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教養・ノンフィクション

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#重田園江

シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その11)

「もっときちんとできる」の追求 ブルシット・ジョブが大量発生する現代資本主義の仕組みについて知るには、『官僚制のユートピア』(2013)というグレーバーのもう一冊の本を併せ読まなければならない。『ブルシット・ジョブ』と『官僚制のユートピア』は、グレーバーの著作の中では、『価値論』と『負債論』のように2冊でひとまとまりのテーマを扱っている。その意味で合わせ鏡のような2冊の本を往復しながら読み考えることで、現代社会のブルシットさがどこに起因し、そのなかで人はどのように苦しんでい

シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その10)

具体例を集めて「理論」を名乗った本 みなさまお久しぶりです。言い訳にも飽きたと思いますが、なぜか職場で管理職になってしまい(大学教員は特殊な職業なので出世ではなく輪番みたいなもの)、ブルシット・ジョブに邁進していたら、あっという間に時間が経ってしまいました。  というわけで、いよいよ『ブルシット・ジョブ』(2018)の話をしよう。この本の原題はBullshit Jobs : A Theoryとなっており、どうやら「理論」の本らしい。もっともグレーバーはこの本の端々でどこと

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その9)

あらゆるものに値段が…… そうかといってグレーバーが、互酬を含む交換に代わって、コミュニズムやヒエラルヒーの原理に立ち返ろうと言っているかというと、そんなことはない。さしあたり『負債論』で試みられたのは、「借りたものは返す」とは異なる社会関係や経済の営みが存在すること、また負債の中にも、契約書に記された金額を期日までに定められた条件で(利子をつけて)返済するという、私たちがローンやクレジットとして見慣れたものとは異なる、さまざまな貸し借りの形態が存在すると示すことだ。  

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その8)

「でもやっぱり、借りたお金は返さないと」(!) さて、いよいよ『負債論』に入っていこう。この本は、私たちが経済活動について考えたりイメージしたりする際に、いつも市場の商品交換をモデルとしているせいで気づかない事柄について教えてくれる。というより、市場の商品交換モデルをここまで当然のごとく前提している社会に住んでいることに、改めて驚かされる。私たちは、よく考えれば市場とは異質なはずの社会関係を含めて、何でもかんでも市場モデルで捉えているのだ。読後には、当たり前と思っていたこと

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その7)

この連載でも取り上げ、日本語訳が出ていないと文句を言っていた、グレーバーとウェングロウの『万物の黎明』が、酒井隆史訳で光文社から9月30日に出版されます。さっそく見本をいただきました。酒井さん、毎度毎度ありえない長さの翻訳をありがとう! ちなみに日本語訳は本文だけで二段組で593ページあります。 価値はモノではなく「関係」にある またしても長い前置きのようだが、ここまでの話を念頭に置くと、『価値論』でグレーバーが価値とは何かについて考察している部分に納得がいく。『価値論』第

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その6)

天気予報と下北沢 毎日暑い。暑さについては、お天気キャスターや気象予報士がエルニーニョやラニーニョなど、何やらかわいい名前の現象と関連づけて解説してくれている。そして、「○十年に一度の暑さ」だとか毎年のように言っていたと思ったら、とうとう今年は世界の気温が観測史上最高の7月、そして8月になったらしい。どうも毎日のお天気ニュースは、熱中症や暑さ対策のためエアコンをつけて、と言ったり、目下の気象条件から当面の暑さの原因を説明するのに専念することで、地球に人間が多すぎてエネルギー

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その5)

考古学とのコラボレーション このように見てくると、文明の進歩と、小さく単純な社会から大きくて複雑な国家への発展という歴史像への疑念は、人類学における一つの伝統だといえる。あるいは文明史に対する人類学的懐疑といってもよい。こうした伝統を受け継ぐ新たな試みとして、グレーバーとウェングロウの『万物の黎明』を位置づけることができる。ここまでの記述から、この本がどんな歴史像、人類史の見方を破壊しようとしているかは、だいたい理解できたはずだ。では具体的にはどうやって、それを遂行しようと

