怖い画像は出てきません「タランチュラが死んだ日」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの「卒業式、走って帰った」
動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。第15回は篠原さんの20代の「目撃者」のお話です。
※第1回から読む方はこちらです。
#15 タランチュラが死んだ日
タランチュラが死んだ。
一緒に3回引っ越して、同じ空間で10年一緒に暮らした。今、同じ家に住んでいる家族の誰よりも長い時間一緒にいた。タランチュラのオスは短命だが、メスは10年以上生きる。
タランチュラは10年前に、今はもうない奇虫専門ショップで私に見つけられ、家にやってきた。
創作物の影響もあって、タランチュラの一般的なイメージは、獰猛な危険生物や毒のある奇妙な生き物だと思う。
しかし、10年を共にして、実際は観葉植物のような生き物だったと感じている。私が今まで飼ってきたクワガタやサソリといった、比較的タランチュラに近いような印象を受ける生き物よりも、子どもの頃、育てていたサボテンに似ていた。モサモサと毛深いところも、物静かで手間のかからないところも、サボテンに似ていた。
夫と一緒に暮らし始めたときも連れてきたので、新しい家には度々、餌のゴキブリが届いていた。ある日、「何届いたの?」と聞かれて「ゴキブリ」と答え、空気が変わったのを覚えている。
そうか、誰かと一緒に暮らしているときにゴキブリを購入する場合は、一言断りを入れた方が自然なのかと新鮮に思ったのだった。そのくらい、私は、クモとの生活に馴染みきっていて、むしろ、人間と一緒に生活するのに慣れていなかった。
タランチュラが、一人暮らしをしてから最も長く一緒に暮らした生き物になったのには、訳がある。
いろんな生き物と暮らしてきたが、まだ、犬と猫という二大伴侶動物を自分だけで育てたことはない。理由としては、つい最近まで私は、3年後の自分がどうやって暮らしているのかすら、全く見当がついていなかったからである。何の仕事をして、どこで誰と生きているのか、想像もついていなかった。だから、寿命の短い生き物ばかりと暮らしていた。
私がこよなく愛しているドブネズミの寿命は僅か2年。3年を超えると大往生といえる。彼らを見送るたび、こんなにも懐く愛らしく賢い生き物と並走できる日々がそんなに短くて良いわけがないと、苦しいほどに思っていたのだが、正直なところ、20代の私が責任を持って面倒を見ることができる寿命の限界でもあった。
『日立 世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターになってから、長期のロケが増えて、家で生き物と暮らすことが難しくなったので、新たに生き物を迎えいれることをやめ、家にいた生き物たちが寿命を全うするのを順番に見送ってきた。
だから、寿命は長いが、数年後にどんな生活をしていたとしても飼えるであろう、メスのタランチュラだけが例外的に私のそばに居続けることになったのである。
散歩もしなくていいし、たまのゴキブリ代に困る生活にはならないだろうし、人間と暮らすことがあっても、小さな水槽の中で十分に過ごすことができるから。結婚してからは、主にテレビ台の空いている場所にいて、子どもが産まれて今の家に引っ越してからは本棚の端にちょこんと鎮座していた。
タランチュラは、全く懐くことがない。それどころか、私の存在を認識すらしていなかったと思う。私は、彼女にとって、たまに吹く風くらい、目に見えない背景だったことだろう。同じ時間を共有しているけれど、別の世界で暮らしているようだった。
何度も思い返すくらいうれしかった日も、日常生活すらままならないくらい悲しい日――例えばお風呂から出られずにふやけながら時間を過ごしてしまったような日――も一緒に喜んだり悲しんだりしないけれど、ただ同じ場所にはいたのだ。私の20代の、唯一の目撃者として、ただそこにいた。
タランチュラを失って、10年という時間の長さを改めて思い返すことになった。サボテンを育てていたような気もするし、時間そのものを飼っていたような気もする。
タランチュラは、死んでも、見た目が変わらずに残る。今、標本にしているところなので、姿形だけは、これからの時間も私と共に残っていく。私は、この先何十年後もその姿を見るたびに、タランチュラと共にあった20代を思い出すだろう。
長いこと、タランチュラだけを飼育していたので、クモ好きだと思われることが多かったが、元々クモが好きなわけではなかった。
最初にタランチュラを飼うきっかけとなったのは、多くの人は、「爬虫類が苦手派」か「クモが苦手派」に分かれるらしいと聞いたことだ。私は、爬虫類が好きだったので、それでは相対的に「クモが苦手派」なのだろうかと思い、気になって飼ってみたのだ。
結果として、タランチュラを飼ったことでクモが大好きになり、「爬虫類もクモも好き派」という第三勢力を旗揚げすることになる。
一緒に暮らした犬やネズミは、他の似た容姿の犬やネズミの中に入っても、間違いなく見分けることができると思うのだが、タランチュラに関しては、10年顔を合わせておきながら、正直なところまず間違いなく見分けることはできないと思う。
それでも、私にとって特別なタランチュラだった。
心を交わしたわけではないのに、見分けのつかない他のクモのどれよりも彼女を特別に思う気持ちがどこから来ているのか、自分でも考えあぐねているのだが、理屈ではないのだろう。
いつ亡くなってもおかしくない年齢であることは分かっていたのだが、タランチュラはシワも白髪も生えず、年を取って見えないので、もっともっと長く過ごせると思い込んでしまっていた。私が引っ越したからと、タランチュラにも新居となるシェルターを買ったばかりで、それがちょうど届いた日だった。タランチュラが隠れているはずだった新品のシェルターを見ると、やはり寂しい。
これから先も私はしばしばタランチュラの話をすると思う。実は、タランチュラは非常に誤解されている生き物なのだ。猛毒のイメージがあるが、記録の上では、その毒でまだ人が死んだことはないこととか、ゲームや映画に登場するタランチュラは獰猛に追いかけてくるが、実際のタランチュラは上品でおとなしく引っ込み思案でサボテンのような存在であることとか。
そういったことを伝え続けるのが、私なりの彼女への愛情で、私なりの追悼である。タランチュラの天国があったら、タランチュラへの誤解を解くのに貢献したクモとして、丁重に迎えられていてほしい。
さよなら、ありがとう。
プロフィール
篠原かをり(しのはら・かをり)
1995年2月生まれ。動物作家・昆虫研究家/慶應 義塾大学 SFC 研究所上席所員。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)などを出版。
バナーイラスト 平泉春奈
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