マガジンのカバー画像

小説・エッセイ

298
人気・実力を兼ね備えた執筆陣によるバラエティー豊かな作品や、著者インタビュー、近刊情報などを掲載。
運営しているクリエイター

2023年6月の記事一覧

愛くるしいねこたちがいっぱい!――荒井良二さんが自在に描くねこと夢

 世界からも高く評価されるアーティストであり、日本を代表する人気絵本作家である荒井良二さん。これまで『ねむりひめ』や『きょうのぼくはどこまでだってはしれるよ』など、これまでさまざまな絵本を編集部ではご一緒させていただいてきました。  そんな荒井良二さんの最新絵本『ねこのゆめ』が6月26日に発売されました。最新絵本の主役はねこ! ねこ好きの荒井良二さんにとって、本作が単著として初めての“ねこの絵本”です。ねこ好きの人はもちろん、そうでない人も読んだらほっと温かく、何より前向き

消費税増税だけが財源頼みなのか?――『総理になった男』中山七里/第6回

「もしあなたが、突然総理になったら……」  そんなシミュレーションをもとにわかりやすく、面白く、そして熱く政治を描いた中山七里さんの人気小説『総理にされた男』待望の続編!  ある日、現職の総理大臣の替え玉にさせられた、政治に無頓着な売れない舞台役者・加納慎策は、政界の常識にとらわれず純粋な思いと言動で国内外の難局を切り抜けてきた。未曾有の感染症の拡大で、政府の対応は後手に回らざるを得ない。慎策は野党との論戦にも押し込まれてしまった。予算確保もままならない政府が、果たして取るべ

日本人のお尻は甘やかされている――「マイナーノートで」#27〔トイレ事情〕上野千鶴子

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。 ※#01から読む方はこちらです。 トイレ事情 コロナ禍での封印を解いて、4年ぶりに海外へ出た。出るたびにぎょっとするのはホテルに入って、最初にトイレを使うときだ。まず便座の高さが違う。腰を下ろしかけて、どこに着地すればよいかわからないまま、お尻が宙に浮く。お尻がついたらついたで、今度は足が浮く。

新しい人生の、スタート――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は久しぶりの夜遊びと、家庭のカレーの変遷から、柚木さんの新しい一歩についてお送りします。 ※当記事は連載の第27回です。最初から読む方はこちらです。 #27 夏の夜の空気 産後はじめて、つまり六年ぶりくらいに夜遊びにでかけた。  いやいや、十九時以降、食事や飲み会、観劇には子どもを夫に任せ、割とよく出かけている方だが、今にして思えば、それらの性質は割と仕事寄

「日記の本番」 5月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。くどうさんの5月の「日記の練習」をもとにしたエッセイ、「日記の本番」です。  考えてみると、わたしの中でいちばん思い入れのある花が芍薬なのかもしれない。わたしがはじめて出した本の1ページ目のタイトルは「芍薬は号泣をするやうに散る」という俳句から始まっている。はじめて一人暮らしの家で生けて散った芍薬のことをいまでも強烈に覚えている。白い芍薬は、散るとき、ぼろぼろ泣くように花びらを落とす。泣いた

私は踊りたいし、自分の人生を生きたい――#2ゼイディー・スミス『スイング・タイム』(3)

守られるべき「子供」はだれか  500ページ近くにもわたるこの作品には、もっともっと多くの内容が詰まっている。何より印象的なのは、主人公と両親との関係だ。彼女は両親のことを、自分が守らなければならない子供、として捉えている。母親は考えすぎだし、父親は感じすぎだ。こうしたアダルトチルドレン的な思いからも、彼女の親子関係が問題を孕んでいることがよくわかる 。  主人公の母親は常に本を読んでいる。どういう本かといえば、ハイチ革命についての高名な歴史書であるC.L.R.ジェイムズ

「自分」とは誰のことなのか――#2ゼイディー・スミス『スイング・タイム』(2)

