![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165944646/rectangle_large_type_2_ab4b1d6242bc61c80575445aff30ffc5.jpeg?width=1200)
新しい人と関わることで新しい世界の扉が開いていく。「未知なる料理のオンパレード。メキシコのお母さんが作る家庭料理」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。前回に続いてメキシコ滞在中の山口さん。日本でできた縁と交わした約束が今回の旅の目的のようです。
※第1回から読む方はこちらです。
#25 未知なる料理のオンパレード。メキシコのお母さんが作る家庭料理
前回に引き続き、メキシコに滞在したときのお話です。メキシコ旅の最後に訪れたのは南東側にあるユカタン半島の街・メリダ。この街に住む友達のお母さんに、メキシコの家庭料理を教えてもらうことになっていました。
メリダの友達に出会ったのは2023年の年明けのこと。都内のタコス屋さんに入ると外国人のカップルがいて、「どこから来たの?」と話しかけてみると、二人はメキシコ人で、新婚旅行で大好きな日本にやってきたのだとか。日本が好きな理由や、おいしかった料理を聞いているうちにすっかり仲良くなり、年始で特にやることもなく、暇だった私は「明日、時間があるなら、私の好きな東京を案内するけどどう?」と提案。すると彼らは急な提案に若干戸惑いつつ、行ってみたいと応じてくれました。
翌日、下北沢を案内し、発酵食の専門店「発酵デパートメント」で食事をし、庶民的なスーパーにも連れて行って、「メキシコに来たらぜひ一緒に遊ぼう!」と約束してくれて別れました。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318334-ChQnELpGPdSmNcDyY1KJaFrW.jpg?width=1200)
そして2024年11月、念願叶ってメリダを訪れることができました。宿まで迎えに来てくれたアルベルトとパウリーナの車に乗り、まずは買い出しへ。今日はパウリーナの実家でアルベルトのお母さんが料理するそうで、なんて仲良しな家族なんだろうとほっこり。アルベルトのお母さんのハイジさんは、以前、小さな食堂を営んでいた腕の持ち主で、今日はメキシコ料理の中でもユニークな料理が多いユカタン地方の伝統料理を四つも教えてくれるそう。楽しみすぎる!
![](https://assets.st-note.com/img/1734318365-bm5AOk6zySrlDgXiwuC1KesI.jpg?width=1200)
調理はまず大量の野菜を洗うところから始まりました。お皿を洗うように、野菜を洗剤とスポンジで洗う光景にびっくり。どうやらメキシコは水の衛生環境が全土的に整っておらず、野菜を洗剤で洗うか、消毒して使うのが普通なのだとか。国が変われば、料理の当たり前もガラッと変わってしまうことを肌で感じます。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318401-iL92vwoNCMQGEBuk0ga8KyYh.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1734318423-6FW5j0za8bolpIfrXmUB2KvV.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1734318448-lBR2e1KXCzVNvu6pLjkb0Oti.jpg?width=1200)
野菜を洗い終わった後は、生の唐辛子やニンニクを直火にかけたり、スパイスのペーストを水で溶かしたり、鶏肉を一羽丸ごと茹でたりと日本の台所では見たことがない光景で、「何を作っているのだろう?」と全然想像がつきません。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318478-rOsn9y7w5hLFVMQ0DETkdYZX.jpg?width=1200)
ガスコンロに並んだ鍋の中でそれぞれに調理が進む様子を見て私は、「どれがどれに合わさって何になるの!?」と混乱状態(笑)。その横でハイジさんは黙々と手を動かし、三時間かけて出来上がった料理は次の順番で出てきました。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318510-FI3Vq6AwL9f4Jmc1UldD7HPe.jpg?width=1200)
