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小説・エッセイ

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人気・実力を兼ね備えた執筆陣によるバラエティー豊かな作品や、著者インタビュー、近刊情報などを掲載。
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2023年12月の記事一覧

アイアイからインドリに?! 「病める時も健やかなる時も」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの「卒業式、走って帰った」

動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。第2回はパートナーの看病を通して感じたことのお話です。 #02 病める時も健やかなる時も この冬、夫が初めて熱を出した。つきあっているときを含めても風邪らしきものをひい

変えられるところから積み重ねて――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、新刊の執筆をきっかけに取り組んでいる、小さな「魔法」についてお届けします。 ※当記事は連載の第33回です。最初から読む方はこちらです。 #33 小さな魔法をかけるように この連載が始まってから、数々の不調をギャーギャーと訴えてきた。私なりにあらゆることをやった。通院したり、よく眠れるようにふるさと納税の返礼品に高い枕を選んだり、漢方薬を手に入れたり、身体

こんにちは。くじらちゃんですよ。――「ことぱの観察 #06〔忘れる〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 忘れる 「ふーん」と相槌を打ったら、話していた夫がなにかちょっと言い淀んだ。 「うーん。まあ、どう考えても君も知ってる人ですけど……」 「うそっ。どこの人」 「サークルだね。おれと君とが入ってたサークル」 「マジ?」  聞けばマジであるという。  べつに、夫が巧妙な叙述トリックを使って話してい

隣国での有事はいかにして起こり得るか――『総理になった男』中山七里/第17回

「もしあなたが、突然総理になったら……」  そんなシミュレーションをもとにわかりやすく、面白く、そして熱く政治を描いた中山七里さんの人気小説『総理にされた男』待望の続編!  ある日、現職の総理大臣の替え玉にさせられた、政治に無頓着な売れない舞台役者・加納慎策は、政界の常識にとらわれず純粋な思いと言動で国内外の難局を切り抜けてきた。日本でのオリンピック・パラリンピック開催を切り抜けた真垣内閣。しかし、慎策の思いから開会式の中継で台湾を「TAIWAN」と呼称したことが、思わぬかた

希望を手放さない――ネイサン・イングランダー『耐えられない衝動を和らげるために』#2

「二十七番目の男」ピンカス・ペロヴィッツ  さて、イングランダーの原点ともなった短篇「二十七番目の男」とはどんな話なのか。1952年にスターリン統治下のソビエト連邦で実際にあったユダヤ人作家の虐殺がモデルとなっている。その首謀者はもちろん、国のリーダーであるスターリン自身だ。とは言え作品内において彼は、具体的に自分が誰を殺したかは意識していない。彼がしたことは、下から上がってきた命令書にサインすることだけだ。  それではなぜ、ユダヤ人作家たちが殺されなければならなかったの

「日記の本番」11月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの11月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。 8歳から成人するまでの間、わたしは同じ夢を見ることがあった。それは決まって高熱のときで、わたしは大きな風邪やインフルエンザになるたびに同じ夢を見た。 黒い球にひたすら追いかけられる夢。言葉にするとあまりにも単純な悪夢だが、それは映像としても本当にシンプルなものだった。わたしの目の前に、真っ暗闇が果てしなく広がってい

もし今、アメリカで……――ネイサン・イングランダー『耐えられない衝動を和らげるために』#1

傷を負って生きるマイノリティー  授業中に聞いたある一言がどうしても忘れられない。僕が2001年から3年ほど留学していた南カリフォルニア大学はロサンゼルスの中心部にあって、学費もまあまあ高く、したがってある程度、裕福な家庭で育った白人の学生が多かった。だから、キャンパスに通う学生の半分ぐらいがアジア系で占められている地元のライバル校、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とは雰囲気も対照的だ。言ってみれば、お金持ちの子どもがスポーツをやり、勉強し、恋愛をし、ITや映画といったビ

あなたのそれはどんな音? 「人生が始まる音がした」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの『卒業式、走って帰った』

動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。第1回は連載タイトルの由来でもある、篠原さんの転機のお話です。 #01 人生が始まる音がした 高校を卒業して10年がたった。夢みたいに楽しくて自由なばかりの時に育まれて

映画賞を総ナメ、映画・ドラマに引っ張りだこ、それでも「ふつう」であり続ける岸井ゆきのの本音

『恋せぬふたり』『愛がなんだ』『大奥season2』をはじめ数々の映画、ドラマ、舞台、CMなどで活躍、昨年公開の『ケイコ 目を澄ませて』では数々の映画賞を総ナメし、いま最も注目を集める俳優・岸井ゆきのさん。  岸井さんがこれまで明かすことのなかったあるがままの気持ちを記した初めてのフォトエッセイ『余白』は、岸井さんの素顔にふれられる一冊です。  現在、購入者のお名前と岸井さんのサインを直筆した『余白』を数量限定でhontoで予約受付中です。それを記念して、当記事では本書の中か

「日記の練習」11月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの11月の「日記の練習」です。 11月1日 何もかもが手遅れな一日。忙しさに追い詰められたら、むくむくとどこかへ行きたくなって咄嗟に11月中の京都行きを決めた。格安航空が格安でびっくり。はじめて飛行機にひとりで乗るんだと思ったらもう緊張してきた。わたしは生活に過度な負荷が掛かりはじめると、忙しさの中を飛び出すように、スケジュールを無理やり突き破って突拍子もない遠出を試みようと

知っていると思っているもののことさえ、本当はなにもわかっていない。――「ことぱの観察 #05〔確認〕」向坂くじら

詩人として、国語専門塾の代表として、数々の活動で注目をあびる向坂くじらさん。この連載では、自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察していきます。 確認 週末、夫とふたりで一日乗車券を買って、東京じゅうをぶらついていた。決まった行き先は特にない。どこにでも行けるとなると、かえってどこに行けばいいかわからなくなる。せっかく乗り放題なのだからあちこち行かないともったいない、という貧乏性も加わって、わたしたちはヒット・アンド・アウェーで駅から駅を渡り歩

「日記の本番」10月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの10月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。 先行きが不安になると会社勤めの人たちと同じ行動をしたくなる。だから8時には家を出て、出勤ラッシュのスーツの波に飲まれながら作業場まで歩く。働いていた四年間は車通勤をしていて、いつも会社にいちばん近い駐車場に停めて、始業ギリギリの時間に滑り込むように到着していたから、実際はこんな風にたくさんの通勤者と共に歩いていたわ