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小説・エッセイ

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人気・実力を兼ね備えた執筆陣によるバラエティー豊かな作品や、著者インタビュー、近刊情報などを掲載。
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#本がひらく

すぐに生き方は変えられないから。「ゆっくりと」――《こどく、と、生きる》統合失調症VTuber もりのこどく

「同じ病で苦しむ仲間とつながりたい、救いたい、当事者以外の人たちにも病気のことを知ってほしい」という思いでVTuberになり、配信を通してメッセージを伝え続けるもりのこどくさん。高校生で統合失調症になった彼女がいかにしてVTuberになったのか、その足跡を綴ったエッセイ連載です。 ※#0から読む方はこちらです。 #3 ゆっくりと こどくは、なにをするのも遅い。それはむかしからだった。  さかのぼること22年。まだ1歳のあかんぼうだったころ、まわりが駆けまわっているなかで、こ

関係につける名前なんて問題にならないぐらいの、あなたなのだ。――「ことぱの観察 #15〔友だち(訂正)〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 友だち(訂正) 三十になろうかという秋の夜、「お友達になりたいです」と言われた。この、もっぱら人づきあいが苦手で、友だちの少ない、そして「友だち」という語のうまく使えない、わたしが。そうメッセージをくれたのは同年代の女性で、その日の昼間にはじめて仕事で会ったばかりの相手だった。  わたしはびっくりして

祝・新生活――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は新生活の助けになっている食べ物についてのお話です。 ※当記事は連載の第37回です。最初から読む方はこちらです。 #37 午後三時のエネルギー補給 子どもが小学校に上がり、いよいよ新生活が始まった。私もある程度ちゃんとした服装を求められる場面も増えたが、相変わらずの寒暖差ゆえ、毎朝、何を着ていいかわからない。天気予報を見て、これだ、と思っても大抵判断をあやま

「日記の本番」3月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの3月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。 土曜日、鉛筆を買った。歌集の評を本当に久々に書くことになり、そうなるとどうしても鉛筆がないといけなかった。長いこと我が家には「取り返しのつかないペン」しかなかったが、ここにきてあっさりと鉛筆が加わった。作業をするためのフリースペースへ向かう途中に鉛筆を買うべきだと思ったものだから、ローソンに寄り、その中の無印コーナー

儀式を紡ぎ出す――#6 ルイーズ・アードリック『赤いオープンカー』(2)

雄大な自然と青春の風景  「赤いオープンカー」で何より印象的なのは、雄大な自然描写だ。遠く広がる荒野を駆け抜け、アラスカに着いた兄弟は、今まで知らなかった世界に出会う。北極圏の夏は日が沈まず、自然の中でうとうとし、目を覚ましても明るいままで、ただ時間がゆっくりと流れていくだけだ。そうかと思えば、今まで泥と苔しかなかった大地に突然、見渡す限り花が咲き乱れ、草が生える。こんな光景に変わるのにたった一日しかかからない。こういう場所があったのか、と2人は驚く。  スージーとの交流

東洋と西洋の狭間で――#6 ルイーズ・アードリック『赤いオープンカー』(1)

僕が「人文系ワナビー」だったころ  今ここではない世界に強く憧れていた。高校生のころ、浅田彰の『構造と力』(中公文庫)を読んでニューアカデミズムにはまり、その源流ということで、文化人類学者である山口昌男の『本の神話学』(中公文庫)や『歴史・祝祭・神話』(中公文庫)などを読んだ僕は、世の中にこんなに面白い学問があるのか、と思って圧倒されてしまった。とにかく80年代の山口昌男はものすごく輝いていた。世界中の有名な知識人と対談し、ありとあらゆる本を読み、様々なテーマを論じ、歴史学

