![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165585150/rectangle_large_type_2_73a8f9f53d19611d0fc5f76662947418.jpeg?width=1200)
偶然の出会いだけは仕込めない。「メキシコで作る働き者のためのハンバーグ」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。メキシコで旅しているとき、山口さんが現地で出会ったふたりの日本人。その出会いによって思いもよらないかたちで、山口さんの願いがかなったようです。
※第1回から読む方はこちらです。
#24 メキシコで作る働き者のためのハンバーグ
「初めて訪れたメキシコで、偶然出会った人たちのお店でまかないを作る」みたいな展開があるから旅は面白い。
それは2024年11月に訪れたメキシコシティでのこと。毎週日曜日に開催されているラグニージャの蚤の市にひとりで出かけ、入り口あたりのお店を眺めていたときでした。市の中からやってくるアジア系の顔をした男性二人組の姿が目にとまりました。「日本人かな?」と思ったけれど、特に話しかけることはなく同じお店を物色していると、居合わせたカナダ人の男性に「あなたたち、日本人? 私、先月東京に行ったの!」と、私たちが三人組だと間違えられて話しかけられました。そこで初めて話をすると、ふたりとも日本人で、Mさんはメキシコシティでラーメン店を営み、Oさんは日本在住で10年以上前からメキシコ雑貨を輸入する仕事をしているとのこと。ふたりは一緒に仕事をしていて、今日は新しく作るお店の買い付けに来たのだとか。
立ち話が弾み、一緒に蚤の市をまわることになりました。ふたりは価値の高い商品や、値段交渉の仕方について教えてくれ、その後のランチまでご馳走してくれたのです。これは何かお礼をしないと! と思い、翌日、ふたりに加えてMさんのラーメン店で働く人たちやMさんがお世話になっている大工さんなど、合わせて8人に料理を作ることになりました。
Mさんは何年も日本に帰っていないというので、日本の家庭料理を作ろうと思い、食材を求めて朝の市場を訪れました。メインは豚の生姜焼きにしようと思ったけれど、どのお肉屋さんにも豚のバラ肉が見つからない。なので、今日のメニューは豚のハンバーグに急遽変更です。お肉屋さんのおじさんに500gの豚肉をミンチにしてとお願いして、その場で加工してもらいました。パン粉は売っていないので、サンドイッチを売る屋台の人から日本円で25円ほどのパンを買い、ちぎってパン粉ふうに使うことにしました。副菜はだし巻き卵と、汁物はもやしのおみそ汁に決定。Mさんのお家でさっそく調理に取り掛かります。
![](https://assets.st-note.com/img/1734074085-FDk09eOhEACGa3LMPi1gj78c.jpg?width=1200)
Mさんの家のキッチンは自然光がたっぷりと入り、無造作に並べられたお皿やグラス、調味料は日々使われている息づかいがありました。日々使われているキッチンは、コンロ周りの油染みや半分黒くなった木べらを含めて全部が愛おしく、美しいなといつも思います。
さて、まずはハンバーグの仕込みから。玉ねぎのみじん切りを炒めて一度取り出し、Oさんがちぎってくれたパンは牛乳に浸し、豚ひき肉と一緒に肉だねを作ります。肉だねをフライパンで焼いて、マッシュルームとアスパラガスも加えて、醬油とみりんで和風の味付けにしました。日本から持ってきたかつお節と昆布を合わせて濃いだしを取り、半分は副菜のだし巻き卵に入れ、もう半分は水で薄めてみそ汁を作りました。
家から2分ほどのところにあるMさんのラーメン店で食べることになっていたので、大人ふたりがかりでハンバーグの入ったフライパンとみそ汁の鍋を両手に抱えて歩きました。街の人は誰も私たちのことなんて気にしていないけれど、「なんで和食を抱えてメキシコシティを歩いているのだろう?」と、なんとも奇妙な感じに笑ってしまいました。
店のテーブルにフライパンと鍋を置き、各自で配膳して並んだ8人分のハンバーグ定食。それはまるで、日本のどこかにある、ハンバーグが人気な定食屋さんにいるような光景でした。肉体労働をする彼らはおいしそうに、はやく、もりもりと箸を進めるいい食べっぷり。肉に脂身がなかったので、日本で作るものよりはかたくなってしまったのですが、彼らは久しぶりの日本の家庭料理にたいそう喜んでくれたのでよしとします。いつかやってみたかった食堂のおばちゃんの仕事が、こんなにもはやく、なぜかメキシコで叶いました。私の世話焼きで料理好きな魂がじわじわと喜んでいるのを感じました。
![](https://assets.st-note.com/img/1734074147-zZJaYXsqHAhLGQkoSelVBRci.jpg?width=1200)
インターネットでなんでも調べられるようになり、地球の裏側にいる人ともすぐ連絡を取れるようになったけれど、偶然の出会いだけは仕込めません。旅は、予定を詰め込みすぎないこと、流れに身を任せること、自分にできることがあれば人を手伝い、助けることが大事だなと感じた不思議な日でした。
第25回(2月15日更新予定)へ続く 第23回へ戻る
※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。