのように効いているからこそのおいしさのように思います。人間は純粋な料理の味だけでおいしさを感じているのではなく、思い出や文脈、そして感情も込みで味わっているのだなと改めて感じる出来事でした。
 ちなみに私にとって若干の背徳感がある食事は、夫がいない時に食べる刺身定食です。夫も大好物のお刺身を、1パック全部私が食べていいの? というところがおいしさを増している気がします。

鍋にいっぱい作ってもすぐになくなってしまうのが豚汁の不思議。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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