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「日記の練習」1月 くどうれいん

小説、エッセイ、短歌、俳句とさまざまな文芸ジャンルで活躍する作家、くどうれいんさん。そんなくどうさんの1月の「日記の練習」です。


1月1日
初詣のために夕方母と小高い山の上の神社へ行き、戻ってきたらテレビ局がみんなおなじ警報を表示していて、こたつにいる父が「津波」と言った。
ツイッター見てツイートしてこれでいいのかわからない。そわそわして3000字書いてだれにも見せない。たくさんの「祈ります」に、それは祈りをした、をしているだけではないかと思ってしまう。でもそれ以外の方法が自分にもわからない。せめて黙って祈る。黙とうの時間にタイムラインに「黙祷」の文字が溢れた9年前と同じ気持ち。本当に黙祷しているならいまここに「黙祷」と打ち込むことはできないはずなのに。無力の滝に打たれて、いまのいま自分がまったく現地の人たちの助けにならない苛立ち。暖かい場所から他人の正義感をひとつずつ潰すように静かに怒っている自分に嫌気がさす。

1月2日
まだ実家。子犬におすわりとまてを教えた。おすわりとまてをひとセットで覚えてしまったので、おてという前から前足をちょいちょいちょいと差し出してきてたまらなくかわいい。夕方家に戻り、帰省している友人を招いて四人でワインと日本酒をあけた。自分の悪意や嫉妬のことを説明して、こんなにも説明できるものだなあと思い、つまびらかになったらなったで非常にださい。しかし自分に沈殿していたものを見つめなおす時間は必要だった気がした。友人の仕事ぶりを見ているとほんとうにげんきになる。なんかめそめそしながらまた来てねと見送る。酔っぱらってなんかめそめそするのはいい飲み会だ。

1月3日
新年っぽいきもちになりたいというだけでイオンモールへ行き、売り切れた福袋や新春セールを眺めた。タイツとメイクボックスを買い、夫もパンツやニットを買い、意外と買い物をしたところ福引の券をたくさんもらえたので、そのまま夕飯も食べて福引回して帰ろう、ということになった。うどんと31を食べていざ、と福引会場に向かうと福引は既に撤去されており、18時までとのことでもう過ぎている。あちゃ~。回してはずれるよりも、回せなくて終わってしまう福引のなんと切ないことだろう。ふたりで「あーあ」と下唇を突き出して、おっちょこちょいな1年のスタート。

1月4日
夕飯は実家から持ち帰った鴨スープで鴨鍋。せりの根っこは相変わらずどこまで洗えば洗ったことになるのかわからない。根!としすぎている。鴨、うまい。シメは稲庭うどんにした。夫とビールを飲みお笑い番組を見てからしぶしぶ、しかし淡々とふたりで立ち上がり皿を洗い洗濯を回し顔を洗った。「生活という営みには『洗う』という行為が多すぎないか、洗っても洗っても洗うものがある」と言うと「人生は洗濯の連続……」と夫がキメ顔をした。夫は洗濯をするたびに「人生は洗濯の連続……」と言う。

1月5日

1月6日

1月7日
ビール4杯、日本酒3杯、バーへ行き2杯目のカクテルをサイドカーにしてからぐらっと視界が回転し、完全に泥酔してしまった。いっしょに飲んでいた岩瀬は「わたしを倒そうなんて随分甘く見ましたね、フハハ」と言いながら背中をずっと擦っていてくれた。マスターと岩瀬に平謝りしながら迎えに来てくれた夫に引き渡され、車を降りて家の駐車場で転倒し頬骨をコンクリートに打つ。冷えピタを貼ってもらい、水を飲んで寝る。人生イチの泥酔。

1月8日
起きると頬が痛い。そうだった、きのうぶつけたんだった。全員に謝罪のLINEを送りながら、そういうの酒癖悪い人みたいでちょっと興奮する。おそるおそる頬の冷えピタを剥がすとうっすらと内出血があるが見た目がまったく変わらない。夫に「見て、腫れてる?」と聞くと本当に意地悪そうな顔で「……どっちのほっぺ?」と言う。しかしそういうジョークは好きなのでうれしくて笑う、と、ぴりっと頬が痛い。げ、笑うと頬が痛い。電気イスみたいだ。そうとわかった夫はここぞとばかりにたくさんふざけてくる。笑ってはいけないと思うとどうしてか笑ってしまう。あははイテテ、と笑い、「あははイテテ」な状況に自分でウケてしまいまた笑い、イテテ、たすけてくれ。

