春の食材には儚さがある。「春は風味を食べる季節」――料理に心が動いたあの瞬間の記録《自炊の風景》山口祐加
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴った風景の記録。山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。みなさんはこの春にどのような食材を食べましたか? 「春は特に好きな野菜が多い季節」という山口さんが味わった春の料理とは。
※第1回から読む方はこちらです。
#7 春は風味を食べる季節
春は短い。春の食材の旬も短い。ふきのとう、菜の花、たらの芽、たけのこ、あさり、ホタルイカ、初がつお、そら豆、春キャベツ、アスパラガス……。書き連ねているだけで、指が弾みます。寒い冬を越えてまたあたたかい日が続いていくのだという陽気な嬉しさも相まって、春は一年の中でも特に好きな野菜が多い季節です。
本の撮影などで季節外れの食材を料理することがありますが、春の野菜は本当に旬の時期しか手に入らないものが多く、それが天然のままだからいいなと思いつつも、仕入れに苦労します。どこのスーパーを探しても目当ての食材が撮影までに手に入らず、レシピ掲載を諦めることも何度かありました。桜は散ると知っているから、満開の姿が胸に刻まれるように、春の食材には儚さがあるなぁと思うのです。
2024年の4月から世界の自炊を学ぶ旅に出かけており、この原稿を書いている4月末は、茅ヶ崎の家を引き払って東京の実家に引っ越したあと、台湾から帰国し、次は韓国に行くという間の時期です(旅についてはまた折を見て書きますね)。家で一人、晩ごはんを食べる日があり、用事の帰り道に下北沢のオオゼキに立ち寄りました。オオゼキは食材の仕入れが幅広く、鮮度も良く、料理好きで知らない人はいないほど人気を誇るスーパーです。
店頭に緑が鮮やかでさやが太いそら豆が売られていて、目にして1秒でかごに入れていました。鮮魚コーナーにはぷりぷりの富山県産ホタルイカがあり、こちらも大好物なので即決でかごにイン。そら豆とホタルイカの炒め物は春によく作る一品で、そこに新じゃがいもを追加することもあります。なんかいい野菜ないかな〜と店内の野菜コーナーを見てみると「今日茹でてもらったんですよ」という顔をしているたけのこを発見。そら豆、ホタルイカ、たけのこ。この3つで今日の炒め物のメンバーが揃いました。
家に帰り、さっそく下拵えに取り掛かります。まずはそら豆をさやから外し、さらに薄皮を剝きます。ホタルイカは目と口を取り、背骨も抜きます。2つとも少し時間のかかる下拵えですが、やるとやらないでは仕上がりの食べやすさが全然違う。自分一人だけで食べるので、この炒め物だけで夕飯を済ませることを思えば、一点集中で時間をかけられます。
たけのこは食べやすいサイズに切り、そら豆とともに米油でフライパンで炒めます。オリーブオイルでもきっと合いますが、春の風味を存分に味わうために香りのない油を選びました。中火で触らずに焼き目をつけ、いい頃合いで火を消し、ホタルイカをフライパンに入れます。ホタルイカは火を入れすぎると硬くなるので、フライパンという熱いボウルの中であたためるくらいの感じで十分。最後に軽く塩で味をつけて完成です。春の食材は風味が強いので、味付けはできるだけ控えめに。春は風味を味わう季節です。
ささっと写真を撮り、熱いうちに口の中へ。歯応えのよいたけのこ、ほんのりと甘くコクのある風味のそら豆、内側に旨みをぎゅっと蓄えたホタルイカ。今しか出会えない食材が一皿にたっぷりと入っていて「これ、私が全部食べていいの?」と思うとほくほくした気持ちになります。3つのうちの2つを口の中に入れ、どんな味になるだろう? と試してみるのも楽しいんです。
食材は少し値が張りましたが、外食でこの料理があるかどうかもわかりませんし、あったとしてこんなにたくさんは出てこないと思うのです。食べたいものを、食べたいだけ作って食べる。自炊することで得られる喜びを、春はより一層感じられる季節です。
第8回を読む 第6回へ戻る
※本連載は毎月1日・15日更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
*山口祐加さんのHPはこちら。