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変えられるところから積み重ねて――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、新刊の執筆をきっかけに取り組んでいる、小さな「魔法」についてお届けします。
※当記事は連載の第33回です。最初から読む方はこちらです。


#33  小さな魔法をかけるように

 この連載が始まってから、数々の不調をギャーギャーと訴えてきた。私なりにあらゆることをやった。通院したり、よく眠れるようにふるさと納税の返礼品に高い枕を選んだり、漢方薬を手に入れたり、身体を温めたり、ジムに入会したり、そして幼い頃、記憶の中で、母が飲んでいた数々の苦い茶色いもの(プラセンタ、薬用養命酒、高麗人参)をいよいよ飲み始めた。
 しかし、ここにきて、この数年続いている体調不良の原因を、本格的につき止めたのである。
 ズバリ、単純に産後と加齢で体力が落ちているのに伴い、毎日私の反省が尽きないためだ。ことにコロナ以降、それは顕著である。作家として仕事のバリエーションが増え、海外での翻訳が進み、子どもも大きくなってくると世の中の見え方が変わっていく。「ああ、私ってすごく差別的だ!」「なんで、あんなこと平気で言った(やった)んだろう」「あの時の私の無関心のしわ寄せが明らかに今の若者に……」と、毎日ニュースやコンテンツに触れるたびに、押し寄せてくるのは、過去四十二年分の自分への怒りと不信と恥ずかしさである。
 めっちゃ恵まれていたのに私は自分以外に全くと言っていいほど関心がなかった。とにかく作家になって書きたい内容を書きながら商業ベースに乗ることしか考えていなかった(悲しいかな今もそれはそう)。それに加えて、若かりし私をときめかせ、導いてきたものたちが、実は搾取や支配に満ちていたことが、ニュースで毎日のように暴かれてもいるのである。(これを読んでいる中年以上の読者の方で、うっわ、自分のことだ! と辛くなる方がいるかもしれないが、あくまでもこの私自身の反省で、他の誰でもない。間違いなく、あなたじゃないですよ)
 自分の人生がやり直しポイントがわからないくらい間違いだらけであった、と気づいても、育児や締め切りは続く。今すぐ人生をガラッと着替えるのは無理だ。さらに、この文章を書いている私は、失敗や鈍感さがあっての私でもある。でも、ちょっとでもマシになりたい。完全にゼロは無理でも、踏んづける人数をできるだけ減らしたい。何しろラッキーにも書く仕事を貰えているわけなので、そこにガンガン反映することもできる。しかし、まあ、中年になってくると、反省するとそこで体力が尽きてしまうのだ。あれこれ考えていると、身体があんまり動かなくなり、自業自得だが、冒頭の不調がやってくるのである。
 アメリカの学園映画を見ていると、調子に乗った主人公が終盤で仲間を傷つけてしまうが、そこから深く反省し、仲間たちに許してもらい、勇気ある行動で学園に良い変化をもたらし、ハッピーエンドを迎えることがかなり多い。昔はそういう展開が我がことのように誇らしかったが、今見ると「反省→行動→変化」がスピーディーなことに驚いてしまう。起き上がれなくなったりしないんだよなあ。みんな内面が素晴らしい以上に、まず体力があるのだ。
 そんな私に、ちょっとした変化が起きた。新刊の児童書『マリはすてきじゃない魔女』を書くにあたって、現代魔女の谷崎榴美さんに、色々な魔法関連の書籍を教えてもらったのだ。お金持ちになる魔法、協力してもらえる魔法、不安を鎮める魔法、とか、子ども時代のときめきが蘇るようで、最近ハマって、毎晩、魔法三昧である。私が好む魔法は、ハーブを使った料理ばかりである。シナモンたっぷりのお菓子やバジルのパスタなんて「きょうの料理」にも登場できそうだ。ハーブをすりつぶしながら、いろんな願いを込めると、なんだか効きそうな気がするし、とりあえず、料理は一品できるし、何しろハーブで血の巡りが良くなるのは事実なので、いいことづくめである。大きな魔法で世界を救いたいのはやまやまだが、毎日立つキッチンでも、魔法は使えるのだ、と目を見開く思い。大谷翔平は大きな夢を実現するために、やるべきことを細かく一日単位に区切って、日々のルーティーンをこなしていったらしいが、私も今の私にすぐできる改革をいくつもいくつも積み重ねていくのはどうか。例えば、募金や応援したい人や地域の商品を買うことは、ソファに横になりながらでもすぐできる。もちろん小説にしっかり今考えていることを込めていくつもりだが、私のようなタイプの書き手は、コラムやエッセイ、本の帯など小さな依頼が毎日たくさんあり、その媒体を選ぶことができる。どこと仕事をするかを真剣に選別し、意思を表明していくことはできるのでは、と最近気がついた。(実は連載開始前にちょっとだけ交渉したのだけれど、二年前に紙の連載からwebに移ったこの連載、noteというプラットフォームはいかがなあ? と最近思っている。noteを書いている人がいけない、というのではない。ただ、公式に仕事として連載しているのであれば、ある程度、私に考えはあってもいいのではないかという話だ)
 だから、ひょっとすると、次に会うのは違う場所かもしれないが、読者の皆さん来年もよいお年を!
 皆さんが楽しく暮らせるように、魔法をかけておきますね。

次回の更新予定は1月20日(土)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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柚木麻子さん講演会「林芙美子と尾道」&サイン会が開催されます
尾道ゆかりの作家、林芙美子の生誕120年を記念し、広島県尾道市で柚木麻子さんの講演会が開催されます。
日時:令和6(2024)年1月28日(日) 14:00~15:30
会場:尾道市役所 2階多目的スペース1,2(入場無料;先着150人)
主催/林芙美子生誕120年記念実行委員会(尾道市、おのみち林芙美子顕彰会)、尾道市立中央図書館、㈱啓文社
後援/尾道市教育委員会、尾道市文化協会
お問い合わせ/尾道市文化振興課 ☎(0848)20-7514

当サイトでの連載を含む、柚木麻子さんのエッセイが発売中!
はじめての子育て、自粛生活、政治不信にフェミニズム──コロナ前からコロナ禍の4年間、育児や食を通して感じた社会の理不尽さと分断、それを乗り越えて世の中を変えるための女性同士の連帯を書き綴った、柚木さん初の日記エッセイが好評発売中です!

プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』など著書多数。12月25日に初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』(エトセトラブックス)が発売に。

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