1月9日
遠くから持ち運んだので多かれ少なかれ絶対に割れていると思っていたモナカが傷ひとつなく完璧な形だった。

1月10日25時
眠れなくなり「白ごま 黒ごま 違い」で検索した。

1月11日
早起きして朝一で10枚書く。急いで支度してキコと仙台へ行き、パンを食べ、クリームブリュレを食べ、IKEAへ行ってキコがラグを買うのを見て(わたしは馬のかたちのスポンジを買った)、『市子』を観て、立ち食い鮨を食べ、帰ってきた。『市子』は常温なのに絶えずすさまじく、観たというより「居た」という感じの映画で、頼むから盛岡でも上映してほしい。仙台へ向かう車の中でもずっと喋っているのに、映画館のトイレの各々の個室に入る直前の通路までまだ喋っていて、わたしたちはすごい。どうしたってそんなに喋ることがあるんだろうと思うのだが、これがあるのだ、たくさん。行きも帰りもキコの車で、帰りは運転してくれているキコが眠くならないようにでんぱ組やももクロを流し、最終的にAqua Timezを熱唱していたら盛岡だった。

1月12日
わたしってうるさいな。と思い、落ち込む。

1月13日昼
トークイベントのため日帰りで豊洲へ。十時半には東京に着いてなっちゃんと合流すると、ゆりかもめの中で豊洲の成り立ちについて解説してくれた。まぐろの競り会場を示す看板には「TUNA Auction」と書かれてあり、目にするたびにふたりで「TUNA Auction」と声に出してしまう。「クラシックな寺は新規作成できる」「肩幅広めのアジ」「かっぱどっくり伝説」など、なっちゃんと話しているといちいちたまらないワードが出てきてたのしい。なっちゃんは和菓子屋さんでさかなの形をした最中を買い、「このさかな串団子持ってるんですよ」とうれしそうに言うのでそらあよかったね、とこころから思った。

1月13日夕方
高校の同級生だった関くんがいまは本屋で店長をしている。ふしぎだ。イベント後ふたりでビールを飲みながら話していると、関くんは「生産者さん」と言いたかったのを「せいしゃんしゃしゃん」と見事に噛み、それがやたらおもしろい気がして「しゃん……」とふたりで笑いが止まらなくなった。有楽町線に乗りながら、おたがい田舎出身なのにいま東京でふたりでいるのがへんなかんじがして「これがいわて銀河鉄道じゃなくて有楽町線なのウケる」と言うと「マジでそう」と笑ってくれた。
東京駅に来る機会が増えてだんだんグランスタのことがわかってきた。この頃はIDEETOKYOをかならず見て帰る。すっぱいみかんジュース飲んでいるだけであっというまに盛岡。

1月13日 夜中
「主人公タイプ」「からだを張っている」「ドラマを自分から作っている」と言われてそうなんですよとついへらへらしてしまったが、きちんとそうではないと説明するべきだったなあとくよくよして、そのことばかり考えて眠った。わたしはわたしの人生の主人公だけれど、それと同じくらいあなたが主人公のあなたの人生だと思っているし、友人たちに対して選択している行為は一律本気でどれも演出のためではない。書いて公開するものは一切赤裸々ではないし、わたしはきちんと自分の中で編集したものだけを書いて見せ続けるつもりで、赤裸々や体当たりとは真逆の人間だと思っていたはずなのに、どうしてそう言えなかったんだろう。

1月14日
きのう読者の方から結婚祝いに「飾っても食べても」と菜の花の花束を貰っておもしろかった。さっそく飾ってからパスタに入れて食べた。

1月15日
スリーコインズで鬼のパンツが売っていたので迷わず買う。わたしは節分が好き。ラムちゃんみたいでかわいいかもという下心があったが、わたしが履くと高木ブーかもしれない、と、レジでお釣りをもらうあたりで気が付いてがーんとなったが、もう買ってしまった。

1月16日
パーマかけた人に「パーマをかけたんですよ」と言わせてしまうと、ああっ、言わせてしまった、と強く後悔する。わたしはパーマをかけたら「パーマかけたんですね!いい!」となによりも真っ先に言ってほしいタイプなので。

1月17日

1月18日
友人から貰った花束がまったく萎れない。冬だから切り花が長持ちする、にしても長持ちしすぎているような気がしてこわくなってくる。ずっときれいだとこわい、朽ちてもらったほうが安心できるというところも、わたしが切り花を好きな理由なのかもしれない。

1月19日
「この人生にもっとご褒美があってもいいはずだってどうしても思ってしまって」

1月20日
8時間確定申告と向き合って、終わって、だーってなって焼き肉屋へ行って特上ロースを食べた。夫の土曜日をすべて費やしてもらい本当に申し訳ない。特上ロースを食べた夫が「おいしい中トロ食べるとお肉みたいって思うじゃん」と言うので共感しすぎて興奮して「おいしいロースって中トロみたい!!!」と言った。夜は寒いから走って帰る。

