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何にも起こらない日、おめでとう。「繰り返しの毎日に飽きないために」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加

 自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を役所広司さんが受賞したことでも話題の映画「PERFECT DAYS」を観て山口さんが感じたことについてです。
※第1回から読む方はこちらです。


#3 繰り返しの毎日に飽きないために 

 2023年の暮れに、映画「PERFECT DAYS」を鑑賞。役所広司やくしょこうじ演じる平山さんが東京・渋谷区のトイレ清掃員として働く様子を描いた、いい意味で平凡な映画です。近所のおばあさんがほうきで道をはく音で平山さんは目を覚まし、歯を磨いてひげを剃り、植木の世話をして着替え、家を出る。BOSSの甘い缶コーヒーを買い、車に乗って仕事に出かける。汚れたトイレを清掃し、ゼロに戻していく。途中いくつかの出来事はあるのですが、大きな事件は一つもありません。60代のおじさんのルーティン映画と言えばその通りなのですが、ヴィム・ヴェンダースが撮ると特別な映画になるのは不思議で、名匠の力量を感じます。

 平山さんは毎日同じことを繰り返しているのですが、その中で自然や人との関わりに、ささやかなよろこびや美しさを感じている様子が見て取れました。人の心に浮かぶ、何かが「美しいな、きれいだな、面白いなぁ」と身体で直感的に感じることは、とても人間らしく、尊いんだ、ということを私は映画の大事なメッセージとして受け取りました。

 私の生活も平山さんと同じように、繰り返しのことしかしていません。食事に関しては、ほぼ毎日お米を炊き、出汁を取ってみそ汁を作り、野菜や肉を焼いて食べる。食べたら、食器を洗って片付ける。これから先もずっとこれが続いていくと思うと、「あと何回これやるんだろう……」とたまに思うこともあります。

 でも、料理中に感じている、切ったオクラの断面がきれいだなとか、茹でたブロッコリーがほかほかに茹で上がって気持ちよさそうとか、ぴかぴかに炊き上がったお米のいい香りを感じると、心の真ん中が素直によろこんでいる実感があります。
 料理は家の中で自然に触れられる行為であり、キッチンにいても夕日や夜空を眺めた時と同じような、じーんとした感動を得られます。そういう日常の断片に私の心は支えてもらっていて、それらに心が躍る状態にあるかを毎日確認するのが自炊の時間です。

 悲しいことがあっても、繰り返し何かを続けているとその一時は手元に集中することができ、悲しい思考を一時停止できる。日々の繰り返しには、傷をゆっくりと沈静化し、癒やしていく力があると感じます。

「何にも起こらない日、おめでとう」という気持ちをたまに思い出しながら、今日も同じ料理を作り続けられたらいいなと思います。

日々作るみそ汁の半分くらいは、なめこのみそ汁。みそ汁を日常的に食べる誰しもが、何度食べても飽きないみそ汁を持っているように思う。

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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。

プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)

1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。

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