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その4)

遺著『万物の黎明』は何を目指したか グレーバーの民主主義=アナキズム像を知って胸が熱くなってきた。そこで次に、The Dawn of Everything: A New History of Humanity(以下、本文中では『万物の黎明』)を取り上げることにしよう。これは、グレーバーの不慮の死によって遺著となってしまった作品である。共著者はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの考古学教授、デイヴィッド・ウェングロウ。考古学者との共著を通じてグレーバーは、西洋近代を相対視す

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その3)

「欧米とそれ以外」という世界像を批判する 西欧/欧米とそれ以外の地域や文化の区分を自明とする世界像の批判と、グレーバーにおけるアナキズム観には深い関係がある。つまり、人類学者としての仕事と社会運動の実践家としての活動とは結びついているのだ。では両者の関係はどのようなものなのか。これを明らかにするために、はじめに『民主主義の非西洋起源について』を取り上げる。この翻訳書は、2014年に刊行されたフランス語版を元にいくつかの論考を加えた日本語オリジナルである。ただしフランス語版・

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その2)

「アナキズム的な創造性」の特徴 とても遠くにいそうな、生態学者で植物学者で地理学者で都市学者でもあるゲデスや、元化学者でノーベル化学賞を取ったのに異端の経済学者となったソディと、人類学者のグレーバーが、いずれもアナキズム的な社会構想に活路を見出したのは、いったいなぜなのだろう。  すでに述べたとおり、私は彼らの政治的方向性の一致は決して偶然ではないと考えている。現在の世界がどれほど破滅的な状況にあるのか、そして何より破局に向けて猛スピードで突き進んでいるのかを理解すればする

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その1)

本を書いていた みなさまおひさしぶりです。たいがいにせい、というくらい間が空いてしまった。「連載どうなるんですか」「グレーバー篇が楽しみです」などと、半年くらい前まではときどき言われていたが、最近はそれすらなくなって読者も忘れているらしい。まことに月日は百代の過客ってとこですな。  さっき確認したところ、前回「第4章 ポランニーとグレーバー(その7)」が2022年5月公開だから、これを書いている2023年3月からすると、10カ月も前だ。何をしていたかというと、実はウクライナ

シン・アナキズム 第4章 ポランニーとグレーバー (その7)

機能的社会主義について(4) 交渉価格とは 話がごちゃごちゃしてしまっているが、こうした要素を考慮した形での価格決定に際して、生産アソシエーションと協議を行い、価格と財の配分を決定するもう一方の主体が、コミューンあるいは消費協同組合といった消費アソシエーションである。  ポランニーはコミューンを「政治共同体、地域アソシエーション、機能的国家、地域の役所、働き手の代表評議会、社会主義国家など」 [※1]を指すものとしている。ここではコミューンはその政治的役割を中心に定義され

シン・アナキズム 第4章 ポランニーとグレーバー (その6)

機能的社会主義について(3) 先月発売のちくま新書『ホモ・エコノミクス』が好評の重田園江さんによる、ポップかつ本格派の好評連載「アナキスト思想家列伝」は第15回を迎えました。「どんどん難しくなっているようで申し訳ない感じ」という重田さんですがここは踏ん張りどころ。「もう一つの社会のあり方」を本当に想像できる連続2回の1回目です。キーワードは引き続きカール・ポランニーの「機能的社会主義」。まずは500円分の切手の話から! ※これまでの各シリーズは下記よりお読みいただけます。

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その5)

「機能的社会主義」について(2) 重田園江さんによる、ポップかつ本格派の好評連載「アナキスト思想家列伝」第14回! 前回に引き続き、カール・ポランニーの「機能的社会主義」という魅力的なアイデアの歴史的背景を明らかにしていきます。 ※これまでの各シリーズは下記よりお読みいただけます。 「序 私はいかにして心配するのをやめ、アナキストについて書くことにしたか」へ 「ジェイン・ジェイコブズ編」の第1回へ 「ヴァンダナ・シヴァ編」の第1回へ 「ねこと森政稔」の第1回へ 「ポランニー