孤独におびえる日があっても、君がいるから。「生きててくれてありがとう」――《こどく、と、生きる》統合失調症VTuber もりのこどく

「同じ病で苦しむ仲間とつながりたい、救いたい、当事者以外の人たちにも病気のことを知ってほしい」という思いでVTuberになり、配信を通してメッセージを伝え続けるもりのこどくさん。高校生で統合失調症になった彼女がいかにしてVTuberになったのか、その足跡を綴った初めてのエッセイ連載です。 #1 生きててくれてありがとう「生きててくれてありがとう」  統合失調症当事者であり、VTuberでもあるこどくは、何度この言葉に救われただろうか。  統合失調症を発症したのは、16歳のと

自炊ならではの「聖域」かもしれない。「秘密の汁かけ飯」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、お行儀が悪いと思いつつもつい美味しさに負けてやりたくなってしまうあのごはんのお話です。 ※第1回から読む方はこちらです。 #5 秘密の汁かけ飯 汁かけ飯は、パクチーと同じくらい好き嫌いが分かれる食べ方かもしれません。汁かけ飯が

宮島未奈『モモヘイ日和』第1回「祝・中学入学!」

24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。 とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ青春劇、スタートです!  「ばっかもーん!!」  空まで届くようなその怒鳴り声に、わたしは耳を疑った。  わたしは白雪町立白雪中学校1年の花岡エリカ。きのう入学したばかりで、一人で

「日記の練習」3月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの3月の「日記の練習」です。 3月1日 JR東日本の怪しいくらい安い乗り放題パスで母と日帰り東京旅行。行きの新幹線で朝握ってきたまだほんのりあたたかいおにぎりとおやつを出して来たので(あまりにも母親すぎる)と感動した。海苔の湿ったおにぎりを食べると学生時代のことをぎゅいんと思いだす味で泣きそうになる。魔女の文学館とリッツカールトンカフェと新国立美術館。また来ようね、と言い合っ

愛するためには、愛に抗わなくてはならない――「ことぱの観察 #14〔愛する〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 愛する 愛のことを考えたかっただけなのに、ずいぶん離れたところまで来た。愛のまわりをぐるぐる遠回りするように試してきた定義を、ここで一度見なおしてみたい。 好きになる:
自分の一部にしたいと思ったものが、しかし自分ではないとわかること。それでいて、他者であるそのものを好きな自分、つまり対象そのもので

二面性の意外な理由――「不安を味方にして生きる」清水研 #19 [承認欲求の正体①]

不安、悲しみ、怒り、絶望……。人生にはさまざまな困難が降りかかります。がん患者専門の精神科医として4000人以上の患者や家族と対話してきた清水研さんが、こころに不安や困難を感じているあらゆる人に向けて、抱えている問題を乗り越え、豊かに生きるためのヒントをお伝えします。 *第1回からお読みになる方はこちらです。 #19 承認欲求の正体①二面性をもつ人  今回は患者さんではなく、ある医師の生い立ちと体験を通して承認欲求ができあがる過程について見ていきます。  病院勤務の横山医

すべての生きづらさを抱える人たちへ。「こどくと生きていこう」――《こどく、と、生きる》統合失調症VTuber もりのこどく

「同じ病で苦しむ仲間とつながりたい、救いたい、当事者以外の人たちにも病気のことを知ってほしい」という思いでVTuberになり、配信を通してメッセージを伝え続けるもりのこどくさん。高校生で統合失調症になった彼女がいかにしてVTuberになったのか、その足跡を綴った初めてのエッセイです。 #0 こどくと生きていこう「統合失調症」という病気をご存じだろうか。かつては「精神分裂病」と呼ばれ、長い間不治の病として知られてきた。しかし近年では、おくすりや療養によって回復できるケースも多

自分の料理力が試されているような気持ちになる。「冷蔵庫の食材テトリス」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。皆さんは、冷蔵庫の中に中途半端に残った食材を前に頭を悩ませた経験、ありませんか? ※第1回から読む方はこちらです。 #4 冷蔵庫の食材テトリス 一週間ほど家を空ける日の朝、冷蔵庫にはつぎの食材が残っていました。 ・セロリ1本(葉がふ