自分の料理力が試されているような気持ちになる。「冷蔵庫の食材テトリス」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。皆さんは、冷蔵庫の中に中途半端に残った食材を前に頭を悩ませた経験、ありませんか?
※第1回から読む方はこちらです。
#4 冷蔵庫の食材テトリス
一週間ほど家を空ける日の朝、冷蔵庫にはつぎの食材が残っていました。
・セロリ1本(葉がふさふさ)
・大根1/4本
・舞茸1パック
・長芋1/4本
・しらす
・あさり(冷凍)
・納豆1パック
・卵4個
・なめこ1パック
さて、これで何を作ろう。こういう時は自分の料理力が試されているようで、腕まくりをするような気持ちになります。
例えば、大根のみそ汁を作り、卵を焼いて、納豆とともに和食にするパターン。セロリとしらすを使ったサラダを追加してもいいかもしれません。
または、なめこのみそ汁にして、しらすと大根おろしでしらすおろしにするパターンもありますね。でもそうするとセロリがたっぷり余ってしまう。セロリは切ってから冷凍してもいいのですが、色が悪くなるので使える料理は限られます。
そう考えて次に目が向いたのは冷凍のあさり。粒が大きく、みそ汁にするにはもったいないな……と考えているところに、ピーン! と「あさりのパスタが食べたい。セロリの葉も入れたら合いそう」とひらめきました。
この組み合わせはうーんと考えて捻り出したわけではなく、今まで何千食も作ってきた経験が詰め込まれた“ジュークボックス”から突然鳴り始めた音楽のような感じで思いつきました。
こういうひらめきには乗っかるといい結果になることがこれまた自分の経験上多いので、今日の献立はあさりとセロリのパスタに決定。
中途半端に余っていた長芋と舞茸は、オリーブオイルをかけて魚焼きグリルで焼くことにしました。パスタを作る間に弱火でじっくり焼いていきます。
フライパンにイタリアで買ってきた乾燥にんにくのみじん切りを入れ、オリーブオイルとともに火にかけます。そこにざく切りにしたセロリの葉と冷凍のあさりをゴロゴロと入れ、少しの水で蒸し煮に。
パスタは表示された茹で時間の2分前に引き上げ、あさりとセロリの入ったフライパンに移して、あさりの出汁が出たソースを吸わせるように残り2分間火を入れます。
大好きなイタリアンのシェフが以前「ボンゴレは麺がおいしいですよ」と言っていた時のことを思い出して、そのように工夫してみました。味をみると思ったより出汁の風味が弱かったので、しらすを追加して海の旨みを引き立たせ、塩で味を調えると「あぁおいしい!」というところに無事に着地。
皿に盛り付け、友達からのいただきものの良質なオリーブオイルをかけて、食卓に運びます。10分ほど焼いていた長芋と舞茸もいい感じ。
セロリのほろりとした苦さと香りが鼻へ抜け、しらすとあさりの旨みがしっかりと土台を支えてくれているパスタに仕上がりました。イタリアで買った唐辛子ペーストを途中で入れるとまた景色が変わるようで新鮮。
焼いた長芋は火を止めてからしばらくグリルの中で放置していたので、しっとりほくほくと中まで火が入って絹のような舌触り。せっかちな私はいつも火入れが浅く、サクサク食感の残った長芋を食べることが多かったので、パスタを作ったおかげで火入れが延長できたことは小さな幸運でした。
残った他の食材たちは、夫が食べたり、切って冷凍したり、空港で食べる弁当にしたりして、冷蔵庫には生鮮食材はほとんどなくなり、安堵して旅に出かけました。
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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。