タップダンスに魅せられた少女たち  すべての始まりは1982年に開かれたロンドンのダンス教室だ。そこでふたりの少女が出会う。本書の語り手である主人公と、その友人のトレイシーだ。彼女たちには共通点がある。黒人と白人両方の血を引いていて、肌の色も背丈も学年も同じなのだ。主人公の母親はジャマイカ系の黒人で、父親は白人の郵便局員だ。それに対して、トレイシーの母親は白人で、父親は刑務所に出たり入ったりしている黒人である。共通点はそれだけではない。ふたりはプロジェクトと呼ばれる低所得者

国難の時こそ政府の力が問われる――『総理になった男』中山七里/第5回

「もしあなたが、突然総理になったら……」  そんなシミュレーションをもとにわかりやすく、面白く、そして熱く政治を描いた中山七里さんの人気小説『総理にされた男』待望の続編!  ある日、現職の総理大臣の替え玉にさせられた、政治に無頓着な売れない舞台役者・加納慎策は、政界の常識にとらわれず純粋な思いと言動で国内外の難局を切り抜けてきた。インバウンド消費の向上によって景気回復を実現した慎策。しかし喜びも束の間、その政策を嘲笑うかのように、日本だけでなく世界中を巻き込む未曾有の事態が―

黒人であり、なおかつ白人であること――#2ゼイディー・スミス『スイング・タイム』(1)

カギを握る映画、『有頂天時代』  まずは題名である。「スイング・タイム」という言葉から 何が思い浮かぶだろうか。スイング、と言えばジャズかな。そして、ビッグバンドによるスイングジャズが流行した1930年代から40年代はじめの時代を描いた作品だ、と思う読者は多いのではないか。 これは半分正解で半分不正解である。実は「スイング・タイム」というのはフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが主演した映画『有頂天時代』 (1936年)の原題なのだ。そしてゼイディー・スミスによる本書

わたしの休日に〝午前中〟は存在しない――上白石萌音の「ぐうたら」な休日

 2021年9月に発売された上白石萌音さんの初エッセイ集『いろいろ』。好評を博し、累計発行部数7万部を突破した本書が、このたび初めての海外翻訳出版として、台湾で本日発売されます。それを記念して、『いろいろ』からエッセイ「オフる」を公開いたします。  *同じく『いろいろ』からのエッセイ「視る」の試し読みはこちらです。 オフる 会話のとっかかりの定番、「休日は何をしているんですか」。  いつも当たり障りのない回答をするけれど、ここには本当のわたしの姿を記しておくとしよう。  先

ギリシャへの旅で痛感した人間の愚かさ――「マイナーノートで」#26〔ヘロドトス漬け〕上野千鶴子

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。 ※#01から読む方はこちらです。 ヘロドトス漬け ギリシャ旅行に行くのに、どの本を持っていけば良いか、考えた。そこにあまりにタイミングよく、尊敬する西欧古典古代研究者の桜井万里子さんから、新刊『歴史学の始まり ヘロドトスとトゥキュディデス』(講談社学術文庫、2023年)が届いた。天の配剤とはこの

「日記の練習」5月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの5月の「日記の練習」です。 5月1日 棒に振った一日。もらったあんこペーストをぺろぺろなめていたら日が暮れた。 5月2日 動物園。寝ていると思っていたシロフクロウが思い立ったように「ホウー!」と鳴き出してびっくりした。野太い声だった。ホーホーではなくて、ホウー!ホウー!と言い、鳴くたびに顎を前に出している。脚がむくむくしている鳥は全部かわいい。イヌワシの太い脚見てからフラ

〝必要無駄〞のおかげで今の自分があるのだ。無駄とわかっていてもすること――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。 *第1回からお読みになる方はこちらです。 #14 無駄とわかっていてもすること 「これまであなたに使った時間を返してよ! 無駄にさせないでよ!」と怒鳴られてとても怖かった。これは、学生時代親しかった1学年先輩の女性に会った知人が言われた