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「日記の本番」12月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの12月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。


 とても好きで、街の財産としても非常に価値があって、けれどあまり頻繁に行くことができなかった角打ちが閉店した。高校生のとき、文芸部の全国コンクールでどうしても最優秀賞が取れなくて結局一度も立つことができなかった壇上に12年ぶりに来て講師として1時間話した。「会いたい人たちとやっぱり会いたいから」という理由で思い立って京都へ行った。14年半、わたしの人生の真っ二つのはんぶんを共にした飼い犬のボストンテリアが死んだ。クリスマスがあった。年末がきた。年を越してしまった。
 言いたいこと、言いたいことを考えたいこと、ふりかえりたいこと、ふりかえったことにしないともうふりかえることができないこと。12月はいろんなことが起こりすぎて頭がぱんぱんになって日記の本番を書き始めることにとても躊躇してしまった。どれを選んでもとっておきの文章が書けそうだ、という気持ちがふわっと浮かび上がってすぐにぺしゃんこになる。わたしはたぶん書ける。そのエピソードのどれを書いてもきっとそれなりにみんなに感動してもらえるような、そして自分自身も納得できるものが書ける。けれど、それはどうしても今じゃないような気がする。そんなに気軽にとっておきなものにしてはいけないような気がする。生焼けなのだ。「まだ自分でも整理がついていない」と言うとき、たぶん整理がつく日なんてこの先も来ないのだけれど、整理をつけたいと思う日が来るんだと思う。それで言うとたぶん、閉店のことも、講演のことも、京都のことも、犬の死のことも、いまかんたんに書いてしまったらその先のわたしが後悔すると思う。そして、2023年はそういう、まだ書いてはいけないような気がすることがたくさん起きた一年だった。いろんな場所でいろんな人に会って、腕まくりできるようになったら書こう、と思っているうちに次から次にもっと大きなボールが飛んできてしまう。

 書きたいことばかりがどんどん増えて、書くための時間がいくらあっても足りない。

 いまそう書いて、続けて書いていた600字を消した。本当にそうだろうか。書きたいことばかりが、本当に増えているだろうか。日記に書けても作品にしたくないことはたくさんある。むしろ、そういう、書いてたまるかと思うことが増えた一年だったのではないだろうか。書けるんだろうけれど、書きたくない。そういうことが増えた。
 書いていると毎日はおもしろくなる。けれど、わたしの身に起きるすべての喜びも悲しみも、書くために起きていることじゃない。それは両立する。なにか失敗したり悲しかったりしたときに「でも、ネタが増えましたね」と言われると本当に悲しくなる。わたしはわたしの悲しみをコンテンツにする気は、ほんとうは、ない。こんなにもうるさい職業なのに、こころはどんどん無口になる。
 まずは、「書かないわたし」でわたしの身に起きるすべてをしゃぶりつくしたい。カメラで撮る山よりもおなじ場所で肉眼で見る山のほうがぐっと近く大きい、その大きさに圧倒されていたい。そのうちは書きたくないのだ。そのあとで、もし書こうと思ったとして、取り出していいところだけ編集して書きたい。わたしは、エッセイを書くというのは赤裸々なことではなくて、もっと編集の眼差しが必要なものだと思う。すべてに見えるように書いたとしても、すべてを書く必要はない。あなたようの真実とわたしだけの真実、真実はたくさんあっていい。
 わたしはずっとエピソードから逃げてきたような気がしてくる。「よっぽどのこと」を書くのがくやしくて、いつも自分の身に起きているトピックスの上から三つ目か四つ目のことを書いている。それなのにエピソードの人だと思われてしまいがちなことや、エピソードになってしまうようなことが次々と起きて仕方がないことと、どう向き合えばいいのかわからない。
 わたしがすべてを包み隠さず書いていると思わないでください。と言いながら、嘘を書いていると思わないでください、とも思っていて、冷凍していた餅をチンしたらチンしすぎてくらげみたいになりました。


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タイトルデザイン:ナカムラグラフ

「日記の練習」序文

プロフィール
くどうれいん

作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」、小説新潮にてエッセイ「くどうのいどう」連載中。東直子さんとの歌物語『水歌通信』が発売中

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