「どんな時間を過ごしたいか」から献立を考える。「パリ郊外の友達の家にて、冷蔵庫にあるもので自炊」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。パリ郊外にお住いの友達夫婦のご自宅を訪ねた山口さん。冷蔵庫にある食材で自炊した料理で、山口さんのなかにある発見があったようです。
※第1回から読む方はこちらです。
#23 パリ郊外の友達の家にて、冷蔵庫にあるもので自炊
2024年の秋、パリ郊外に住んでいる大学時代の友達を訪ねました。私より一つ年上のCちゃんは、日本が大好きなフランス人の男性と結婚をして、パリの郊外にある静かな街に暮らしています。トルコ、イタリアと旅した後、日本に帰る前に少し羽を休める期間として、5日間彼らの家にお世話になりました。
人にお世話になるときに「お礼に、料理を作ります」と言うと、みんなほろりと笑顔になります。お土産を用意しそびれても、自分が料理を作ればいいので準備不要。三ツ星レストランのような手の込んだ料理は作れないけれど(それでいいんだけど)、料理ができてよかったと思う瞬間です。
初日の夜ごはんは、久しぶりに和食を作ろうと思いました。メニューは、冷蔵庫にあったキャベツとにんじんで作ったみそ汁、主菜は鮭の照り焼き、副菜にはわかめとアボカドのサラダ。冷蔵庫の在庫を見ているときに、Cちゃんから「わかめを使ってほしい」とのリクエストが。日本から食材を持って帰るときに、軽くて、汎用性が高いものを考えたら乾燥わかめになってしまい、5袋もあるそう。買いすぎでしょ。
冷蔵庫にアボカドが半分あったので、アボカドをペースト状にして、ドレッシングのようにしてからわかめと和えたらおいしそうと思いつきました。食感要員として玉ねぎも足して作ったサラダがなかなかいい出来でした。作り方はこんな感じ。
わかめは水で戻して、玉ねぎは薄くスライスにして、お酢を少し入れた水に放って辛さを抜きます。アボカドはボウルの中で潰して粗いペースト状にして、だし醬油、酢、ごま油を加えます。あとは水気をしっかり絞ったわかめと玉ねぎを加えて和えるだけです。
わかめのくにくにとした食感、玉ねぎのシャキシャキ食感、アボカドのクリーミーさと醬油ドレッシングがバランスよく一つになっていて、自分でも驚くほどおいしかったです。CちゃんもパートナーのEさんももりもり食べてくれて、すぐなくなりました。この日のご飯はうまく炊けなかったけど、サラダのおいしさがその悲しみを忘れさせるほどおいしくできて助かりました。フランスらしさはないけれど、Cちゃんのリクエストがなければ思いつかなかった料理に出会えたことが嬉しかったなぁ。
翌日は、以前から作ってみたかった「スープガルビュール」を料理してみることに。フランス南西部の郷土料理であるこのスープは、野菜と肉をたくさん入れて煮込んだ、フランス版の豚汁のような感じです。いくつかレシピを検索してから、なんとなくの作り方を頭に入れて手放しでやってみることにしました。まず大きな鍋で刻んだ玉ねぎ、セロリ、にんじんをオリーブオイルで炒めます。同時に豚バラ肉のブロックをフライパンで焼き付け、白ワインで香りをつけます。野菜を炒めていた鍋に豚肉とたっぷりの水を入れ、白インゲン豆を缶の汁ごと使い、たっぷりのキャベツ、じゃがいも、塩・胡椒を入れます。ブーケガルニを買い忘れたなと思ってCちゃんに聞いてみると、「あるよ」とさっと出てくるあたりがフランス。さすがです。それから、レシピには載ってなかったのだけど、イタリアで学んだパルミジャーノの皮を入れてみてどうなるか実験してみました。間違いなく、おいしいはず。
スープができるまで小腹を満たすために作ったのは、冷蔵庫に残っていたコールラビとにんじん、セロリの葉っぱを塩揉みしてサラダにしてスモークサーモンと一緒に出来合いの甘いクレープに巻いた一品。甘塩っぱさと一口でいろんな食感が楽しめ、適当に作った割には完成度が高くてガッツポーズ。
残り物料理を考えるときは、冷蔵庫にあった食材をできるだけ消費しながら、新しく買ってきた食材と組み合わせて一品を作ると楽しく作れます。今まで食べてきた料理の記憶を総動員して、ピースを組み合わせていく感覚が好きなのです。
スープはゆっくり煮込むこと1時間。キッチンは野菜のいい香りでいっぱいになり、食べ頃のよう。朝、近所のパン屋さんで買ってきたカンパーニュと合わせて、スープを食べました。「フランス豚汁」という名前がぴったりくるような渾然一体としたスープを味わい、みんなで顔を見合わせて目を細くしました。鍋にたっぷりと作り、次の日に再び火を入れるともっと野菜とチーズがくたくたになり、味が凝縮していく変化を楽しみました。
最終日のランチは、最近会社勤めを辞めて製菓学校に通い始めたというEさんが、キッシュの作り方を教えてくれました。まずは生地作りから始めたのですが、バターの凄まじい量にくらくらします。具材は旬のきのことハムや長ネギ、生クリームとパルミジャーノレッジャーノをたっぷりと入れて焼き上げます。
乳製品を贅沢に使った、季節のキッシュロレーヌは、それはそれはリッチな味で大感動でした。オーブン料理は早めに準備を始めないといけないけれど、オーブンに入れてしまえばあとは自由時間。いつも家で作っている和食は、ご飯とみそ汁を熱々で盛り付けてと、食べる直前がバタつきやすいので、オーブン料理とのコントラストをはっきり感じた瞬間でした。食べたいものから料理を考えるのもいいけれど、「どんな時間を過ごしたいか」から献立を考えるのもありだな、と感じたパリでの日々でした。
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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。