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小説・エッセイ

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人気・実力を兼ね備えた執筆陣によるバラエティー豊かな作品や、著者インタビュー、近刊情報などを掲載。
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2023年8月の記事一覧

与野党の協力は“呉越同舟”か、ただの“水と油”か――『総理になった男』中山七里/第10回

「もしあなたが、突然総理になったら……」  そんなシミュレーションをもとにわかりやすく、面白く、そして熱く政治を描いた中山七里さんの人気小説『総理にされた男』待望の続編!  ある日、現職の総理大臣の替え玉にさせられた、政治に無頓着な売れない舞台役者・加納慎策は、政界の常識にとらわれず純粋な思いと言動で国内外の難局を切り抜けてきた。集中豪雨によって被害が拡大している大規模な河川の氾濫。慎策は、その問題の根本にあるダムの縦割り管轄に伴う伝達系統の煩雑さを是正すべく、関係閣僚を招集

演劇は言葉と身体と光と美術と音楽と踊りが織りなす総合芸術である――「マイナーノートで」#29〔芝居極道〕上野千鶴子

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。 ※#01から読む方はこちらです。 芝居極道 自分以外の何ものにもなりたくないと思っていた若い頃、板の上で他人の人生を生きようとする演劇青年たちが理解できなかった。他人の書いた脚本通りに声を出し、アドリブは許されず、自分の肉体を人前に晒す。恥ずかしげもなく、よくあんなことができるものだと思った。

七年ぶりの海外旅行へ――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。出産以降初、久しぶりの海外旅行での最高の出会いと、柚木さんが考えたこととは? ※当記事は連載の第29回です。最初から読む方はこちらです。 #29 無限の時間を 以前、この連載で、いずれ必ずやってくるだろう死の恐怖に突然とりつかれ、刻一刻と過ぎていく時間をつなぎとめるために、日記を書き始めた、とつづったはずだ(#14死の恐怖)。私は昔、大病して昏睡状態を経験したこ

自然災害の多い日本で被害を最小限に食い止めるには――『総理になった男』中山七里/第9回

「もしあなたが、突然総理になったら……」  そんなシミュレーションをもとにわかりやすく、面白く、そして熱く政治を描いた中山七里さんの人気小説『総理にされた男』待望の続編!  ある日、現職の総理大臣の替え玉にさせられた、政治に無頓着な売れない舞台役者・加納慎策は、政界の常識にとらわれず純粋な思いと言動で国内外の難局を切り抜けてきた。野党の大物議員・大隈を官房長官として迎え入れることで、党の垣根を越えて国難に向き合った慎策。コロナ対策を乗り切ったかと思った矢先に、今度は「自然災害

「日記の本番」7月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの7月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。 染野太朗の『初恋』という歌集を読みながら身をよじる。ページを捲るほどにたまらない歌ばかりあるので、もう、たすけてくれよという気持ちで鉛筆が欲しいと思った。溺れそうなときのささやかな浮き輪のように、きつい上り坂に使う杖のように、この歌集を読むときはこれぞという短歌の頭にちいさく○とつけることで息をつこうと考えたのだ。い

「日記の練習」7月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの7月の「日記の練習」です。 7月1日 北上川の近くを泣きながら歩いた。北上川もそんなに泣かれたら困るだろうなと思うくらい泣いた。 7月2日 山がきれいに見えて吉日だった。この日のことを何度も思い返したりするのだろう。歩道橋に登ると開運橋がいつも通り見えた。 7月3日 すべての労働は「連絡を返し続ける」ですよねという話をした。喫茶店のママから軽井沢のお土産とのことでクッキ

できの悪いコピーに徹する――#3シャオルー・グオ『恋人たちの言葉』(3)

映画監督として、小説家として  さて、本書を書いたシャオルー・グオとはどういう人物なのか。1973年に彼女は中国で生まれた。その後、難関校である北京電影学院で修士号を取得し、2002年にイギリスに渡って、国立映画テレビ大学の監督コースで学んでいる。映画監督としての評価は高く、『中国娘』で2009年にロカルノ映画祭で金豹賞を獲得した。  農村の娘が都市に出て工場で働くがクビになり、裏稼業の男の愛人となるも彼は殺され、男の金でロンドンに観光旅行に出かける。そのまま滞在し続け

ここに違和感はあるが、帰る国はない――#3シャオルー・グオ『恋人たちの言葉』(2)

研究と恋愛と水上生活と  さて、僕は留学先から出身国に帰ってきた。けれども『恋人たちの言葉』の主人公は、イギリスから中国には帰らない。彼女には帰れない理由がある。もともとは中国南部の農村に暮らしていた。だが農地も動物もすべて処分してしまい、都市に移り住んだ。その後相次いで両親が亡くなったので、もはや中国には帰るべき家も故郷もない。ひとたびイギリスに根付いてしまった以上、もう一度中国に帰っても、馴染めるかどうか自信がない。とにかく中国に帰ることを考えると「やる気がなくなり体

葛藤と挫折、(やや)ドラマチック体験の末に得たもの――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。 *第1回からお読みになる方はこちらです。 #16 やっとのことで手に入れたもの 我が敬愛する漫画家兼作家の女性は言った。「誰もが、自転車に乗れるようになるまでにはドラマチックな経験をしているのではないか」と。  彼女の描く漫画の主人公

消し去ることのできない言語的人格――#3シャオルー・グオ『恋人たちの言葉』(1)

「どうしてわざわざ日本に戻るんだ?」  今でも時々、なんで自分はアメリカから日本に帰ってきたんだろう、と思う。20年ほど前、ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学英文科の大学院に入ったとき、できた友人のほとんどが、外国からアメリカに渡ってきた人だった。ナイジェリアから亡命同然で来たクリスだけではない。ペルーから移民としてやってきたり、あるいは韓国からアメリカの白人夫婦に養子として引き取られてきたりと、教室のメンバーは本当に多様だった。  そもそも、僕の指導教員はヴィエト