今年が良い年になりますように!――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子
『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。お正月に立てた、2024年の決意表明をお送りします。
※当記事は連載の第34回です。最初から読む方はこちらです。
#34 2024年の二つの目標
年が明けるなり、胸の痛むニュースが続く。
前回も書いた通り、私は、四十二年間自分のことしか考えてこなかった(それが通用した最後の世代かもしれない)人生を後悔しっぱなしである。そして、こうやって書いている今も、自分で頭がいっぱいなのである。若い頃は「やらない後悔よりやった後悔」と上の世代によく背中を押されたもので、それはそれで感謝しているが、今ならタイムマシンで飛んで行き「いや、やった後悔もそれはそれで、めっちゃキツいぞ」と二十代の自分に叫びたい気分である。現在進行形で困窮したり、戦争や天災で亡くなった人たちの存在を思うと、やっぱり少しずつでもこの生き方を改めねば、とつくづく思うのである。もっとガッツリ募金したいから、年収を上げたい。次世代のためになるような業界の改善を訴える力が欲しいし、あと少しでも読者のライフハックとなりつつ、ちょっとだけ気分が変わる、うるおいになるような小説が書きたい。そんなわけで今年は一から働き方を見直してみようと思う。
忘れないうちに、お正月に二つ目標を掲げておきたい。
一つ目は、「魔」を減らすということである。仕事をもっと頑張りたいとは思うが、遊ぶ時間や睡眠時間を削ったら、いつか恨み節になり、楽しそうな人が憎くなりそうな気がする。いや、私は絶対そうなる。だから、現状の手持ち時間をよくよく見直してみることにする。そうやって自分の一日の時間割を見直した時、「魔みたいな時間」がかなりあるのである。次のことに取り掛かりたいのに、どうしてもやりたくなくて、横になってスマホをダラダラ見たり、ただただ不安でぼんやりしている、何もしていない時間である。下手したら一日「魔」だったりする。厄介なのはダラダラしていても頭が焦っているわけで、のんびりできる時間とは全然違うところだ。今年はこの「魔」をできるだけ減らしていこうと思っている。あと「魔」の時に、どうしても体が動かないのは、単純にスタミナがないということもある。いつもシャキシャキしている人は頑張り屋である以前に、そもそも体力があるのである。遅ればせながらタンパク質をよくとって元気を出したい。幸い、最近とてもよく眠れるようになったので、この点は大きな躍進である。あと、子どもの公園での遊びがどんどんハードになっているから、動けるようにならないとまずい。スマホのスクリーンタイムを見るのが最近怖かったが、三時間以内という低い目標を、今年も胸をはって掲げていこう。
二つ目は小さなものである。こちらは仕事と全く関係がないことだが、直近で一番のささやかな、しかし深い反省からくる、「クリスマスのチキンの骨をとっておく」ことである。
今年のおせち作りは一人でおせちを作り始めた十二年間の中で最もスムーズかつ、うまくいった。贔屓のお肉屋さんお魚屋さんが次々に閉店するという大ピンチを迎えたが、近隣の商店街を開拓しこれを乗り切った。出来栄えも母が「亡くなった義母の味にそっくり」と絶賛したくらいである。量も絶妙で、年末、家族以外の三人に配った上で、一月二日には黒豆をのぞいてピッタリと食べ終えることができた。
得意な気持ちのまま、すぐに「一年の計のスープ」に取り掛かった。数年前から毎年作っている寿木けいさんのレシピである。おせちに使った食材の捨てるところ、エビの殻や出汁をとった昆布やカツオ、野菜の切り屑なんかを、三時間弱火で煮出す、滋味深いスープだ。
去年は、仕事でラーメン作りに精を出していたのでふと閃いて、この一年の計のスープで、淡麗系醤油らーめんを作ってみたのである。ミツバや蒲鉾の残り、煮卵も乗せたらお店のような見た目で、家族に絶賛された。ただし、エビの頭を全部とっておいたわけではないので、ややコクには欠けた。今年の「おせちラーメン」は反省点を生かし、エビの頭を意識的にとっておいて、六匹分全て入れたおかげで、甘みが増し完璧なものに近づいた。しかし、こうも思った。「どうして、クリスマスのチキンの骨も、とっておかなかったんだろう」と。昨年末は小林カツ代の「ケンタッローフライドチキン」をたくさん揚げたり、丸鶏を焼いたり、例年よりたくさんチキンを食べたのである。正直なところ、骨を捨てる時、「勿体無いなあ」と少し思ったのだ。あの大量の骨があれば、このおせちラーメンはより完璧なものに近づいたはずなのに。絶対に今年は、ローストチキンもフライドチキンも骨をとっておいて洗い、冷凍しておく。そして一月二日は凍ったまま一年の計のスープに放り込む。クリスマスとおせちが合体したラーメンは、きっともっと美味しいはずなのである。
昔は年始の目標というと十くらい掲げていたが、ベストは二つだ。一つだと忘れるし、三つ以上になると、集中力が分散してしまう。一つを大きいもの、もう一つを小さいものにしておくと、だいたい達成できる。これは断言する。皆様も良い一年をお過ごしください。
次回の更新予定は2月20日(火)です。
題字・イラスト:朝野ペコ
柚木麻子さん講演会「尾道と林芙美子」&サイン会が開催されます
尾道ゆかりの作家、林芙美子の生誕120年を記念し、広島県尾道市で柚木麻子さんの講演会が開催されます。
日時:令和6(2024)年1月28日(日) 14:00~15:30
会場:尾道市役所 2階多目的スペース1,2(入場無料:先着150人)
主催/林芙美子生誕120年記念実行委員会(尾道市、おのみち林芙美子顕彰会)、尾道市立中央図書館、㈱啓文社
後援/尾道市教育委員会、尾道市文化協会
お問い合わせ/尾道市文化振興課 ☎(0848)20-7514
「作家柚木麻子さんが語る~次世代につなぎたいもの~」講演会が開催されます
東京都豊島区で開催される、一人ひとりがジェンダー等の違いにかかわりなく尊重され、「誰もが自分らしく生きられる社会」について考えるきっかけとなる講演会に、柚木麻子さんが登壇します。
日時:令和6(2024)年2月17日(土) 14:00~16:00
会場:としま産業振興プラザ(IKE・Biz)6階 多目的プラザ(入場無料:先着80名)
申込・お問い合わせ先/豊島区男女平等推進センター(エポック10)
当サイトでの連載を含む、柚木麻子さんのエッセイが発売中!
はじめての子育て、自粛生活、政治不信にフェミニズム──コロナ前からコロナ禍の4年間、育児や食を通して感じた社会の理不尽さと分断、それを乗り越えて世の中を変えるための女性同士の連帯を書き綴った、柚木さん初の日記エッセイが好評発売中です!
プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』など著書多数。12月25日に初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』(エトセトラブックス)が発売に。