一品目は、ソパ・デ・リマ(Sopa de Lima)。鶏肉と野菜のスープにライムを効かせた一品。鶏を丸ごと一羽使ってスープを取り、表面を焼き付けたトマト、玉ねぎ、ピーマンなどの野菜と煮込み、最後にライムを絞って揚げたてのトルティーヤをのせた爽やかなチキンスープです。さっぱりとしたスープに浸ったカリカリのトルティーヤの食感がよく、今回教えてもらった料理の中でもっとも好みの味。このあとの旅でも、レストランでソパ・デ・リマを見つけるたびに食べ、次に訪れたペルー滞在中に試作もしてみました。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318909-5zNZD30lVJpMFxohLfbsu1Cn.jpg?width=1200)
二品目は、ポジョ・ピビル(Pollo Pibil)。メキシコ料理でよく使用されるアチョーテの種子から抽出したアナトー(Annatto)という赤い色素を持つスパイスと、塩、こしょう、チリなどを入れて作ったマリネ液に絡めた鶏肉をバナナの葉っぱに包んで蒸し焼きにする手間のかかる料理です。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318935-HvxBNTcuPrESkb0Fz81fqJpy.jpg?width=1200)
元々は穴を掘って具材を地面の中に入れ、蒸し焼きにしていたそう。見た目が赤いので辛そうですが、辛味はほとんどなく、酸味が効いていて、風土を感じる味でした。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318966-DuTtvXoALJj8HsaSnerKGQhm.jpg?width=1200)
三品目は、エスカベチェ・オリエンタル(Escabeche Oriental)。鶏肉と玉ねぎを使った煮込み料理。鶏肉を黒こしょうやオレガノ、酸っぱいオレンジの果汁、塩などでマリネしてから、たっぷりの玉ねぎと一緒に鍋で煮込みます。お肉がほろほろと軟らかく、玉ねぎから甘味が出て、やさしい味わい。
![](https://assets.st-note.com/img/1734318995-ELXH1bvhJAnOpeuUZlm4j3of.jpg?width=1200)
四品目は、ケソ・レジェーノ (Queso Relleno)。大きなエダムチーズの中をくり抜き、その中に味付けした豚ひき肉やスパイス、アーモンド、レーズン、ゆで卵などを詰めます。
![](https://assets.st-note.com/img/1734319034-qzuRH9ApfGCNOm5FlMYnLoKb.jpg?width=1200)
素材を詰め込んだチーズを煮込み、濃厚なお肉のソースやトマトベースのソースをかけて提供されるという、今回作った中でも一番手間のかかる料理でした。チーズを丸ごと使うなんて、なんとも豪快。使っている食材の数が多いためか、ものすごく複雑な味がする不思議な料理でした。
食事をしながら、ハイジさんが「ユカタン地方では『曜日ごとの料理』がある」と話してくれました。彼女が営んでいた小さな食堂や、伝統を守って暮らす家庭によく見られるようで、例えば、水曜日は、レンズ豆を野菜や豚肉と一緒に煮込んだスープ。金曜日は、柑橘類でマリネした豚肉を炭火でグリルした料理。日曜日は、今日作ったポジョ・ピビルの豚肉バージョンであるコチニータ・ピビル。そして、月曜日は豚肉と黒豆の煮込み料理なのですが、これは日曜日の食事で余った食材を使い、月曜日に作るのだそう。
日本でも週末は冷蔵庫の残り物でカレーを作る話はよく耳にしますが、日本からはるか遠く離れたユカタン地方でも同じような習慣があるなんて。この習慣がどのように生まれたのかはわかりませんが、献立に悩んだお母さんたちの井戸端会議で「毎日のごはん、先に決めちゃおう!」と相談している様子を想像してしまいました。食べているものが違っても、日々の料理を合理的に、おいしく作って食べたい心は共通しているのですね。
あの時、タコス屋さんでアルベルトとパウリーナにで話しかけなかったら、彼らと彼らの家族とも会うことはなかったと思うと、国内外問わず旅人に話しかけることはこれからもどんどんやっていきたい。私は、新しい人と関わることで新しい世界の扉が開き、知識や知恵が増え、物事を多面的に見られるようになるのがすごく好きなんだ、と確信したユカタンでの一幕でした。
第26回(3月1日更新予定)へ続く 第24回へ戻る
※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。