1月21日
昼過ぎ、きのう終わったと思っていたものがぜんぜん終わってなかったことが判明し大ショック。わたしは自分のことを仕事ができると思ってしまっているので、仕事がぜんぜん出来ていないことがわかると本当に真っ青になって落ち込む。「どうやったら切り替えてがんばれるのか」と言うと、夫は「切り替えてがんばるのではなく、がんばっていると切り替わるのではないか」と言うので、たしかに、と思った。がんばって、終わって、だーってなってサイゼリヤで生ハムを食べた。夫の土日をすべて潰してしまった申し訳なさに何度も項垂れ、できるだけ細長くなり小声で謝り続けていたら「おれの大事な日曜をめそめそしないで!」と言われたので「わたしのために馬車馬のように働いてくれ!それがわたしの夫になるということだ!どうだ!わたしの経理のできなさに驚いたろう!」とふんぞり返ったら「なんか思ってたのとちがうんですけど」と笑ってくれた。

1月22日
リーベではじめてウイスキーティーを飲んだ。ぽわっとしてとてもいい。

1月23日
自分の人生とあまり接点がなかったような底抜けに明るい人と名刺を交換し、1時間その人の怒涛の明るさに打たれた。「わたし、仕事はできないんですけどすぐに反応してでかい声でなんか言うことは得意なんですよ!『まぶしい!』とか」と言われ、言葉での反応が速いことの例としていちばん最初に出て来るのが「まぶしい!」なことの、そのもうどうやったって敵わないようなその人の人の良さに本当につかれて、自分がとても暗くて意地悪な人間だと思い出しながら黒ずんで帰った。

1月24日
きのうの淀んだ気持ちがまだ残っていて、雪が降っているのにぜんぜんよろこべない。会議。新年会。おいしいお酒を飲んでそれでも明るくなりきれず、三次会までもつれこませて、お腹いっぱいでぜんぜん食べたくないけど自家製の寄せ豆腐ならぺちょぺちょ食べる。

1月25日
ラジオの収録。

1月26日
実家の子犬に歯が生えてきた。

1月27日
わたしは小学生の時から、うんこやちんこといったギャグをおもしろいと思ったことが本当に一度もなく、そのことをどこか後ろめたい気持ちでいる、と唐突に白状すると、夫が静かに頷いてから「結婚しよう」と言うので笑った。夫もそうらしい。そうだよね。うん。ちっともおもしろくない。うん。きたないし。うん。

1月28日
硬いところで寝たら吉田類の夢を見た。

1月29日
夫が熱を出している。看病しながら、わたしはしてもらったことのある看病しかできないのだなあと思い、とにかくすぐ病院に行って水を飲んでたくさん食べて寝て、と言った。母がよく言うことだ。友人に「夫が健康すぎてはじめての看病だ、なにをしたらよいのか」と連絡すると「熱出てるならバニラアイス」と言われて、バニラアイス?!と衝撃だった。買ってみよう。

1月29日夜
SNSがつらくなって、友人4人とラインをした。いつでもともだちと話すことが出来ていれば本当はSNSはいらない。お湯を飲んで眠くなるまで仕事をした。
夜中担当さんから来たメールにすぐ返信する。「ししおどしみたい」と言われてたいへんうれしい。いい担当さんだなあとしみじみ思う。

1月30日
雑談のようなインタビューはいいインタビューだと思う。

1月30日夜
自分の人生の恩師全員に電話をかけて話を聞いてもらって、ぐずぐず泣きながら電話を切って決意をした。わたしには憧れの大人がこんなにもたくさんいて良かったなあと思う。それぞれの恩師がそれぞれの金言をくれて、顔がぽーっとしたまま眠る。

1月31日
一日中モリユとビデオ通話をしながら仕事をした。通話繋ぎっぱなしでの作業を試みるのはこれで3回目だろうか。集中したりお互いの仕事の悩みを打ち明けたりしながら、午前から40分繋いで20分休んでを21時半まで繰り返した。モリユの家には猫がいるので、時折猫が画面に映りご褒美のような気持ちになる。思った以上に仕事がはかどり、わたしに必要だったのは見張り合いつつも愚痴を言い合える「同僚」的存在だったのではないか、という発見があった。それならこれからはモリユがいるではないか!と毎度思うのに、わたしたちはなかなかその後誘いあわないので数か月あく。が、明日も誘おうかと思ったところでモリユが「あしたもやりません?」と言ってくれて本当にうれしい。仕事をがんばった分とても眠くなり早く寝た。


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タイトルデザイン:ナカムラグラフ

「日記の練習」序文

プロフィール
くどうれいん

作家。1994年生まれ。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『虎のたましい人魚の涙』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)、絵本『あんまりすてきだったから』(ほるぷ出版)など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在講談社「群像」にてエッセイ「日日是目分量」、小説新潮にてエッセイ「くどうのいどう」連載中。東直子さんとの歌物語『水歌通信』が発売中

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