ベストなタイミングを考えて作っているのに。「先に食べてるよ」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、自宅で誰かと一緒にごはんを食べるとうれしさが増すこともある反面、時にはそれによってやきもきすることも……というお話です。
※第1回から読む方はこちらです。
＃６ 先に食べてるよ
「先に食べてるよ」
夫と暮らし始めてから、何度この言葉を口にしたかわかりません。夫は人一倍集中して仕事をする人で、注意散漫になりがちな私からするとその集中力は尊敬に値します。でも、ごはんのことになると話は別なんですよね……。
私は料理を仕事にしており、試作も多く、新しくチャレンジしたいレシピも多いので、日常のほとんどの料理を私が担当しています。夫は掃除と洗濯、ゴミ捨てを担当していて、それ以外の家事は私が担当するという役割分担です。
ごはんだよ、と呼んでから席につくのが5分後、10分後になると、料理は全く違うものになってしまいます。パスタはできたてがいちばんおいしいし、青菜炒めはすぐに食べないと野菜の水分がどんどん出て気の抜けた味になってしまう。あぁ、悲しい。おかず、ご飯、おみそ汁。すべてがベストなタイミングを考えて作っているのに。
「本当はこの料理、もっとおいしかったんだよ？」「もっと早く食べてほしかった！」と、泣きそうになりながら話したことは何度あったでしょうか。（食いしん坊ってめんどくさいっ！）
一方で、夫にも仕事の事情があるので、早く食べてほしいのはこちらの言い分ということはわかっています。でも、出来上がった料理は刻一刻と変化していき、ぐずぐずになってしまった炒め物は、シャキシャキに戻せません。料理はその瞬間しかないおいしさがあり、過ぎてしまえば感じられない味があるのです。なんと、儚いものでしょう。
夫と暮らしてから3年が経ち、私なりに工夫したり、考えを改めたりしたこともあります。
・お互い在宅しているけれど予定が合わず、一緒に食べられない日のご飯は冷めても大丈夫な料理にする。例えば、煮物、汁物、チャーハンなど。
・ご飯ができる5分前に知らせる。それでも来ない時は（小さな怒りは覚えるけど）先に食べ始める。
・パスタはできるだけ作らない。パスタを食べる時は、すぐに食べ始められるように先にテーブルで座っててもらう。
・夫は暑がりなので、みそ汁はちょっと冷めたくらいがちょうどいいらしい。自分にとってのおいしさが、必ずしも相手にとってのおいしさではないことを肝に銘じる。
この連載を読んでくださっている方の中にも、私と同じような思いをしたことがある方はきっといらっしゃるのではないでしょうか。一緒に暮らす人と食卓を囲むことは、豊かな時間になる可能性を秘めていますが、同時に誰かがいることで生じるめんどくささもコインの表裏のように存在します。
相手に言いたいことや自分の気持ちをそのままにせず、（これもまためんどうだけど）その都度どうやって食べるのがお互い心地よいのかを話し合って、折り合いをつけていくのが良いのかなぁと思っています。ずっと小さな怒りをため続けて、爆発しちゃうと相手をびっくりさせちゃうからね。みなさんがどのように一緒に暮らす人との食事に折り合いをつけているのか、ぜひ聞いてみたいです。
夫と二人分のタッカンマリ。二人で一緒に食べるならカセットコンロを出すけど、一人だからキッチンに椅子を持ってきて食べました。こういう時、お盆が一枚あるだけで食卓として完成する感じがします。コトコトと揺れる鍋を眺めながら食べるとなんでかわからないけど寂しくない。
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※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加（やまぐち・ゆか）
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』（紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞）、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
＊山口祐加さんのHPはこちら。